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167.キャンプ計画

 葬式の翌々日、丹生田は五日ぶりに寮へ戻ってきた。  門の近くで丹生田を見かけた保守の一年が寮へ走り、「丹生田先輩が帰ってきた!」と騒いだので、夏休みに入ってはいたが、玄関先でけっこうな人数が待ち構えることになった。  当然、俺もその中にいるわけで、同期や二年三年もナンダナンダと寄ってきたし、保守は集合をかけたのか、寮にいる全員がそこに集まっている。 「おかえり!」  まっさきに声をかけた。だが、 「おっかえり~」 「先輩、お疲れさまっす!」 「お、その手に持ってんの喪服か?」 「ばか、礼服ってんだよ」 「着たトコ見せろよ」 「当番代わったお礼して下さいセンパ~イ」  とかなんとか、よってたかって声がかかった。  そんで、少し目を見開いて固まってる丹生田に、あちこちから手が伸びる。 「なにビックリしんだ~」 「みんな心配してたんだぞ」 「こいつ、ツラっとしやがって」 「途中連絡とかしろよ」  なんて言いながら、みんな笑顔で、小突いたり髪ワシャワシャしたり、肩や腕や背中や腹や、あちこちバンバン叩いたりして。  丹生田の家のこと知ってる奴なんていないはずだけど、そんでもいつだって泰然自若なやつが焦ると心配にはなるんだよ当然。つか去年おじいさんが危篤になった、あんときの丹生田を覚えてる奴も多いし、そのおじいさんが亡くなったとか聞いたら、そりゃ気になるに決まってるし。  ンでみんなホッとしてんだ。だからこんな風に騒いだ。疲れてるっぽかったけど、思ったより元気そうだったからさ。  そんなのも伝わったんだろな、丹生田は少し眉寄せ、でもちょい笑ってみんなに香典返し配ってた。  もちろん、もみくちゃにしてるみんなの中には俺もいる。 「藤枝」  もみくちゃにされながら丹生田が声を出し、「おう、なんだ~?」伸ばした手で髪とかほっぺとか、わちゃっとしながら返すと 「ええい、少し離れろっ!」  野太い声で怒鳴りながら豪腕が振り回され、周りに少し空間が出来る。 「おおっ」 「丹生田先輩が吼えたぞっ」 「珍しい~!」  なんて声が上がる。  だっていつも、こういう感じで吼えるのは峰のほうで、丹生田は基本穏やか、つか黙って横で控えてる感じだかんな。  空いた隙に保守の連中が丹生田のそばに陣取り「落ち着けおまえら」とか言いつつ睨みきかせたんで、とりあえず場は治まった。  つうか峰と丹生田と佐嶋、この三人が揃うと、迫力ハンパねぇんだよね。ちなみに佐嶋は陸上部なんだけど、ガタイのでかさと顔の怖さで保守に引き抜かれた元施設部だったりする。  なにげにホッとした感じで「すまん」とか言いつつ、歩み寄ってきた丹生田は「藤枝、この夏だが」話しかけてきた。  うん? 夏? 報告とかじゃなくて? 「済まないが、キャンプには行けない」 「えっ?」  キャンプって? ンな約束とかしてねーけど? 「だが準備はしたので、みんなで行ってきてくれ」 「ちょ、なに言ってんの?」 「これから妹の所へ行くことになった」 「妹さんって、あのアタマ良さそうな美人の」 「ああ。やらんぞ」  ニヤリと笑って言われたけど、いやいやいや、あんな迫力ある人、無理だし俺。てか何回も言ってンじゃん、おまえのこと好きだって。 「向こうの部屋が、雑然きわまりないそうだ」 「って、アメリカの話?」 「そうだ」  つまり、妹さんがアメリカで引っ越しした。  家具とかは揃えたけど、すぐこっちに来たから段ボールのまんま状態なんだって。そんで、ただでさえ整理整頓とか苦手な上、今まで頼んでたハウスキーパーは引っ越し先に呼べねえ。 「セキュリティが厳しいうえ、仕送りもなくなるからだ」  なんで、すぐ妹さんと一緒にアメリカ行くんだって。帰ってきたら剣道部の合宿もあるし、盆はお父さんと長野へ行って、実家のこと色々やんなきゃだし、盆過ぎたら就活で忙しくなるなんだって。  なんでキャンプには行けねえ、てことらしいけど、そもそも俺、誘われてねんだけど。イヤ、ひとこと「行くぞ」とか言われたらぜってー行くけどさ、言われてねーし。 「なんだよキャンプって」  そこに声かけてきたのは宇梶。 「俺の部屋に道具などが置いてある」 「おい、俺もあるぜ。つかアウトドアなら任せろって」  幸松も嬉しそうに声かけてきた。 「計画は立ててある」 「へえ? どこ行くんだよ」  皆川も乗ってくる。 「ちょちょちょ、ちょい待ち! な、丹生田、計画ってナニ? 俺聞いてねんだけど」  勝手に話が進んでく感じに慌てて声上げても「任せておけ」とか、なぜか自信満々な感じでニヤッとかしてるけど! 「じゃなくて!」 「なになに」 「キャンプだって?」  集まってた連中が、俺も行きたい、俺も俺もと声を上げ始めた。  なんだけど、中心にいる幸松と宇梶が、周りなんてまったく気にしねえで盛り上がってく。 「イイねイイね、アウトドア!」 「どんなん揃ってんのか見せろよ」 「では俺の部屋に来るか」 「行く行く」 「てか丹生田疲れてんじゃねえの? 腹減ってねえの?」  声かけても、二人だけじゃなく後輩たちとかみんなに囲まれてて「大丈夫だ」とか、遠くから聞こえるだけ。なにげに厳つい集団が階段のぼってく。 「あああ~~~、もうもうもう、くそっ! ちょい待てって!」  つうか丹生田、超人気モンじゃん! とか嬉しくなりつつ、階段を駆け上ったのだった。  丹生田の部屋には、色んなキャンプ用品がキッチリ整理して置いてあった。 「おっ、たくさんあるな」 「つうかテントはちっちぇーのだけ?」 「二人がゆったり眠れるサイズだ」  ちょい自慢げな声に、宇梶が「なんでだよ?」抗議の声を上げる。 「楽しいことなんだから、みんなで行こうぜ~」 「うわでもコレ良い奴じゃん。高級品、しかも新品!」 「テーブルや椅子も二人分かあ」 「おお~、コレ、俺欲しかった奴だ~」 「小物古いの多いけど、ちゃんと磨いてあんじゃん」 「いや、これなんてイマドキ売ってねえよ。レアもんレアもん」 「あ、こっちの箱にも」 「すごいっすね先輩」  どんどん盛り上がってく雰囲気、はイイんだけど。 「あの、あのぉ?」  ちょいオロオロな声が漏れる。なぜってみんなが色々とっちらかし始めたから。 「こっちにもあるぜ~」 「ちょ、テント二人ようなのに、なんで寝袋こんなあんの?」 「こっちの箱は?」 「あああ、ちょいやめとけって」  そんな散らかすとヤバいって~~、とか思いながら箱に戻そうとした俺の手から、グッズはサラッと奪われる。 「俺にも見せて下さいよ先輩」 「うわー、これ卒業ンとき全部持ってくんスか」 「おい、散らかすな」  厳しい声にビビった後輩が「あ、はい。すんません」と丹生田に手渡すが、「見して見して」それを横から持ってく奴もいる。 「宇梶、いい加減に」 「なんだよ~、俺も混ぜろよ~」 「伊勢。貴様」 「なに、この騒ぎ、なにやってんの」 「浦山、おまえまで」 「丹生田行けねーから、代わりに俺らでキャンプ行くんだぜ」 「おほっ、イイじゃん」 「お? ナニしてんのお前ら」 「……皆川か」  宇梶と伊勢と浦山、ソレに皆川と幸松。こいつらは丹生田が睨もうがまったく気にしない。 「俺も行こうかな~」 「てかテント! ちっせーのしかねえんだよ」 「んじゃデッカいの借りるか」 「寮で買うとか」 「そーだよ! 会長権限でテント買えば良いんじゃねーの?」 「な、藤枝! デッカいテント買ってくれよ~」 「いやいやいや、なに言っちゃってンのおまえら! 俺にそんな権限……」 「あんだろ、会長さまなんだから~、テント買っ……」 「─────黙れぇー!」  号砲一喝! 丹生田の大音声が響き、部屋は静かになる。 「おまえら全部置け! イイから一旦置けって!」  慌てて手を振りながら大声出したら、みんなそれぞれ持ってたものをそこらに置いた。 「丹生田、これ入れる順番決まってんだろ? 言う通りにちゃんと片付けるよ。な、おまえら」  これ以上ないくらい真剣に言う俺を見て、みんなそれぞれ丹生田を見た。  そしてそこに、悪鬼のごとき表情となっている巨漢を見つけ、ソレが見たこと無いほど怒った丹生田だと悟って黙る。 「どれからしまえばイイんだ? 言ってくれよ。ちゃんと片すし掃除もするし。な、みんな?」  みんなウンウンとうなずき、一気に指示待ち顔になったが、丹生田は険しい顔のまま、低く指示を与えていく。無頼五大巨頭も粛々と従ってキッチリ掃除までしたのである。  そうしてキレイになった部屋で、やっと通常モードに戻った丹生田は淡々と計画を説明した。  拝聴の姿勢で静かに聞く中、語りながら旅行の準備を整え 「後は頼む」  と言った丹生田に、 「おっけ、まかしとき!」  と笑顔で返すと、小さく頷いて丹生田は出かけてった。  それ見てた面々は、やっぱ丹生田扱いは藤枝が一番だな、との認識を新たにしたのだった。  丹生田のいない夏休み。  今年はフツーに帰省した。  丹生田の計画だと3泊4日だったキャンプは、寮のみんなで1泊キャンプとなり、なんと十八人つう大所帯になったんで、レンタカー三台(うち一台はワゴン車)借りなきゃだった。  テントはみんなが実家とかから借りてきたりして対応したし、道具も1泊だったら貸してくれるひといたし。てか丹生田が借りるつったら絶対キレイにして返すって分かってるから、わりと快く貸してもらえたつうか。  そう、就活で忙しいとか言ってたけど、丹生田も結局来たんだよ。1泊なら大丈夫だ、とか言ってさ。  騒ぎすぎて迷惑っぽかったから、声自粛しろとかお互い言い合ったりして、ムードもなんもなかったけど、めっちゃ楽しかった。  《11.最上級生 完》

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