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144.激辛うどんトライアル
ビニールシートをかけたテーブルに野郎三名が並び、くち周りその他を真っ赤にしてダラダラ汗を流しながら食ってる。
なにをって、うどんを。
「おおっと二番、激しくむせたーっ!」
真っ赤な見かけに違 わず激辛なうどんを必死に食ってる横で、こっちもめげずに声張り上げる。
「七杯目で止まる? のかーっ!? 今のところ最高記録は九杯ですが、今回は決勝戦! ここで終わるのか二番!? そうなのか!?」
ひーひー言いながら水をがぶ飲みして箸の止まってる二番の横で、仙波がめっちゃイイ笑顔で真っ赤なうどんをつぎ足す。
「いや今入った八杯目! 根性出したーっ! 二番! 男です! おお、ガッツポーズも出ました!」
その隣、ゲホゲホむせながらも必死にうどんをかき込む一番の横に立ってる瀬戸も、淡々と次を足した。
「更なる記録を期待したいところで―――おお一っ1番、涙目ですが八杯目入ったーっ!」
ここ駐車場仮設ステージには、『第1回激辛うどんトライアル世界大会』という、殴り書きがやっつけ感ぱねえノボリが翻ってる。
つまり挑戦者の横に立ってる奴が約二口 で食べられる量のうどんを、わんこそば形式でつぎ足してく。三分間で多く食った奴が勝ちってだけの単純なイベントだ。
そんで決勝戦の真っ最中なわけ。
田口が三番の横でニッコリしながら虎視眈々と注ぎ足す隙を狙ってる。
「余裕が見えるぞ三番! いま九杯目と一歩リードですが、箸が止まっています! おお? 動いた、三番が動きましたーっ!!」
おおーっ! と、どよめきが上がる。
このイベント企画したときは、挑戦するやついねーだろうから寮生のみでネタ的にやって、とにかく盛り上げるべー、ウェブ中継して客寄せになればイイか、なんて感じだった、んだけど。
どうやらウェブ中継で予選見たらしいノリ良い奴とか辛さに自信ある奴とかが
『あのー、挑戦申し込みってドコですかぁ-』
なんてやって来て、なしくずしに盛り上がっちまった。予選中盤から姿を消した連中がさっさとノボリ作ってきて立てたりして。
『なんで世界大会!?』
『だって世界初の競技なんだから、ココで優勝したら世界一だろ?』
なんつってヘラッと笑ってたりして。
そんで予選を勝ち抜いた十二名でトーナメントを行い、上位三名で決勝戦を行っている。なんだかめちゃ盛り上がってるから、司会担当の俺も声張り上げてるわけ。
この企画の立ち上げメンバー、総括副部長の仙波は今、寮でもっともドSという評価を確立している。ちなみに時点は田口だ。激辛うどんの試作中、やたら試食を勧める笑顔がめっちゃ爽やかだったことに起因する。
絶対競技に参加しない保守の連中とか運営のみんなとか集めて試食させ、『辛い!』『死ぬってコレ!』とか、くちから火ィ吹くの見てる二人はマジで楽しそうでノリノリだった。
『しゃべれるようじゃ、まだ甘いようだな』
『ですね、声も出せずに水飲むとかのリアクション欲しいですよね』
『ピッキーヌ入手するか』
『花山椒も足してきましょ』
元々辛いの好きだとは聞いてたし、だからこの企画立ち上げたのも分かるんだけど、ココまでドSだったなんて。
そんでつぎ足し役もこの二人に決まった。
だって寮生三名で予行演習してたとき、あまりの辛さに涙目になってるの見たら、みんな思わず『大丈夫か?』とか言ったりしちゃうだろ? ひととして普通そうだよね?
なのに一切の躊躇 無く、むしろ楽しげにつぎ足していくのも、やはりこの二人だったのだ。そんで職務に忠実な瀬戸が、残るもう一人に選ばれたつうわけ。
俺も試食させられたけど、ひとくちでギブした。なにせくちン中突き刺すみてーな痛みを伴う激辛なのである。汁無し担々麺の超絶辛いタレが五倍、いや十倍くらい辛くなって、まんべんなくうどんに絡められてると思ってくれ。そんなん十杯とか、コイツラ既に人間じゃねえ。
そんなこと思い出しつつ、俺は声を張り上げる。
「ですがまだ行けるか!? まだ半分残ってますが行けば新記録です!」
噴き出す汗を拭いもせず、黙々と箸を動かしてる三番は、ヤケみたいに残りを一気に飲み込み、派手にむせて、水飲みつつ片手を上げた。手を上げれば終了というルールなのだ。
九杯は新記録なので勝ったと思ったか、限界を迎えたのか。
が、そんなのぜってー忘れてるわけねーくせに、ニコニコでさらにつぎ足したのはドS次席の田口である。三番は「マジかっ!」悲鳴のような声と共に天を仰ぐ。
「おっと三番、十杯目キターーーッ!!」
しかしココは盛り上げるのが俺の仕事だ!
「よーし、いっけぇーっ!」
マイクごと耳の傍でがなると、三番は目をカッと見開いて猛然とかき込み、派手にむせた。一応汚れないように白いビニールの上っ張りを着せてるんだけど既に真っ赤、かなり悲惨になってる。
「三番頑張れ! すでに衣装は真っ赤になっています! まるで死線を乗り越えた戦士のような雄姿であります!」
客もかなり集まって飲んだり食ったりしてるから、屋台の売り上げも上がってるぽい。
「おお~っ! 一番も十杯目今入ったー! 人間としての限界に挑戦するこの姿、二番も頑張れ!」
ギョッとしたような顔の二番は、チラッと横に立つ仙波を見る。仙波は超イイ笑顔で虎視眈々と次をつぐ準備してる。
「三番! 十杯目を飲み込むか? 次いくのか? もうコレは人類の限界に挑戦する勇者と言えましょう! い~く~の~か~?」
十杯目をかっ込んでた三番は、ハッとして箸を止めたが、めっちゃ嬉しそうに田口がすかさず注ぎ足す。
「うぐぇ」
三番はヘンな呻き声を上げた。
「いったー! 十一杯目! 新記録です!」
その隣、二番も仙波に虎視眈々と狙われてる。けどタイムアップぽい。
「二番もまだいくか? あと五秒! 四、三、二、一秒、終了~~!」
カンカンカンー! とゴングの音が鳴った瞬間、三人とも器から手を離して、三番と一番は水をがぶ飲み。そして二番はテーブルに突っ伏して力尽きた。十杯目をつぎ足せなかった仙波はちょい残念そうだ。
敗者二人にそれぞれ『部外秘』と書かれたレシピが渡されてステージから降りた後、真っ赤になった上っ張り姿のまま、表彰式が行われた。
優勝した三番には、レシピの他に『激辛トライアル第一回世界チャンピオン』と仰々しく印された盾 が姉崎から授与された。つっても第二回が今日の午後、三、四回は明日行われるんだけどね。
つうか、いつの間に作ったんだあの盾。速攻過ぎだろ。しかも結構凝ってるぽくてカッコいい。たぶんフィギュアとか作ってる連中がやったんだろーなとは思う。なにげに厨二っぽいし。
三番がよろけつつステージ降りると、集まってた客が屋台に集中し始めた。
てかステージ脇に激辛うどんの屋台がイキナリ出来てるし。なにげに並んでるし。
そこら辺横目で見つつ、ステージの後始末手伝う。
みんな結構うどん吹いたりするから、机だけじゃ無く床や壁まで赤いモンがかなり散らばってて、午後の部やるからキッチリきれいにしなくちゃなんだ。
意外とコレが大変だった。
「う~~疲れた~~~」
とか喚きながら、掃除を終えてステージ裏に入ると、仙波と田口がイイ笑顔で声かけてきた。
「おつ~! 良かったぞ~」
「盛り上がりましたねえ。楽しかった~」
「うーす」とか片手上げて声返したら、そのまんまハイタッチ。
この企画はあくまで客引きだから、盛り上げねえとなんないんだけどさ。予選から出場者にインタビューとかもしたし、決勝まで一時間半くらい、ずーっと声張り上げてたし、むりやりテンション上げてたし、マジでめちゃ疲れた。
「……お疲れ」
聞こえた低い声に、ちょいビクッとしつつ、ニカッと笑顔作って顔上げる。
「おお、サンキュ」
黒いスーツにサングラスの丹生田が、冷えたペプシ持って立ってたから、めっちゃ笑顔で受け取る。そんで速攻ごくごく飲む。
いや、のど渇いてたからさ、速攻飲まねえとだったんだよ。いやマジで。
「見ていた人も楽しそうだった。藤枝は凄いな」
「あ~……いや、別に」
どんな顔で言ってるか分かる。
きっとあの、優しい顔で言ってる。
んだろうけどそっち見れねえ。だってめちゃカッコイイから。
「疲れただろう。午後の部まで休んだらどうだ」
とか言ってくれてるのに、そっち見ねえで「う~、そだな、ちょい眠いかも」なんつって顔とか擦ったりして誤魔化す。
「おい丹生田。交代時間だ」
おんなじようなカッコした峰が声かけてきて、丹生田がそっち見て「分かってる」とか低く返してる。
ついそっち見ちまってドッキーンとか心臓鳴るし!
いやめっちゃカッコイイから、なんだけど、いやいやいや……つうかなんなのコイツら!
黒っぽいスーツに黒ネクタイ、サングラスでオールバックつうカッコになってる保守メンバーは、危ないお仕事のオッサンにしか見えねえ! つかぜってー大学生じゃねえってコレ!
なんて思ったりして、丹生田を二度見したいけどヤバいって! と必死にあっち向き、ヒラヒラ手を振る。
「頑張れよ。俺部屋で寝てくるわ」
とだけ言って寮に駆け込む。
衣装合わせン時、スーツ着た丹生田にバカみてーにときめいて、そんで思い出したんだ。
じいさんもこんな風にスーツとかビシッと着こなしてたよなあ、とか。
んで、イヤイヤイヤ、とか頭振って、じいさん思い出すなって振り払って。つうかイヤやっぱアレっしょ。根津っちが言ったこと気になってんだよな。だって今までそんなん無かったのにさ、アレしかねえでしょ。
けどマジで? なんて感じもあって、そんな風に思い出すたんび、なんかヤバい感じつか、ヤな感じつか、そんなんがぐあーっと来る。
そっからまっすぐ見れねんだよ、丹生田のこと。つうか笑いかけるのも気合い入れないと無理な感じで。
なんなんだよ。
どうしたんだよ俺。
わけ分かんねえ。
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