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117.キャンプ三日目

 目覚めると寝袋ン中にいた。  けど、なんで? とは思わなかった。なんとなく、夢心地で丹生田が運んでくれたの感じてたし。キスとかあったような気もしたけど、そこはさすがに夢だって分かってる。てか前はキスまでの夢って無かったのに、マジで悪化してんな~なんて思いつつ、もそもそ身を起こす。  テントの外では自然な音と賑やかな物音がしていた。虫の声、鳥の声、人声、甲高い子供の声や楽しげな笑い声も聞こえる。 (平和だなあ……)  へへ、と笑っちまいつつ、片手で髪を後ろへ撫でつける。前髪がだいぶ伸びてる。またカットモデルの美容院探すかー、なんて考えながら携帯で時間見た。 「うあ~……」  もう九時近くなってた。ガッツリ寝坊した。キャンプは朝早くから活動しねーとじゃん! なんて、ちょい自分を責めつつ、顔ゴシゴシ擦る。  もそもそ寝袋から抜け出してテントから顔出すと、コンロの前に座ってる丹生田の背中が見えた。 「おはよ」  声をかけると、無言のままうっそり振り返った丹生田は、ヒゲ伸びてて、目とか赤くて、ちょい疲れてるっぽく見えた。 「どした」  俺はぐっすり寝てすっかり元気だけど、丹生田が疲れてちゃ意味ねえじゃん?  つかいろいろ準備とかしてて、なにげに丹生田、張り切り過ぎじゃんね? いや嬉しいけど、でも、そんで疲れたとか? なんてちょい心配になった。けど丹生田は前向いちまう。 「…………なにがだ」  呟くみたいな低い声だけ返し、コンロの中の炭を火ばさみで弄ってるぽい。でもやっぱ気になるわけで、そういうの基本ほっとかないのが藤枝拓海である。 「つかさ、疲れてんじゃね?」 「いや」  でっかい背中から呟くような低い声だけが聞こえる。 「マジで? なんか無理してねーか?」 「……いや」  呟きは戸惑うような低い声になり、ため息が聞こえて「……分からん」と続いた。 「なんだそれ」  丹生田はやっぱりしゃべるのがうまくない。言いたいことを言葉にするのが下手くそなんだ。前よりだいぶしゃべるようになったんだけど、そんでもやっぱ、俺でもなに考えてんのか分かんねえときがある。特に背中しか見えてない、今みたいなときは、ゼンゼン分かんねえ。  ……つうか。  あの夜から、あんま考えないようにしてたけど、やっぱ、ちょい違う気がする。なにがって丹生田が。  とかいって俺も……平常営業心がけてるつもりだけど、実のトコやっぱちょい違うし、しゃーねーのかな、なんて考えるわけで。  そうすっとなにげに(あんなコト言わなきゃ良かったかな)とか(やっちまわなかった方が良かったのかな)とか考えちまったりしがちで、「あ~!」とか声出して振り払ったりするんだけど、まあまあヤバい感じなわけで、丹生田もこんな感じになってたらどうしよう、とかも考えちまうわけで。  寮に帰ったら、やっぱり二人部屋は困る、とか言い出さないとも限らない、なんてコトも考えないわけじゃねーつか。そういうの考え始めると、ずずーんとかしちまいそうなんで、考えないようにしてるつか。  だって分かんねえこと考えてもしゃーねーし!  という開き直りも藤枝拓海のデフォルトである。なのでしゃーねーことは考えず、テントから這い出て「う~あ!」声上げながら伸びをした。  両手両足、思いっきり伸ばす。やっぱ山つか湖つか、こういうトコって空気ゼンッゼン違うつか、天気良いしめっちゃ爽快! 「つか寝過ぎたわ~」  言いながら頭ボリボリかいたりしてたら、座ったままの丹生田はふいと見上げて目を細め「よく寝ていた」と呟いた。めっちゃ優しい顔。だけど気のせいか頬そげて見える。ヒゲ伸びてっからかな。  つか!  この楽しい感じをヘンな空気にしたくねえ! つうのが一番強いわけで、だから平常営業を心がけてるわけなのだ。だってめっちゃ楽しいんだもんよ。 「つかカンペキ寝坊じゃん」  つーわけで、もろもろ出さないようにしつつ、ニカッと笑って隣の椅子に座った。チラッと横見ると、丹生田がくちの片方を少しだけ上げ、「紅茶飲むか」と言った。 「飲む飲む!」  めっちゃのど渇いてるし! と勢い込むと、丹生田は少し緩んだくちもとのまま目を細め、鍋から紙コップへ湯を注いで、ティーバッグ放り込んだ。 「あ~もう、せっかくキャンプなのに寝坊とかマジ最悪」 「好きなだけ眠ればいい」 「なんでだよ。つかもっと早く起こせよな」  口とんがらせつつ言ったら、紙コップを渡しつつ 「藤枝は疲れているだろう」  丹生田は低く言った。 「あ~……」  なんて熱い紅茶をすすりつつ声が漏れる。  確かに連日ありえねーくらい早起きしてるし、一日中歩き回ってるわけだし、普段スポーツとかやってねえから、基本、耐久力低いかも、つう自覚もある。だから疲れ溜まってたかも知んねー。  けど! 「寝ちまうなんてもったいねー! ずっとめっちゃ楽しいし!」 「……そうか」  赤く熾った炭を見つめつつ、丹生田も紅茶を飲んでる。分かんねーけど、満足そうな顔してるから、まあいいか! と気分を切り替える。 「そうだ、今日どうするよ? ホテル泊まるか? それともやっぱテントで寝る?」  最初から今日はホテルに宿泊する予定で、予約も入れてる。  でもフロントのおじさんと話したとき、メシ食いにと風呂だけになるかも、つうのは了解だって言ってたし、丹生田がテントで寝たいならそんでもゼンゼンいいよ、ってそんとき話したんだ。だって天候も分かんないし、当日決定するってことでおじさんも頷いてた。キャンセルするわけじゃねえし、ホテル側は問題無いんだろ。  けど丹生田はチラッとこっち見て 「……ベッドの方が、…………」  低い呟きが途切れ、コンロに目を落とした。眉根に皺寄せてムッとくちを引き結んでた横顔の、くちが開きかけて、なんか言いたそうなのに言わずに閉じる。 「なんだよ、やっぱ疲れたか?」  こういう時の丹生田は、なんか言いにくいこと考えてんだ。  だからカラッと、ちょいからかうみてーな口調で言ってやる。 「つかおまえの方がベッド恋しいんじゃね?」 「…………ああ」  目を伏せたまま漏れた低い声にニヤニヤしちまう。  鍛えてるくせに疲れたとか言うの、恥ずかしいんじゃね? なんて思ったからだ。  丹生田ってめちゃきれい好きだし、食器とかも、ものっそ神経質に洗ってるし、今もヒゲ伸びたまんまだし。  毎日1回はホテルの風呂に入ってるけど、マメにヒゲそったりってわけに行かねーし。ガキの頃はおじいさんと山歩いてたとか言うけど、俺も高校くらいから虫がダメになったわけだし、丹生田だって当然そういうのあるよな。  そんなんで神経使うんじゃ、やっぱアウトドア疲れるんだろな。 「オッケ、んじゃ今日はホテルな」  だからニカッと言ってやる。だって超カワイイじゃんね?  丹生田はこっちを見ずに頷き、火ばさみとってコンロの炭を引っかき回してる。  照れやがってこのやろ! なんてテンションでニヤニヤしつつ紅茶をすすり、目を上げてあたりを眺めた。キレイに澄み渡った空には白い雲がうっすら浮かんでて、緑の濃い山が凪いだ湖面に映り、そっからイイ感じの風が吹いてきて、マジ気持ちイイ。  なにげに深呼吸とかしてたら、丹生田が炭の間からアルミホイルのカタマリ取り出す。 「お、なにそれ」  聞いたけど「待て」だけ言って、コンロのちょい脇に寄せてある網の上に乗っけた。  火ばさみと軍手はめた手で器用にホイルを剥がしたら、「え!」なんと中から、湯気たったジャガイモが出てきた! 「そんなんやってたの?」 「朝メシだ」  なんてちょい自慢げな声だ。 「うわ、サンキュ! めちゃうまそうだな!」  プラスチックの皿に乗っけて渡され、「あちあち」なんて言いながら皮剥いてると 「皮があっても旨い」  なんて言いながら塩振ってくれた。かぶりついて「あっち!」とか騒ぎつつ食う。炭ん中でじっくり火の通ったイモはマジでほっこほこで、ロケーションのせいかもだけど、バカうまだ。 「うんめ~!」  ハフハフ言いながら食ってると、自分も食いつつ丹生田は目を細めて見てる。う~ん、なにげに幸せだ~。  天気良くて、丹生田がいて、イモがうまくて、なんだよ、超ラッキーじゃね? 余計なこと考えるとか、もったいね~! なんて感じで、くちもとも緩みっぱなしだ。  そしてそれを横からそっとうかがって、健朗はなにごとか考え込むように目を伏せていた。  朝メシ食ってから、今日も山を歩いた。  前よりちょいハードな道程だったけど、面白いモンは前より見れた。昼ちょい過ぎにテントに戻り、パンと紅茶と、農家の店でまた買ってきたベーコンとか焼いて食う。それからコンロとテントを片して管理ロッジに返し、あとをキレイにしてキャンプ場とはさよならだ。  つってもホテルはすぐそこだし、また来れるっちゃ来れるけど、やっぱ違うよな。ちょい名残惜しい気分もありつつ、二人でホテルへゆっくり向かった。  フロントのおじさんとは風呂使う時にも顔合わせてたけど、今日はいつもにも増して満面の笑みだった。 「お待ちしておりました」  ちょい恭しい感じで迎えてくれて、「先日より良いお部屋をご用意させて頂きました」なんて言うからビックリした。 「え、でも差額とか困るし、前と同じでイイっす」 「いえいえ、野上さまより言いつかっておりますので。ご安心下さい、追加料金はございませんよ」 「は?」  目を丸くして声を上げたのに、おじさんは笑みを深めるのみだ。 「運の良い方もいらしたものだと、私どもで話しておりました。お若くしてあの方の知遇を得られるのは、大変、幸運なことでございますよ」  思わず顔見合わせたけど、丹生田も知らなかったぽい。  つかチグウとか、どゆこと? だってメシ一緒に食っただけじゃんね? 「え~と、でも俺ら、野上さんの連絡先とか一切知らないんスけど」  おじさんは小さく頷いて、笑みを湛えたまま続ける。 「おそらくご縁がおありなのでしょう。羨ましい限りでございます」  ゴエン? なんて、ちょいはてな飛ばしつつ、 「あ~、じゃ、よろしくお願いします」  ぺこっと頭を下げたのだった。

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