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134.テンション上げろ

 降りた駅から、丹生田はまた迷い無い足取りでずんずん歩いてく。 「今度はどこ行くんだよ」  なんつって肩並べながら歩いて、向かったのは家具屋だった。それも輸入家具とか置いてる高そうなトコ。 「え? こういうの見るんだっけおまえ」  思わず疑問が声に出たけど、無言でズンズン店に入ってく背中追っかけた。が、中入ってから丹生田の足はピッタリ止まった。  所在なさげに突っ立って……つかおい、固まってんじゃねえの? 「どした?」  ククッとか笑っちまいながら聞いたんだけど、丹生田は固まったまま目だけでこっち見て「……いや」なんつって、顔動かさずに、目だけであちこちうかがってる感じ。 「なに緊張してんだよ」 「いや」  まあなあ、高級な家具並んでる、こういう店って雰囲気も高そうな感じ醸すもんなあ、丹生田はこういうの得意じゃねえかもなあ。てか、ならなんでココに来た?  まあイイや、そんならココは俺のが得意ってコトだ、任せとけ、なんて感じで肩をポンポン叩いた。 「とにかく、突っ立ってねえで行こうぜ」 「……おまえは慣れているんだな」 「ああ、うちのお袋が好きなんで、わりとこういうトコ来てるからな、まあこういう雰囲気はな」 「……そうか」  つって丹生田はぎくしゃくこっち見た。 「俺も、見てみたいと、思ったんだ」 「え、マジか! おまえもこういうの気になるんだ!」  うわ~趣味が合うとか、なになに、どんなミラクルなんだよマジで! なんつって簡単にテンション上がる。 「だが、こういう場所は……どう……」  とかって、やっぱぎくしゃくしてるから「んじゃ俺が好きなの教えてやるか?」つったら、ホッとしたみたいに、少し身体から力抜いたんで、(くそっ! 可愛いぜっ!)とか思いつつ、今度はコッチが先に立って進む。  お袋が好きであれこれ揃えてるから、実家には色んなテイストの家具がある。買いに行くときとかだけじゃなく、ただ見るだけでも、荷物持ち兼話し相手って感じで連れ歩かれてたから知識はある。なんで「このメーカーはさ」なんてコソコソ教えたり。  つかでっかい声で解説とかして店員さんに聞かれたらハズいし、めっちゃボソボソしゃべったんだけど。丹生田はいちいち感心したみたいに頷いたり、時々身をかがめて値段見てびっくりしてる。 「こんな椅子が、なぜ八十万なんだ」  とかな。 「でもこのブランドならこんなもんだよ。ソファとかテーブルとかだともっと高いし」  なんてちょい偉そうになりつつ言うと、目を丸くして「そうなのか」なんて、そっと息を吐いたりしてる。うう~、カワイイ~。  まあビックリするのも分かる。こんなトコに並んでる家具って普通に百万超えとか、下手したら一千万以上するやつもあるから、店員さんはみんな白手袋してるし。  うちはお袋のせいで、そういうトコちょい麻痺してんだよ。だって実家にいくつか、ン百万の家具あるからな。  けど俺が好きだなあって思うのは、シンプルで飽きの来ない感じの奴。アンティークでもアールヌーボーよりアールデコ系つうか、モダンでシンプルなラインのが好きだ。北欧のメーカーとか、好きなトコもある。まあシンプルでも高い家具も、ここにはいっぱいあるけどな。  つってもまあ、こんな高級なの、いきなり自分が買えるなんて思わねーし、目の保養つか。  ……なのに 「こういうのを買うのか」  とかマジ顔で聞いてくるから慌てて「いや!」手をブンブン振る。  さっきのカフェで話したこと、好きなインテリアにするとかそういうコトだとしたら、とんでもねえし! 「無理だってこんなん、バッカみてーに高いし! つうか俺、こういうブランドとか、たっかいやつじゃなく、手作り感があったり使い込んだ感があるようなやつの方が好きなんだよ。ほら、こないだのホテルの、最初に泊まった部屋みてーな」 「……ああ。分かる。藤枝はとても楽しそうだった」  つって目を細めてる。なんか嬉しそうに。  そうだよなあ。あんときいきなり雨凄くてテンション下がりそうになってたけど、あそこ泊まって、テンション上げてこうって思って……あ。 「おう、めっちゃ……」  やべ、なんか色々思い出しそう。ダメダメ! 今ンなヘンな空気になったら、……なんかヤベえから考えないっ! 「まあその、あれも良い思い出じゃん?」  なんとか誤魔化して言ってたら、さっきからついてきてた店員のお姉さんが、そっと寄ってきて教えてくれた! 「うちのオーナーがイギリスのパブ家具を収集してまして、期間限定で展示してますが、いかがです」  それだ! 話題転換! お姉さんグッジョブ! 「まじスか! 丹生田ちょっと見に行こうぜ!」  とかテンション上げてく。したら丹生田もちょい笑みで頷いた。 「よろしければご案内します」 「ラッキ! お願いします!」  つって最上階でやってる会場へ向かった。  フロアの一部を仕切って展示してたんだけど、十点くらい置いてあるのが、ちゃんと雰囲気作ってあって、めちゃイイ感じの空間になってた。「うわー」とか「おおー」とかテンション上がり、いつのまにか丹生田置きざりで歩き回っちまう。  したらお姉さんが、ニッコリ白手袋差し出してて 「こちらをお使い下さるなら、触れて頂いても。ただ、扱いは丁重にお願いします」  なんて言ったからビックリする。だって、触っちゃダメって書いてあるんだけど! 「いいんスか?」 「ええ。今は他にお客さんもいらっしゃいませんし」  ニッコリ言われて、「まじスか!」さらにテンション上げつつ手袋嵌めた。  そっからお姉さんと一緒に、あちこち撫でたり扉開いて覗いたり裏側見たりして、解説してくれるのもすんげえ興味深い感じで、めっちゃ堪能!  そんで時間忘れた。  ハッと気づいて見回したら、丹生田は難しい顔で腕組みして、端っこの方に突っ立ってた。 「ごめん、ちょいはしゃぎすぎだな」  とかってアタマかきかきそっちに行くと、丹生田は目を上げて「もういいか」と低く言った。  妙に鋭い目で。 「え、うん。わりいな、なんか待たせて」  言いながらお姉さんに手袋返す。 「すんません、ありがとうございましたー」 「いいえ。どうぞまたお越し下さいませ」  丁寧にお辞儀されて、こっちも頭下げる。丹生田もきっちり礼をして、黙々と店を出て行った。 「藤枝」  道歩きながら、丹生田が低い声で言う。 「なに?」 「今日は講義をあきらめてくれ」 「え」  鋭く睨むような目で、丹生田が腕をつかんだ。 「済まないが、三限は出られないと思ってくれ。……こっちだ」  ぐいっと引かれ、たたら踏みつつ「なに、どこ行くんだよ」聞いたけど、チラッとこっち見て目を伏せ、また目を上げたときは進行方向を睨むみたいに見て、こっちに視線が来ない。  そのまんまグイグイ引かれ、「おいって、どこ行くか言えよ」つってもなんも返ってこない。三限行かねえの嫌がるとか思ってンのかな? いやそりゃガッコ大事だけど、丹生田のがもっと大事だし! 「なんだよ、話とかあるなら聞くし、だいじょぶだって」  なのに応えないまま、めちゃ早足の丹生田に引っ張られ、裏通りに入ると───── 「なんだココ」  さっきまで歩いてた表通りとゼンゼン雰囲気違う建物が立ち並んでた。シャレオツな感じっちゃ感じなんだけど、なんつうかいきなり大人ってか、つまりそういうホテルとか、色っぽい感じの看板なんかが並んでて。そのひとつに入ってく丹生田の手は、さらに強く腕つかんでて、引っ張られるまま一つの建物へ真っ直ぐ向かう。 「え……おい、ちょ……」  自動ドアを踏んで入った先には、いくつもの部屋の内装が並んだパネルが、どーんとあった。 「どれがいい」 「どれって……」  つまり、そこはラブホだったんだ。

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