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166.心配

 メシ食って風呂入って、やることやって、早いとこ寝ようとベッド入った。けど眠れなかった。  目閉じて黙ってると余計なこと考えちまう。  なんかヤベえと思って起きて、アタマん中うるさいから集中しようと勉強した。  マーケティング研も最上級生となれば、各チームにテーマを提示しないとだし、ちゃんと調べとかないとヤバいのだ。なぜって今年の二年にスゲエ出来る奴がいるから、穴があったらズダボロにツッコまれちまう。  なんだけどゼンゼン集中出来なくて、寮祭のことやろう、と気持ちを切り替える。  やりたいことあったら言えつったらけっこう出して来る奴がいたんだけど、全部は無理そうだから、早いとこ許可するの選ばねえとマズイ。やるの決まってるやつは、どの場所を使わせるか、責任者を誰にするか、会計に予算も出しとかなきゃなんだけど、ちゃんと書類書いてくる奴ばっかじゃねえし、考える事もやることもたくさんある。  いつもこういうのは橋田とか田口がやるけど、なんたって俺は会長なのだ。たまには自分でやんなきゃじゃんね。  とかなんとかやってたら、勝手に入ってきた結城と浦山が 「付き合っちゃるよ」 「施設部関連の案件多いしな」  なんつって勝手にやり始めて、そんで朝になっちまった。──────丹生田が、帰ってこないまま。  ただ、六時少し前にメールが。 『ダメだった』  そんだけが、来て。  メールの文字がちょいボケて、はっきり見えなかっったんで目ゴシゴシ擦ってたら、結城に言われた。 「おまえ、目真っ赤になってるぞ」 「おまえら寝てねえのかよ」  勝手にベッドで寝てた浦山も言って、そっか、なんて素直に頷いたりして。 「分かるけど、ちゃんと寝ろ」 「おまえが倒れるとか、面倒くせえことになるんだからな」  はあ、と深く息を吐き、両手で顔を擦る。  ま、いいか。ちょい見づらくても読み違うなんてありえねえ。文面、超短いし、何度見たって……てか、  ……そっか。  おじいさん、死んじゃったのか。  そう思って目を閉じる。  また、溜息を吐いたら、顔が思い浮かんだ。  ──────あれから  あんな顔で、息するのも苦しいみてえな、あんな顔のまんま、ずっと……待ってたんかな。  お父さんや妹さんは来たンかな。おじいさんのベッドのそばで、声とか、かけたのかな。  うちのじいさんはいきなり倒れてベッドで三日寝て、それで終わりだったから、まだ寝てんじゃねえかって感じで実感なかったけど。  頑張れとか……言ったのかな。それでも、おじいさんは頑張れなくて……なのかな。  はあぁぁ、と、またデッカいため息が漏れ、アタマをかきむしる。 「おい、マジで大丈夫か」 「寝ろよ、いいから」  結城も浦山も、心配して来てくれたんだ。結城なんて朝まで付き合ってくれて、なにげに助かったし、これ以上心配させたらダメだろ。  だからヘラッと笑って言った。 「うん、サンキュ。朝メシばっくれて寝るわ」 「いやメシは食えよ。すぐ食堂開くだろ」  なんつって突っ込んだ浦山見たら、間抜けなくらい心配そうな顔してて、なんか気ぃ抜けて、ふあぁぁぁ、なんてデッカいあくび出た。 「……かぁ。だな。んじゃ顔洗ってくる」  なんつって水場に向かって、顔バシャバシャやる。  四階は医学部と四年しかいないし、そもそもアサイチで起きる奴少ねーし、二階や三階みたいに水場が混むって事は無い。  ……んだけど一人になると、アタマん中、また同じ事が回っちまう。  丹生田はずっとガマンしてた。丹生田らしく、余計なコト言わずに、黙ってガマンしてた。 『俺は男だ。どうにでもなる』 『俺は祖父似だ』  そんな理由でガマンしてた。ガマンしなくてイイって、言いたかったけど言えなかった。  だって、いつだって丹生田は一所懸命で、こうするべきだって信じてて。  一所懸命すぎて周り見えてねえぽくて心配だったけど、最近はだいぶ柔くなったと思って、ちょい安心してたのにな。  お祖父さん、最初は検査で入院したはずなのに、ずっとこっちの病院にいたってコトだし、つまり検査でなんかマズイこと見つかったンかな、なんて思ってはいた。  けど、丹生田がなんも言わねえで、ちょい笑ったりしてたから、ツラいこと紛れてんならイイかなって、そう思って……でも、そんでもやっぱ、どっかでツラい気持ち抑えてたんかな。  だって丹生田ン家のお母さん、親父さんと妹さんとは会ってるのに、丹生田はまだ会えてねえみてーだし。  だってあんとき、困った顔になってたし。 『祖父は頑なな人だが、俺には優しい』  そう言ったとき。  丹生田はおじいさんのこと好きなんだ。でもお母さんや妹のことも大切で、両方のこと考えて、だからずっとガマンしてた。  どっちの味方も出来ずに、どっちかを責めることも出来ずに。 『……母が、……いたんだ』  前、おじいさんが危篤なったとき。  身体中で、助けてくれって、そう言ってるみてーな。  縋るみてーに抱きしめられたときの丹生田は、そんな感じだった。あんなの、あんときだけだ。  おじいさんの病院で会っちまったとき、お母さんは丹生田を見て怯えたから、だから丹生田は、家族の中で丹生田だけは、お母さんに逢えねえまんまなんだ。つまりツラい状況はゼンゼン変わってねえんだ。  そんでも文句言うような丹生田じゃねえけど、最近はちょいちょい笑うけど、ホントはやっぱ、黙ってガマンしてて。 「はぁ~……」  やめやめ、そんなん今考えたってしょーがねーし。 「てか、コレで状況変わるんかな。……丹生田もちょい楽になったりするかも、お母さんと会えるようになるかも……じゃん?」  敢えて声に出して言ってみる。  そんな風に割り切れる丹生田じゃねえだろけど、でも俺だけでも、そういう風に考えて、少しでも丹生田に元気出させてやんなきゃ。  無理矢理自分にそう言い聞かせて顔を上げ、タオルを使う。 「うしっ! まずメシ食って、だな!」  自分が落ちてる場合じゃねえんだっつの。  しっかりしろ俺。  その日の夜が通夜で、葬式はその次の日。  そんなメールが来たんで、葬式には寮として代表が出席した方が、てことになり、俺と橋田が行くことになった。会長と副会長だし。  二人とも喪服なんて持ってなかったし、もうすぐ社会人だし買っとくか! つって一緒に紳士服の店に行って、礼服コーナーとか見たんだけど、意外と高かったんでビビってたら橋田が金貸してくれた。  帰りに軽くメシ食って、お茶しながらヘヘッと笑ったら 「なに。気持ち悪いな」  とか橋田がマジで気持ち悪そうな顔で言った。 「だぁってよ。……なんかヘンな感じじゃん? 一年のとき同室だった三人が集まることになるわけだし」 「集まるっていうのとは違う気がする。葬式に参列するだけだよ」 「まあそ~なんだけど~」  ヘラッと笑ってたら、ツラっとしか見えねえ橋田が、意外な声音でぽつりと言った。 「ぼくは身内の死というの、知らないんだよね」  ちょい自信なさげな。橋田にしちゃ珍しい声だ。 「遠い親戚の葬式に出たことはあるし、近所のおじさんが亡くなったことはあった。けど、ぼくの祖父母は元気だし、親兄弟も親戚も、顔を知ってる人はみんな死んでない。だから親しい身内が死んじゃうって感じが分からない」 「そっかあ」 「きみは? 藤枝」 「俺は、ちっちゃい頃だけど、いとこが死んじまってる。それとじいさん」 「……おじいさん」 「うん。丹生田と一緒だな。じいさんのこと大好きだったってトコも」 「おじいさんと同居してたんだね」 「まあな~。つうか俺んち共働きで、親はあんま家にいなかったし、ほぼほぼじいさんに育てられたみてーな感じもある」 「丹生田くんも、なのかな」 「うちとは違うだろうけど、丹生田もおじいさんのこと、好きだったみてえ。前そんな話聞いたし」 「どんな感じなのかな」  メガネの奥からまっすぐ向けられた目を見返し、アタマがりがりやりながら苦笑する。 「どんなって……。そんなん人それぞれだろ。俺はまあ~……葬式の終盤になるまで、実感沸かなかった、かなあ……」 「実感が湧かない?」  メガネの奥の目がキラッとした気がして、え? とかまばたきしたら、いつもの淡々とした顔だったし、じいさんの葬式で大泣きしたこと思い出し、また苦笑する。 「うちのじいさん、いきなりぶっ倒れてベッドで眠ったまんま逝っちまったからさ。死んだんだか寝たまんまなんか分かんなくて、実感湧かなかったつうか。てか通夜とか葬式前も、俺フツーに会話とかしてたっぽいんだよ。メシ食って自分で制服に着替えて、とか、ちゃーんとやってたらしいんだけど、ゼンッゼン覚えてねえんだよな」 「単なる記憶力の欠如なんじゃ?」  淡々と言う声に、チィッと舌打ちして「るっせ、ちげーよ」言い返し、ヘヘッと笑う。 「まあ、俺でもそんなん、なるんだよ。くそ真面目な丹生田がどうなるか、なんてさ」 「分からない、ということ?」 「そゆこと」 「……なるほど」  そんな感じでいったん寮に帰り、二人して着がえた礼服姿をやいのやいの言われながら葬式に行ったんだけど、正直めっちゃ意外つうか。  ガックリきてんだろうなと心配してた丹生田は、なんか立派に挨拶とかしてて、表情もキリッとしてた。  しっかり背筋の伸びた正座で、参列者にキレイに礼をしてる丹生田の隣、喪主の席にいるお父さんは、丹生田より身体は小さかったけど顔は似てて、だけどなんかガックリしてて、挨拶とかも力ない感じ。妹さんは性格キツそうてかアタマ良さそうな美人で背が高くて、背筋伸ばしてキッチリ挨拶する感じとか、丹生田の妹だって感じがした。  参列の人はたくさん来てて、お父さんの関係の人もたくさん来てたけど、わざわざ長野から来た人も少なくないみたい。おじいさん、人望あったんだな、と思いつつ、俺は遺影をじっと見てた。  たぶん、だいぶ前のもんなんだろう。髪は半分くらい白髪だったけど、おじいさんはマジで丹生田とそっくりだった。  いや逆か。丹生田がおじいさんに似てるンか、とか思いつつ、順番が来て「この度はご愁傷様です」つってお辞儀する。 「お運びありがとうございます」  キッチリ礼を返した丹生田に、「大丈夫か?」こそっと聞いたら、目を細めて少し頷いた。そんでお父さんに「寮の仲間だ」とか教える。 「ほう」  とか見られて顔を引き締めた。丹生田のお父さんは風聯会でも重要な人だって聞いてるし、ちゃんとしなきゃ。 「今期、会長やってます、藤枝です。丹生田くんとは同室でした」 「副会長の橋田です。ぼくも同室でした」 「健朗がお世話になっております」  きっちりアタマを下げられて、コッチもまた頭下げる。 「いや、お世話になってんのコッチなんで」 「ぼくはお世話してます」  橋田が淡々と言うから「ばかっ、ここは黙っとけ!」小声で言ってやったら、お父さんと丹生田はチラッと目を合わせ、二人して困ったみたいな笑顔になった。その表情が二人おんなじで、隣にいた妹さんが「まったく」とため息ついてニコッと笑った。 「健朗はこんなゴツイのに繊細で、なのにニブイっていう面倒な奴だけど、よろしくね」  そう言ってキレイに礼されて、お父さんも頭下げて、それから丹生田も照れくさそうな顔になって礼をして、ソレ見てなんだかホッとした。  丹生田の家族が、丹生田を大事に思ってるって、そんな感じがしたのだ。

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