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150.覚悟

 副会長室のドアを閉じ、そこに背中預け、腕でぐしっと目を擦る。 (あ~もう、なっさけねえー。なんで泣いてんだ俺)  なんでって、バカだからだ。自分がバカでバカでバカで、誰のせいにも出来ねえからだ。  そんでグジグジして、やるべきこと、ちゃんとできねーで迷惑かけて。 (ダメじゃん俺。ダメダメじゃん)  姉崎がからかって来ても、文句言えねえよな。 (俺だってイラッとしたら、わざと嫌なこと言うもんな。特に姉崎とかには。つうかむしろ怒鳴りつけたりするし、あんなイヤミなことじゃねーけど、けどきっと、あいつムカついたんだ。だから俺が一番落ちること言ったんだ。わざと、言ったんだ。あんな風に……) 『丹生田のこと好き』  何回丹生田に言ったっけ。  分かんね。けどたぶん、何回か言った。  嘘じゃねえ。  けど  …………けど……  丹生田の気持ち、は……?  だって言ってたじゃん丹生田。一年の時にさ。 『俺は女子に告白されたら、おそらく喜んでしまうから……』  そうだよ丹生田、女の子にモテたいって思ってて……そんで原島に告られて付き合って……めっちゃのろけてたじゃん。照れくさそうに色々言ってたじゃん。  丹生田は、女の子が好き、なんだ。ホントは。  ただエッチしたってだけ。好きになるとかねえよな。好きじゃ無くてもエッチはできる。分かってる。分かってンだ。そんで……そんで…… 『とても気持ち良かった』  から、もう一回、した。  これからも、と、考えた……。  そもそもこっちからお願いしたんだもん。だって……  だって触りたかった。滅茶苦茶触りたくて、丹生田のベッドで丹生田の匂い~なんつって抜いたりしてたんだもんな。  そう、触りたかった。キスしたかった。丹生田と……ヤりたかった。  けどこんな風に……なる、なんて……正直考えてなかった。  あんときはなんも考えてなかった。目の前の丹生田しか見えてなくて、ただ触れたくて、嫌われても良いから、コレが最後になるって、それでもイイって、めっちゃ切羽詰まって、先のことなんて一切アタマになくて──────だから  自業自得だ。  失敗こいたのも決めたのも俺。  あんときも二回目も三回目も、丹生田はダメだっていったらいつだってやめた。半分突っ込んでても、待てつったら待ったんだ。あんなギンギンだったのに止まったんだ。俺だって男だから分かる。あの状態で止まんの、どんだけ厳しいか。  あんときもあんときも、『やめよう』つったら、やめたんだ丹生田は。  そうだよ、丹生田ってそういう奴じゃん。無理矢理とか強引とか、そういうの一番似合わない奴じゃん。  俺は良いんだ。自分からお願いしたんだし、丹生田のせいになんて一ミリも出来ねえしするつもりも無い。  結局、覚悟……な。  俺が覚悟決めれば、どうするか自分で決めて納得すればイイって話なんじゃん。そうできないからモヤモヤしてんだ。  でも、だけど──────ホントに丹生田が好きなのかな俺。  もし違ったらただのバカだし、丹生田にもじいさんにも……最悪な感じじゃね?  だって好きって、もしかしてじいさん、と近いモン感じて……だったら? ガキの頃みてーに抱きしめて欲しいとか笑いかけてもらって嬉しかったとか、もしかしてそういう……延長……身代わりな感じ……かもしんねえ?  我ながら丹生田と会ってからメンタル安定してるっぽい、とか思う。その前は受験だったし、その前はじいさん死んだりとか……だから分かんなかったけど。  けどさ、そんなんで丹生田が男とエッチしたとかマズイくね?  だって丹生田、ホントは女の子が好きなのにさ。  余計なことだとしても、覚えちまってた丹生田。そこに俺がお願いした。つうか泣いて頼んだよな? そんくらい必死で俺が頼んだんだ。丹生田に断るとか出来るか?  それにそんとき、思ったかもしんない。  ──────覚えたこと、試したりできる、かな、とか  なのにその必死が、タダの勘違いだった、かもしんねえ……とか。  それじゃマズイじゃん。丹生田にも……じいさんにも、マズイじゃん。全部全部間違いなんじゃん。  間違いで、ゼンゼン違ってて、なのにヤっちまって  そんで 『……気持ち良かった』  二回目の後だよな、そう言ってたの。一回目は違ったんじゃね?  てことは二回目ヤんなかったら、簡単にヤれるって思わなかったかも、しんねえ、のか……な。  けどヤっちまった。OKしちまった。むしろ『俺もヤりてえ』とか言った気がする。  そりゃラッキーと思うよな、丹生田だって。  だからまたヤれるようにしたいって考えた。俺の機嫌とったりして──────あの日、なんか可愛かったな丹生田。  自信満々な感じかと思ったら落ちて、また自信復活の繰り返しでさ。  フフッと笑ってしまいながら、思い出したのは、あのホテルで聞いた、きしむみたいな低い声。 『だが……藤枝と、したい』  あれ、マズったとかヤバいとか友達じゃ無くなるとか、そういう心配したんかな。やっぱ駄目かもって思って、そんでガラスハート出た。 『……藤枝』  そう、あんときのちょい震えた声。あれでダメだつったら丹生田はやめた。  そしたらきっと、もう二度とあんな風にはなんないって、あんとき分かってた。それは、……それはやだって、俺も思って──────  来い、つったの俺じゃん  始まりは姉崎のイタズラだったかもしんねえ。けど状況決めたのは自分だ。  自分がやったことの結果だ。姉崎の野郎はむかつくけど、さっきのはただの八つ当たり。なっさけねえー、モヤモヤしてんなっての。  くっそ。バカじゃん俺。それで泣くとか超バカじゃん。つか姉崎の前で泣いちまった、くっそー。一生言われそう。つかアイツと一生付き合うとかねえわ。  ふうー、と深く息を吐き、顔を上げる。  チラッと339のドアを見た。  丹生田もう戻ってンかな。だとしたら変な顔見せるわけ行かねえし、いっぺん顔洗ってこよ。  水場へ向かいながら、もっかい、ふぅ~、と息を吐く。  もう、無様はさらさねえ。  そうだよ覚悟決めてやる。男だろ、藤枝拓海。言い訳とかもしてんじゃねえ。  自分でやったことのケツは自分で持ってやるっつの。  無意識に丸くなってた背中を伸ばし、「うあ~~」と声あげながら両腕を天井へ伸ばした。  ぐいーっと伸びるよう、全身に力を込める。 「う~~~~くそっ! ああ~~~!」  デカい声出したら、ちょっとチカラ戻った感じがした。339の中、自分のデスクの引き出しの中。そこにあるモンを思い出す。そんで自分に確かめるみたいに頷く。 「うん」  そこにある、超大切なモン。  丹生田がくれた、あの北欧のインテリア雑誌。  もったいなくて見れねえとかって、表紙撫でて三日過ごして、四日目にそーっとめくって中のページ撫でて、ぜってー傷つかねえように閉じて、みてーな。そんなことしながらニヤニヤしてた。  丹生田にバレないように、一人だけのときに。  バッカみてえだよなあ。  あれってさ、俺がなに喜ぶかとか、きっと一所懸命考えてたんだろな。でも丹生田っていかにもプレゼントとか縁無いっぽいし、考えつかなかったとかありそう。そんであのカフェで食いついたの見て、高いしイイやって買わなかったから、コレが欲しいのかって思って、そんで買ってくれたんだ……ろうな。  ククッと笑ってたら、水場についた。水道の蛇口捻ってバシャバシャ顔洗う。 「……嬉しかったなあ」  丹生田が、俺のこと考えて、一所懸命考えて買ってくれたってだけで、めっっちゃ嬉しくて……涙出そうなほど。  バシャバシャ顔洗いながら、また滲んできた涙を流す。 「う~~~、くそ」  部屋に戻るまでに、顔ちゃんと普通にしとかねーと、丹生田心配するし。  そうだよ今日も『大丈夫か』とか『体調悪いのか』とか、めちゃ心配してたし。  つうか丹生田、カッコ良かったな。グラサン超似合ってたけど、して無い方が俺は好きだな。あんましゃべんないけど、意外に目がモノ言ってんだよな。  なんて思いながら顔を洗い、思い出した丹生田に癒やされて、なんかアガってきたな、なんて思ってつい笑っちまう。  丹生田で落ち込んで、けど丹生田に癒やされて。 「あーもう」  俺って、ホント。超激安い。  笑うしかねーな、なんて思って蛇口に手を伸ばしたら 「藤枝くん」  聞き慣れた声がかかり、一瞬ビクッとしちまいつつ、水を止めながら振り返った。

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