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170.今のうちにできること

 十一月半ば、前夜祭含め四日間の大学祭が開催される。そんで同時に寮祭もやる。  前夜祭を明日に控えた今日、俺は橋田に命じられて巡回をしていた。  去年は風聯会からカネ出たし、普通の店舗で使うような備品揃えて、手作り感なるべく排除してた。看板とかもプロかって感じの出来でさ、マジで学祭ノリじゃなかったんだよな。  でも今年は金かけてねえわけだし、準備期間は長くとったけど、参加人員は去年より少ないはずだし。  だから去年よりもっとこぢんまりになると思ってたんだけど、フタ開けてみたらビックリだった。 「なんか、去年より派手になってね?」  アーチ看板には萌えキャラとか満載で、法学部棟横の小道入り口にはイベントの予定表もあり、そこを進むと、まるで縁日みてーに屋台が並んでる。いかにもお祭りなチョコバナナとか食いモンもあるんだけど、クジとかボール当てゲームとか、そんなんもあったりする。  突き当たりの駐車場スペースにも屋台があるけど、こっちは去年もやったラテアートや、ちょいシャレオツな軽食的なものとか、今年は去年無かった焼きそばやたこ焼きなんかもあって、メニューとかイラスト入りの煽りがベタベタ張ってあって、派手にアピールしまくってる。 「だーって、去年は姉崎さんがデザインにダメ出ししまくったから」 「そそ、下品! のひとことでな」 「ぜってー派手な方が受けるつったんだけど『差別化って言葉知ってる?』とかな~」 「あのおっかない笑顔でなぁ~」  ケラケラ笑いながら言い合ってるのは二年と三年の連中だ。 「え、姉崎さんって、あの優しそうなヒトですよね?」 「確かに、ちょっと近寄りがたい雰囲気はあるけど、話しかけてくれるし」 「まあな、騙されるよな」 「うん、俺も最初はそうだった」  去年の姉崎を体験してる連中が一年へ、ため息混じりに言った。 「あのひとが一番おっかないんだぞ」 「ええ?」 「いつもニコニコしてますよ?」 「怒った所なんて見たこと無いですよ」  一年連中は、信じらんねえって顔してる。 「橋田さんとタイ張るの、あのひとくらいだ」 「ええっ!? あの橋田さんと!?」  てかそっか、橋田もそういう雰囲気出してんだ。まあ橋田ってあんましゃべんねえけど、有無を言わせず言うこと聞かせる迫力的なもんは確かにあるよな。  俺にはねえけど。会長なのに。 「でもいつも二コニコで」 「たまーに真顔になんだ。マジおっかねーぞ」 「……そうなんですか」 「そそ、ケンカつえーし」 「ケンカなんてするんですかあの人!」 「見た目に騙されんなよ。保守の峰さんとマジでやり合ったら、どっち勝つかなってレベルだ」 「ええええっ!?」  なんてカルチャーショック受けてる一年たちを横目で見つつ、そこで俺の名前って出ねえんだな、とかひっそり落ち込む。まあでも迫力とか威厳に欠けてるって自覚あるし、そもそも出そうと思ってねえし。  けどまあ、そこら辺でガッツリ落ちるってコトもない。だって分かりきってるし。俺は俺だし。だからイイのだ。  なんで会話をぶった切るひとことぶっ込む。 「そこら辺は今イイから、準備ちゃんとやれ~」 「あっ、藤枝さんだ~」  恐れられてねえけど、みんなニコニコ声かけてくれる。これが俺のキャラだしゼンゼンOKだっつの。 「前夜祭まであと三時間、やることはいっぱいあんぞ~。怪我しないように気をつけろ~」 「ういっす~」  今年は去年と違って、ステージ中心に全部組まれてる。つまり派手になったってだけじゃねーんだ。  駐車場は去年、白い丸テーブルとかあってオシャレな雰囲気作ってたけど、今年はステージ前にパイプ椅子がずらり並んで、ハッキリと観客席になってる。  今年は寮だけじゃなく自由参加でステージやるから、ステージ横にはイベント予定表もデカデカと書いてあるのだ。バンド演奏あり、色んなサークルの発表イベントとかもやるし、もちろん激辛うどんトライアルもある。  そんで後ろ、つまり寮入り口に近い方にはカウンターテーブルが並んでる。基本立ったまま飲み食い推奨、座りたかったらステージ見ろ、座ってゆったり飲み食いしたかったら寮の中に入れ、てコト。  娯楽室は自主製作アニメとか懐かし映画とか上映してるし、今年も手荷物預かりは継続。二階集会室に客を誘導して、そこでゆったり座りながら、なんならステージ鑑賞しながら飲み食い出来るってわけ。  てか今年は食堂を使えないんだ。なぜって、あそこはおばちゃん達の城だから。  去年協力してくれたのは、姉崎がカネ払って話つけたからだったわけで、今年は去年ほどカネ出せねえってのもあるんだけど、なぜかおばちゃん達に気に入られてる姉崎も協力拒否したらしい。 『今年は無理。すっごく疲れるみたいだし、僕もお姉様方に無理言いたくないんだよね』  いちお説得したらしい田口が、苦笑混じりに言ってた。 「あの人が拒否るときって、頑張ってもあとが面倒なんで引いたんですよ。食堂担当通して僕からも頼んでみたんですけどキッチリ断られたし。まあ食堂無しでもやれますから」  つうか姉崎って、橋田や田口相手だとあんま攻めねえつうか。津田会長や乃村さんにもそうだったし、去年は尾形さんにもそんな感じだった。おばちゃん相手には明らか過剰に愛想振りまくし、同期でも鈴木とか標とか、相手によって対応変えてる。  そういうトコが、コイツなんかイヤだなと思うトコだったりする。  誰に対してもまっすぐ。  ほんのガキだった頃から、地位とか人脈とか経験とか、そういうの満載のおっちゃん達が周りにいる環境で育ったからなんだろな、という自覚はある。どんな偉い人でも怖そうな人でも、見た目や雰囲気だけでビビるって事が無い。  じいさんの孫だから、ガキだった俺はおっちゃん達に特別扱いされてたんだなって、今なら分かる。けどそっから学んだこともある。  どんなに偉い人でも、一皮剥いたら誰かの子供で誰かの親で、大切な人や大切なことを持ってる。その為に頑張ったから、おっちゃん達は威厳とか迫力とか、そういうモンを身につけられたんだ。だから俺も大切だと思うものや人を守るために頑張る。そう決めてる。  出来ないことはたくさんあるけど、出来ることは精一杯やる。今までもこれからも、藤枝拓海のやることはコレ一択だ。  どんなときでもペプシを選ぶみたいに。    *  コンコンとノックが聞こえ、ハッとして顔上げつつ「はあ~い」声を出す。  やべやべ、キーボードに顔突っ込むみてーに寝てた。  ヨダレ出てねーか? なんてキーボードふきふきして手の甲でゴシッとくちもとを拭うが、濡れてる感じねえ。おお、セーフみてーだな。 「済まん。忙しいか」  ホッとしてたら、部屋に入ってきた丹生田の声が聞こえた。  寮祭は問題無く始まり、前夜祭と一日目を終えた夜である。会長って特に担当無いし、わりとヒマだった。なぜって超順調だから。なんで卒論やってたんだけど。 「あ、いや! だいじょぶ」 「本当か」 「うん。睡眠の呪いが降臨つか」  ヘラッと笑ったら、チラッとモニターに目をやった丹生田も目を細めた。 「ああ、これだと藤枝は寝てしまうな」 「そうなんだよ~。ンでもココはどうしても数値入れねーとだし、頑張るって思ってたんだよ? けどひたすら数字の羅列が続いててさ、やべーとか思って、気づいたら落ちてた」  言いながら眉寄せてモニターを睨んだ。  また呪いが落ちる前に確認しねーと。計算式が合ってても入れてる数値が違ったら意味ねーし。 「う~~~」  実は数学とかあんま得意じゃ無い。自慢じゃねえが、ずっと数字見てると眠くなっちまうのだ。経済学部のくせに、マーケティング研のくせに、と良くツッコまれるが、しょーがねえじゃん? 眠くなっちまうモンは。  レポート作ってても良く寝落ちするし、数学課だった丹生田なんてひたすら数字いじくってるコトが良くあんだけど、横でモニター見てるだけで寝落ちしちまったコトもある。  そんでもちろん、同室だった丹生田と橋田にはバレてるし、おんなじ経済学部の小松とか鮎田とかも知ってるんで、けっこう弄られるとこだったりする。  迫り来る眠気を抑えつつ、なんとか数値の確認してホッと息を吐いたら、デスク横で立ってた丹生田がくちを開いた。 「藤枝。どこに勤務するか分かるか」 「え? 勤務って? ……ああ~就職後ってコト?」 「そうだ」 「いや、分っかねんね。全国に支社あるし、都内勤務になるかどうかも」 「なにも連絡無いのか」 「いちお、年開けてから本社に行くことになってるけど」  言いつつ丹生田を見上げたら、なぜか目を逸らして眉寄せてる。 「……どした?」  声かけたら、ずいっとスマホを差し出してくる。 「ん? なに?」  目を落としたそこには地図が表示されてた。 「俺の職場は……ここだ」 「職場……ああ、就職先の会社な。へえ、こんなトコにあるんだ。丹生田ココに通うんか。てかもう行ってるか」 「そうだ。父に官舎で同居するかと言われたが職場から遠い。部屋を借りるなら早めに探せと」 「……そっか。卒業だもんな」  当たり前だけど、卒業したら、もう賢風寮にはいられない。  つまり卒業したら、丹生田とも大学や寮っつう繋がりが無くなる。そんだけじゃなく、お互い仕事で忙しくなるだろな。  てか今だって丹生田は剣道と寮と卒論とでめっちゃ忙しいわけで。毎日なんだかんだで出かけたり部屋に籠もって作業してることも多いし、これが仕事ってコトになったら家に帰って寝て剣道して、みてーになるんだろな、なんて明らか予想出来るし。自分だって仕事始まったらどんななるか分かんねえし。  そやって連絡とかも出来なくなって、疎遠になってくんだろな。とーぜんそうなるよな。  俺は中学から高校上がっただけでつきあってた彼女と別れちまった。大学でこっち来たら地元の彼女がツレと付き合い始めたってやつもいた。  丹生田の会社、女の人も多いって聞いた。怖がられねえか気にしてたから知ってる。そんで丹生田ってばココんとこ笑うようになったし元々かっけーのにさらにカッコ良くなってるし、きっと会社じゃ仕事とかバリバリやって、さらにカッコ良くなって、そんでモテちまったり……するよな。  そんで、原島に告られたときみてーに 『嬉しかった』  そう思って、付き合ったりしちまうよな。丹生田が誰か女の人を好きになることだって、当然あるよな。  したら、セフレなんていらなくなる……よな。  そりゃそうだ。  むしろ女の人と付き合いだしたら、そんなん黒歴史になるかも。  つまり丹生田とこんな風に過ごせるのも……今のうちだけだ。  だからニカッと丹生田を見上げて言った。  前夜祭は遅くまでやったし、一日目はナニあるか分かんねえから待機、と思ってたけど、九時過ぎたこの時間までなんも言って来ねえンだから、問題は起こってねえってコトだ。 「おまえコレから時間ある?」  すると丹生田は、ギッと眉寄せ、囁くような低い声を出した。 「……今日はもう出かけないが」 「んじゃ、俺もちょい休憩する。てか朝まで」  明日の朝に戻れば寮祭は問題無い。てかなんかあっても橋田も田口も、言うたら仙波も瀬戸も峰もいる。  自分は、今やれるコトをやる。思い立った今やらねえでどうする。 「………………」  喉仏が上下する動きと共に、ゴクッと喉を鳴らす音が聞こえた。 「久しぶりにホテル行こうぜ。てか泊まったことねえし、朝まで……とか、ダメか?」  先考えて落ちてもしょうがねえ。  だから今のうちに楽しんどく。今やれること、出来ることを精一杯やる。  丹生田と過ごせる今のうちに。

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