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173.藤枝家にて

 一月五日。  海外年越し旅行から帰ってきたお袋から電話来た。 「お土産取りに来なさい。休み今日までなんだから今すぐ」  とか言われたんで、しょーがねーから実家に行った。 「やっと帰ってきたー!」 「ぐふっ」  そんでいきなり妹に腹をグーで殴られた。 「ってー、つの! なんだよっ!」 「なんで家族の旅行に来ないのよ! なんでお兄ちゃん、なんでゼンゼン帰ってこないのよ! ズルいよ!」 「てか、おま、なにンなテンション?」 「は? なんで分かんないの? バカなの?」 「はぁ? バカって言う奴がバカなんだぞっ!」 「あんたたち玄関先でなにやってるの。拓海もいちいち相手しないで早く入んなさい」  お袋が出てきて呆れ顔で言い、「そうよ、早く入りなさいよ。バカなの?」とか妹は威張って背中押すし、イラッとしたけど、とにかく靴脱いで、改めて玄関周りを見回す。 「なにやってんのよ、なんで動かないのよバカ」  とかうるさい妹はほっとく。てかコイツのせいで久しぶりの実家に帰った感慨的なものゼロになったし。  玄関は、バリとか夏の島って雰囲気で統一されてる。 「お~、今度はこういう系かぁ~」  花とか布とか絵とか飾ってあってカラフルなんだけど、上品な感じにまとまってて、とっちらかってないってか、やっぱお袋センス良いなあとかニヤニヤ言ったら「良いでしょう?」とかって、あれこれ指し始める。 「これなんてね、アワヤマさんで見つけたんだけど」 「えっ、あそこって古道具屋だろ?」 「そうなんだけど、違和感ないでしょう?」  お袋も嬉しそうに解説始めて、へぇ~、とか、なぁる、とか盛り上がりつつリビングに向かう。 「あ~そうだった、バカなんだった、お兄ちゃんてば大バカだったんだ、なんで忘れてたんだろあたし」  後ろからわざとらしい大声出しながら妹がついてきたけど、いつものことだし気にしねえ。  てかリビングに入って、ソファで腕組んでキンキン怒ってる妹は、前見たときより髪とか服とかなんか雰囲気違って大人っぽくなってるし、化粧してんのか分かんねえけど、さらに可愛くなっててビビる。  てかゼンゼン余裕でアイドルやれそうじゃん。マズいな~、可愛すぎる。寮の連中とか、ぜってーコイツに会わせらんねえ。ヤバすぎるだろコレ。とか思いつつ、お袋が紅茶とか焼き菓子とか出したから俺も座って、ソファ撫でた。今まで見たコトねーやつだったのだ。 「コレって新しいやつ?」 「どれ? 紅茶のこと?」 「ちげーよ、このソファだよ。新しいやつだろ」 「なに言ってるの。三年くらい前に買ったのよ? まったく、あんたってば」 「そんだけ帰ってきてないってコトじゃない。お兄ちゃんのくせに、うちの家具分かってないなんて、おっかしいよね? だいたいズルいのよ、自分だけ都心に住んでさ、あたしだって家出たいし~!」 「ばっか! おまえはウチにいる方がイイに決まってんだろ!」 「は? どういうコトよ」 「ヘンな男に目ぇつけられたりしたらどうすんだよっ!」 「うざっ!」  ツーン、と顔を逸らした妹にイラッとして言い返そうとしたら「はいはい」お袋が割って入る。 「それより、就職決まったって聞いたけど、卒業したらどこに住むの? ウチに帰ってこないの?」 「来週行くんだよ会社に。そん時に勤務地とか分かると思うけど、まだ分かんね」 「そうよねえ、あそこなら世界中に支社あるものねえ。近くに決まると良いけど。ああ、そうそう、スーツも新しいのがいるわねえ」 「え、いいよ。あるモンで」 「なに言ってるの。これからは毎日着るんだから、スーツの替えが必要になるでしょう。ワイシャツもネクタイも、換えなんて無いでしょ、あんた。今度お母さんと買いに――」 「え、ちょっとナニ? じゃあお兄ちゃん、地方に行くかも知れないの?」 「ん~、そうなるかもな。分かんねえけど」 「ダメっ!」  いきなりクッキーが飛んできて、とっさに腕上げて避ける。 「なにすんだよっ! 食いもん投げんなっ!」 「ダメダメっ! 卒業したら帰ってこないとダメ! ダメなんだからっ!」 「ばっか、そんなん俺が決めれるわけねーだろっ」 「だってダメだもんっ!」  超怒りまくってる妹に、なんだどうしたとか軽くビビる。 「しょうがないでしょう、拓海はもう社会人なんだから」 「あたしだって子供じゃ無いっ!」 「あんたはまだ子供よ」  お袋が厳しい顔して言った。 「お兄ちゃんがいなくて寂しくて、かんしゃく起こしてるなんて、まだまだ子供ってコトでしょう」 「さっ、寂しくなんかっ」  ムキになって、ちょい涙目になってる妹にオロオロしながら「あ~、いや」とか声出す。 「あの、お袋? 俺だってまだ、ぜんぜんガキだよ」  そう。  セフレで良いとかって、開き直ったつもりだった。卒業までの関係だって、そう腹決めた、つもりだった。  ……けど、やっぱ割り切れてねえつか。  それ、この正月でめっちゃ実感しちまった。 『健朗ってほっとけないよねえ』  姉崎の声が頭に響く。  年末年始の喧噪が終わり、寮生たちがぼつぼつ戻って来て、丹生田は道場行ってたし、俺は会長室に籠もってマーケティング研のコトとかやったりしてたら、姉崎がやってきたんだ。 『卒業しても、健朗で遊びたいなあって思ってるんだけど、どこに住むか教えてくれないんだよね~。藤枝なら知ってるんじゃないの? 教えてくれない? 一緒に遊びに行こうよ』  誰がおまえと行くかっ! つって怒鳴り返し、まだ決まってないっぽい、と教えてやった。 『決まったら、藤枝には教えるんだよね? そうしたら僕にも教えてよ』 『誰が教えてやるか! てか俺だって卒業したらあんま会わなくなるだろし』 『ふうん。じゃあ藤枝も健朗に会わなくなっちゃうんだ? エッチまでしてるのに、卒業したらそれっきり? 意外と冷たいんだねえ』  ズキッときた。  ほんとは丹生田と離れたくなんてない。卒業してもずっと一緒にいたい。好きになってくれなくて良いんだ。それは無理だって知ってる。 『ソレとも本気で好きとかじゃ無かった? だよね、誰だって自分が一番大事だし自分が一番好きなモンでしょ? 好きとか愛とか、そんなのただの勘違いじゃない。その点エッチは良いよね、気持ちいいし、分かりやすい。でもさあ、それなら健朗より僕の方がもっと気持ち良くしちゃうのにな』  またヤバい感じで寄って来たからキッチリ遠慮して部屋から逃げた。コイツ妙に強いから追い出すのはムズいって分かってるし。  そんでキャンパス歩きながら、ボーッと空見て歩きながら、考えてた。  そうじゃない。姉崎のバカが言ってたようなんじゃない。  本気でマジで丹生田のこと好きだ。  けど迷惑かけたいわけじゃねえんだ。だから……離れたら、諦めるしか無いよなって。  でも、でもでもせめて、そばにいて見てたい、そんだけでイイんだ。とか自分に言い聞かせてるけど、心のどっかでは、できるならずっと一緒に……なんて、そんなん無理に決まってるって分かってても願っちまう。  ……そんなコト考えちまう程度にはガキだ。 「マジでゼンゼン、ダメダメで。ほんとガキで」  そんなん迷惑かけるだけだって分かってる。だからぜってー言えねえ。  丹生田が誰かを好きになって、結婚したり子供出来たりしたらショックに決まってるけど。でも、ぜってーニッコリ笑って「おめでとう」って言ってやるって、そう思ってはいるんだよ。  けど実のトコ、欲しいおもちゃねだる子供みたいに『ぜってー離れねえかんな!』とか駄々こねて丹生田と──────。 「マジでやんなるってか」  ため息混じりに呟いたとき、無自覚に眉寄せて苦笑してた。  いつのまにか静かになってた妹に気付いて顔上げると、お袋がこっち見てた。 「そう、良い経験をしてるのね」  こんなんが良い経験ってやつなんかな? ただワガママ思ってるだけじゃん? なんて見返してると、お袋がじっと見つめたまま少し目を細め、ニッコリする。 「それが分かってるんなら、あんたはもう子供じゃ無い。とにかく頑張りなさい。私たちは、あんたの味方よ。ねえ?」  お袋はむっつりしてる妹に声かける。したら妹もツン、とそっぽ向きながら言った。 「あんまり考え過ぎんじゃないわよ。バカなんだから」 「おま、バカって言った奴がバカなんだぞっ!」 「しょうがないじゃない、バカにバカって言う他になに言えって言うのよっ!」  そんなしてるうちに親父が挨拶回りから帰ってきて、久しぶりの家族団らんになった。  なぜか妹も機嫌直って、久しぶりにお袋のメシ食って。  まあなあ、こういうの、ずっとやってなかったな、なんてほっこりする。そんで親父がやっと単身赴任から解放されたとか、凶暴な妹が寂しがってたとか色々知って、もうちょい実家にも顔出すかな、なんてことも思ったのであった。

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