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149.祭りの狭間※
「今日は、すんませんでしたっ!」
ぺこっと頭下げつつ大声で言った。
「……ていうか藤枝さあ。どうしちゃったの午後のステージ」
朗らかな声が降ってきて、顔だけ上げる。
ニヤニヤしてるメガネのきれいな顔がむかつくが、今日の俺はゴメンナサイしか言えねえ、やらかしちまった男だ。
「すんませんでした」
なんで、また頭を下げる。
ふうっとわざとらしいため息の音がして、ビックリするくらい近くから声が聞こえた。
「困るんだよねえ。午前のステージはイイ感じだったじゃ無い? 調子悪いとか勘弁してよ、ホントに」
「明日はちゃんとやります。すんませんでした!」
フフッと笑う息が髪にかかる。どんだけ近くでしゃべるんだよ、と思いつつ、今日は言えねえと怒鳴りそうになるのを耐えた。
「ちゃんと調子整えます! すんませんでした!」
「ていうかさあ、ホント何回も言ったと思うんだけど、いい加減に自覚してくれないかな」
声の調子が変わった。
いつものバカにしてるみたいな、感じ悪いしゃべり方。
「自覚ってなん……」
なんのことだよっ! とか思わずいつもの口調で言おうと顔を上げたら、笑ってない笑顔がじっと見おろしてて、ヤベヤベともっかい頭を下げる。
「……なにを、すか」
いちお、丁寧な言葉に代えてみる。
「ルックスだよ。顔とかスタイルとかね? 自覚してよ。せめて素材を有効活用してくれない?」
「は?」
どゆこと? ちょい混乱したけど謝ってる立場だから頭下げたまま聞いてたら「だからぁ……」声と共に伸びてきた腕が首の後ろにかかる。うわ、とか身体起こそうとするより早く、首後ろつかんだ腕に引かれ、
「わわっ」
なんとかベッドに手をついて倒れるの防いだ。
「人からどう見られてるか、ちゃんと理解しないと危ないよ?」
「危ないってなにが」
言いながら首後ろに触れたままの手を外し、身を起こそうと……
「だからこういう」
けどベッドについてた手を払われて、支えを失った身体はベッドへ倒れ落ちる──────と思ったらグルンと天地が回って
「危険がね?」
「……え?」
あれ天井が見える? なんで俺がベッドに転がってんの?
なんて思ってたら目の前に笑顔。メガネ越しの目が楽しそうに細められて、そんで両手首、押さえられて……ええと、動けねえんだけど……て、え? つうかおいっ! 近い近い近いっ!!
「ええっ!?」
めっちゃ笑ってる顔が近っ……うわヤバっ! キスとか
「じょっ!」
冗談じゃねえぞコラッ!
ブンブン滅茶苦茶に顔振ってヘッドバットかましてやろうとしたんだけど逃げられて、ンでもメガネ顔が離れたからホッとした、けど手! 抑えられてて動かねえっ! このバカぢからがぁっ!
「おま、なっ! 離せっつのバカ!」
アタマぶんぶん振りまくってもまだ近くにある顔がにんまり笑みを深めてて、めっちゃ嬉しそうでむかつくっ! そんで、おいっ! 腰押し付けてくんなっ!
「ちょちょちょ、おま、なにっ!」
「最近、忙しくてさ」
「なにがっ!」
またキスしようとしてくるからブンブン顔振る。したら首元ネロッと舐められてゾゾゾッと鳥肌立つし!
「つうかやめろキモい!」
「ちょっと溜まってんだよね」
騒いだけど首元から離れない唇から、漏れた声と息がそこを擽る。そんで低い囁き声が
「だから僕にもヤらせてくれない?」
「はぁ!?」
意味分かんねえっ!!
クスクス笑いと共に、囁きが耳に届いた。
「だって藤枝」
愉快で堪らないと言いたげに笑い含んだ囁きが
「健朗とエッチしたんでしょ?」
「……っ!!」
──────あたままっ白。
またネロッと舐め上げる感触、そんで、ふふっと笑う息が耳元に移動する。
「ねえ、どうだった? 気持ち良かった?」
「…………なに、……いって」
つうかなんで知って……つうか……え?
混乱して声がちゃんと出ない。耳をカリッと噛まれ、またゾクゾクする、ねちょっと音して、おいって舐めてんの? 耳舐めてんの? 笑う息がかかって、また低い囁き声。
「ねえ、あそこに突っ込まれるって、どんな感じだったのかな」
押し付けれたままの腰が動いて、足ジタバタも出来ねえっ! どうなってんの? どうなってんの?
「僕ってツッコむ専門だからさ、どんな感じなのか教えてよ。ていうか気持ち良かった?」
「おま、……なに、……え?」
てかグリッとなんか当た……って! コレちょい勃ってんじゃねコイツ!? なんでっ!? つかヤバくねっ!?
ハッとして全力で暴れて、アタマが顔や顎に当たった。首とか耳とか舐めてたの離れて、ちょいホッとしつつ「離せバカッ!!」怒鳴りながら目の前のメガネ顔睨み付け、……ちょい冷静になる。めっちゃ嬉しそうな笑顔。コレよく見る顔だ。
「健朗、上手にできたのかな。結果報告もらってないんだよね。教えてくれない?」
ヒトからかって遊んでるときの、なめた顔。
けど腹から腰に掛けて、どうやってんだかガッチリ押さえ込まれて下半身動かねえっ! くっそ、このバカぢからっ!
「こんの……」
「なに? 質問に答えてよ」
どういうつもりだっ!! とか言い返そうとして、気づいた。
コイツ、息とか正常だし盛ってる感じとかゼンゼンなくね?
だってあんときの丹生田とゼンゼンちげーし。あんときの丹生田、めっちゃ息荒くて汗とか一杯で──────
「ねえ、教えてよ。気持ち良かった? どうだったの? 何回エッチした?」
人のことバカにして喜んでる顔と同じ、じゃね?
「突っ込まれるの気に入った? 僕もヤってあげようか? 絶対気持ち良くしちゃうからさ」
ニヤニヤの顔で……バカにしやがって……
「ねえ、ヤらせてよ」
「……ふざけんな」
ギリッと睨んで声出した。唸るみてーに低くなってた。
「やだな、僕の方が健朗よりうまいよ? 試してみれば? エッチ気に入ったら付き合っちゃう?」
「するかバカ。離せよ」
「ていうか、教えてよ。どうだったの」
クスクス笑う顔を見ながら、はあっと息吐く。呆れたぜって感じで。
「おまえサイテーだぞ。なんでそんなん聞きてーんだよ」
手とかバカぢから抜いてねーから逃げらんねー。けどコイツ、からかって遊んでるだけだ。コレそういう顔だ。
「だってねえ、弟子の仕事が成功したか、知りたいじゃない」
「……弟子?」
「そうだよ? だって僕が教えたんだもの」
「教えた……って」
なんか嫌な予感。背中にじわっと汗が滲むような、寒気が来るような、ヤな感じ。
「……なにを…」
「男同士のやり方」
そう言ってクスクス笑うメガネ顔。
真剣に悪寒が走る。
「健朗にさ、ゲイビデオたっぷり見せてあげたんだ。それだけじゃないよ? 男とエッチするとき、どこをどうするべきか、ちゃーんと教えてあげた。健朗って真面目だからさあ、覚えようってめちゃめちゃ真剣だったんだけどね? でも実践が伴ってなかったからさあ、ちょっと心配じゃない。師匠としては、ちゃんと出来たのか知りたいって、当たり前でしょ?」
クスクスと、楽しくて堪らないって顔で笑う、目前のメガネ野郎。
指先が凍ったみたいに痺れ、胃がムカムカして、ちょい吐きそうなくらい。
『学んだんだ。やり方』
あんときの丹生田の声が頭に響く。
パニクってたけど、妙に手慣れてて、ほんとはちょいホッとした。丹生田って男とエッチしたことあるんだな、とか。けど
「……なんでンな事、教えたりしたっ」
地を這うような声が出てる、つう自覚はあった。
腹立って腹立ってガマン出来ねえ。けどこいつのバカぢからのせいで動けねえ。
「なんでって楽しかったから? マンツーマンでさ、男のカラダも楽しめるんだよって教えてあげたんだよ。藤枝のためにね」
「……俺の……ため、って……?」
「そうだよ。だって藤枝って健朗のこと好きでしょ。エッチして嬉しかったでしょ?」
「…………っ!」
カァッとアタマに血が上る音が聞こえた気がした。
(──────こいつかっ!)
けど指先とか痺れたような感じのままで。心臓とかも冷え切ってるみてえな、そんな感じで鳥肌立って、「くっそ野郎」ムカついてマジ吐きそう。
「ひとおもちゃにしてんじゃねーぞ」
奥歯噛みしめてなんとか耐えながら、メガネ顔を睨みあげる。
「ええ? なに言ってるの。僕は知識を分けてあげただけだよ?」
俺が、丹生田のこと好きとか、そういうのコイツにバレてて、そんで丹生田に教えた。
「離せよ、くっそ野郎」
こいつが丹生田に余計なこと教えて、そんで、丹生田は女の子が好きなのに、なのに……なのに丹生田ってば覚えちまって
だから丹生田は俺とヤれた! ヤっちまって…………!
『……とても』
熱くなった頭に、丹生田の声が響く。
『……気持ち良かった』
コイツが面白半分に教えたりしたから! コイツが余計なコト教えなかったら! あんなコトになんなかった! 俺がエッチしたいって言っても丹生田はしなかった! そしたらセフレみてーな、こんな変な話になんなかった!
コイツに変なこと教わってなかったら──────俺とヤったりしなかった!
好きだと思ったの、じいさんの影響、かもしんなかった、最初は。
きれいな身体とか顔とか声とか、どっかじいさんの面影あった。けど、そんなん分かんなかったし、なんでか分かんねえけどめっちゃ好きになってて、そんで俺から必死にお願いして、俺から頼んで、だから後悔はしねえ、そう決めた。けど丹生田は? 俺なんかとエッチしなくて済んだら、丹生田はヘンなこと考えねーで済んだんだろ?
「え、ちょっと」
なんか滲んだ視界の中、姉崎の目が丸くなり、押さえてた手が離れる。
(ああくっそ、俺じゃん。誰が悪いって……それ俺、なんじゃん)
上から完全にのいた姉崎が、膝立ちになってデッカいため息ついた。つうか顔は、なんか滲んでよく見えねえし。
「ちょっとやめてよ。泣くとか興醒 め」
「おまえなんて嫌いだ」
唇から漏れた、それは涙声になってた。
「二度とくちきかねえ。一生許さねえ」
「あ~、もう。なら出て行ってよ」
もちろんこんなトコ一瞬も居たくねえ。けど身体は機敏に動かず、のろのろ起き上がる。
「ねえ、落ち着いたら結果報告してよね」
意味分かんねえ声聞きながら、色んなモン踏んでっからバキとかグシャとか音するけど気にせず部屋を出る。
涙が溢れて、頬から唇に伝い、ちょいしょっぱくて
──────もう、ちょいダメかも俺……
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