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十二部 168.寮祭前のある日

 夏休みが終わり、寮祭に向けてみんな動き出した。  んだけど、就職決まってない組は「ちょっと余裕ねえわ」「明日決まったら明日からやるし」みてーな感じで、四年の参加は控えめ。三年の田口とか池町とか、そこら辺主導で進んでる。てか、考えれば去年もそうだった。俺ら三年が中心でやってたわ。あれって四年の皆様忙しかったんだな。  そんで丹生田は!  決まりました! 就職!  システムとか作ってる会社って聞いたけど、社名とか聞いたことなかったから、だいじょぶ? なんて思ったりして。  けど丹生田的には希望通りだったらしい。受かったって知らせ来たとき、めっちゃ安心した顔で教えてくれたんだけど「本当に良かった」とか何度も言ってたし。丹生田的にオッケなら、俺がなんか言うのもヘンだし。  四年は卒論とか、卒業後住むとことか、みんな考えること一杯って感じ。地元で就職する奴なんかは実家とコッチと行ったり来たりしてるし忙しそう。  つっても医学部はまだ卒業じゃねえし、院に進む予定の奴の中には、暇そうなのもいる。  例えばコイツ。 「やっほ~」 「だからやめろっつの、それ」  十月になって寮に戻って来た姉崎である。  つまり、ニヤケメガネがヘラヘラ笑う日常が戻っちまってんのだ。  こいつってば家庭の事情つって、だいぶ長く寮に戻って来なかった。 「つうか、おまえ」  なんでせいぜいイヤミっぽく言ってみた。 「おうちの方は良いのかよ、おぼっちゃま」 「あ、やっぱり僕って生まれ育ちの良さがにじみ出ちゃってるのかな。隠しきれてなかったかあ、ザンネン」 「てか出てねえし知らねえし!」  カッとして怒鳴っちまった。けどここは食堂で、会長があんま騒ぐなってしょっちゅう言われてるからグッと抑える。  そもそも大学来られねえほどの家庭事情ってナニ? とかちょい思いはした。いくら金持ちだってもさ、親兄弟死んだとかだって休むのせいぜい一週間程度だろ? なのに半年以上、まったく大学行ってなかったんだから。いくら四年で残りの単位少ないっても、普通じゃねえよな。  どうせ聞いてもイラッとするだけだろうし、ほっといてるけど。だって橋田に聞いても 「知らないよ」  つってたんだもん。橋田にすら詳細教えてねえのに、俺なんかに言うわけねえじゃん。  とか思いつつ、とっとと出ちまおうと腰を上げた。 「藤枝さん、もう行くんですか?」 「おう、お先。お前らゆっくり食ってろよ」  丹生田が就職先に挨拶行ってて、ひとりでメシに来たんだけど、そういうときは周りにこういう奴らがくる。つまり一年や二年が。  気安い会長だから、話しかけやすいってコトなんだろな。丹生田がいると寄ってこないのは、きっと丹生田にあって俺にはない威厳的なもんのせいだと思う。  まあソレでこそ楽しい寮になると思うし、これでイイと思ってんだけど。 「へえ~、藤枝って人気あるんだねえ」 「ほっとけ!」 「あの、こんにちは、先輩」  無垢な一年が笑顔で声かけた。 「うん、こんにちは」  ちょい首傾げてニッコリ笑う姉崎は、一見優しそうに見える。 「誰なんです? 藤枝さんと仲イイってことは、四年?」  無垢な一年が聞いた横で二年が言った。 「姉崎さんだよ。去年副会長だったんだ」 「あ、そうなんですか。失礼しました」 「いいよ、ぜんぜん」  ニッとか笑ってる姉崎に、一年二年もホッとしたみてーに笑ってる。  けどコイツめちゃ危険なんだから近寄るな、なんて言うのも逆にマズイ気がする。  なにやらかすか分かんなくて怖いトコあんだよコイツ。でもまあ俺が動けばバカにした感じで構ってくるだろ、てんでさっさと出ることにしたわけ。  無垢な連中にわざわざ真っ黒クロスケの洗礼、受けさせる必要ねえじゃん? もうすぐいなくなるんだから触らねえ方がイイって。   なんで、おばちゃんに声かけつつ食器下げてたら「マミさん久しぶり~」とか姉崎も声かけてるんで、ほっといて食堂から出る。  案の定「ていうかさあ」後ろから声が追っかけてきた。 「藤枝が会長って意表ついたなあ。僕が降りたから、橋田か仙波がやると思ってたよ」 「うっせ!」  そんなん分かってる。イヤって程分かりきってんだけど、改めてコイツに言われるとズキッとくるし落ち込む。  だって去年、無茶苦茶なコト言って、ナニ言ってんだって思ってたけど、でも根回しとかやりまくって、寮全体どころか、風聯会まで動かしてみ~んな巻き込んで、なんだかんだ結局、やりたいようにやりやがったんだ。  悔しいけど、コイツそういうチカラあんだよ。俺と違って。 「わーかってるよ!」  けど負けねえ!  ロビーで立ち止まって振り返り、ついてきたニヤケメガネをギッと睨んだ。  俺だって勝手に会長なったわけじゃねえんだ! やれって言われたから精一杯やってんだろっ!  それに姉崎じゃなく俺だから出来たこともある。  みんなを巻き込むんじゃなくて、みんなでチカラ合わせてやろう! 寮を楽しくて元気な場所にして、楽しい思い出話出来るようになろう! それが会長である俺の方針だ。  そんで、思い込みかもだけど、寮の雰囲気明るくなってるような気もしてる。  だからイイんだコレで! 丹生田も『さすがだな』とか言ってくれてるし! 「てか風聯会のおっちゃんたちがさ、おまえが執行部抜けたから無効だつって資金援助無くなったんだよ。まあ、そのおかげで寮祭できそうだけどな」 「……ふうん?」  笑みの形になってる目や唇はそのまんま。だけど姉崎の眉だけ、ちょいピクリと動いた。つまり去年はまともじゃ無かった、つう自覚はあるってコトだな。  てか会長になったとき、風聯会の事務局に挨拶行って、俺はまず言った。  『総括から、寮祭とか行事に出資してって頼んできても断ってくれ』  出資受けたら返さなきゃだし、その為に利益出そうなんてカリカリすんの、なんか違くね? って思ってたんだよ。寮祭だってお祭りなんだからさ、楽しくやりたかったんだ。  けど、去年の実績あるから、おんなじノリでやるつもりの奴も少なくなかった。いくら俺がダメ! つってもね? 会長ったってあんま影響力ねえの分かってるし、チカラワザで押し付けるのは出来ねえことねえけど、それじゃ不満が残るだろ?  なら資金源絶っちまえば、イイんじゃん?  おっちゃんたちは「厳しく断ってやる」って笑って請け合ってくれた。  一緒に挨拶行った橋田と田口はもちろん知ってるし、丹生田には話したけど、他には言ってねえ。だって、なんでだよとかって言われそうだったし、おっちゃん達と仲良いとこ利用した感ぱねえし、感じワリいだろ?  なんで池町は総括部長としてかなり頑張ったにも関わらず、厳しく突っぱねられることになった。あとからソレおっちゃん達に聞かされて、なにげに牛丼おごってやったりしたけど。  ともかく! 「去年よりやること増えたし、時給なんて出ねえけど、みんな楽しそうにやってるよ? 祭りなんだから楽しまねえとな。そうだろ?」 「そうだね」  姉崎はニッと笑って、おなじみのハリウッド映画みてーなポーズで肩をすくめた。 「学生らしく楽しむのも良いんじゃない? まあ僕も学んだからね、直接経営するのは向いてないんだなって」 「そ~だよな~、おまえにも出来ねえことあんだよな。平和な家庭つくる以外にも」  前に丹生田と話したことを思い出し、ククッと笑うと、姉崎の顔は、不愉快、と書いてあるみたいに歪んだ。  お? とか思ったけど 「……家庭?」  ひとこと呟いて、姉崎はすぐにいつもの顔になった。つまりニッと笑った。 「ふうん。まあ、好きにすればいいんじゃない?」  なんだけど、笑顔がなんか、いつもに増して黒い。 「でも出来ないって感じで言われるのはヤだなあ。要らないからやってないだけなんだからさ、能力足りない的な勘違いはやめてくれない? ああ~、たとえ僕にとってゴミみたいに不要なものだとしても、人の価値観はそれぞれだしね。そういうものに価値を見るのを否定するつもりはないよ。悪趣味だとは思うけど」 「おまえ、なんでンな……」  低い声が漏れる。  いつものいけ好かない笑顔のまんま、肩すくめてる姉崎が、まるでわざとワルモノになろうとしてるみたいに見えた。 「人の神経逆なでするような言い方ばっかなんだよ?」  いつもいつも、わざとこんな言い方選んで、ヤな感じで笑って……わざわざ人怒らせるような、なんでそんなコトばっか…… 「そんなだからイラッとされんだぞ」  目が哀れむみたいになってる自覚なんて無かった。 「好きなだけイラッとすれば? 僕は止めないよ?」  少し首を傾げ、ちょい眉下げた笑顔、けど姉崎の目が剣呑な色を帯びたのは分かった。 「やめろっての! そんなんしてっと友達無くすぞ!」 「要らないよ、そんなの」  言い切って、にんまりと笑みを深めるメガネ顔 「仲良しこよしなんて、何の意味がある? ていうかむしろ邪魔でしょ? お互い利益ある友人関係なら歓迎するけどさ」 「そん……」  スッと出てきた人差し指が唇を押さえ、「たとえば~」ニッと笑んだ姉崎が低めた声を出す。 「健朗とかね」 「おまえ、まだ諦めてねえのか! 丹生田に手ぇ出すなって言ったよな!」  一気にぶわっと怒りの感情が湧き上がって、さっきまでの気遣わしい気分なんて吹き飛んでた。 「ふうん? じゃあさ、ねえ藤枝?」  姉崎の笑みが深まり、首後ろにかかった手で引っ張られて、耳元に寄った唇から低い囁きが落ちる。 「きみは健朗に手を出されて嬉しかった?」  首に掛かった指先が、そそっと首筋を登り、耳にフフッと笑う息がかかって、ゾクッと背筋を登る感覚に慌てた拓海の喉が詰まる。 「よかったねえ? 大好きな健朗とエッチ出来て。でもさ、藤枝。健朗より、僕の方がうまいよ? 絶対気持ち良くしちゃうんだけどな」  嫌な汗が背中をダラダラ流れてく。 「藤枝のルックスなら、それなりに愉しめそうだしね。試してみる気はない?」  ヤバいヤバいと本能が告げるまま「だっ!」手を払いのけて一歩飛び退いた。 「要らねえっつの! てかほんと、マジでおまえ友達無くすぞっ!」  怒鳴りながら廊下走って階段へ逃げた。クスクス笑ってんの聞こえたし、ぜってー本気じゃねえって分かってるし超かっこ悪りいけど、とにかく今は逃げるが勝ちだ。  ダダダッと階段駆け上って、会長室へまっしぐら。  てかなんで姉崎が知ってんだ? イヤ知ってたっけ? わかんね、けどとにかく超ヤバいってあいつ!  ちょっとだけ姉崎のこと心配になってたのなんてどっか行って、そんなコトばっか考えてたら、ガシッと腕をつかまれ、身体の勢いが止まった。 「藤枝」  低い声に、ハッと振り向く。  スーツ着た丹生田の、まっすぐな目が、気遣わしげに見下ろしてた。

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