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172.年末年始
寮祭は盛況のまま終わり、なにげにけっこう利益も出た。
そんでそれをナニに使うか、娯楽室に投票箱置いて、記名で投票するよう呼びかけてみた。だって執行部だけで決めてもね。皆の意見をまとめるのが会長ってコトで。
娯楽室のテレビをもう一台、ブルーレイも欲しいとか、各階の冷蔵庫を買い換えたら? とか、まあ色々と意見は出た。そん中に、玄関周りを改築したら? てのがあった。
これって去年姉崎も言ってたけど、まあ長年の懸案つうか、セキュリティ関連の問題だったりするわけ。
玄関はガラスの引き戸で、網入りガラスだし厚みもあるけど、やっぱ強度イマイチだし。前に玄関先で暴れた奴がいて、そんとき靴箱の棚板壊れたのを施設部で直してはいるんだけど、そんときもガラス戸危なかったらしいし。
セキュリティってコトなら保守部屋があるから、だいじょぶなんじゃね? て意見も固定である。んだけど、その保守部屋が厳しい環境なんだ。
上半分ガラス張りの玄関脇にある小部屋。そこで保守の当番が、朝まで寮の出入りを見張ってる。けどなにせ玄関のすぐ近くだし、扉はガラス一枚だし、すぐ出入り出来る構造になってるから、保温という観念がそもそもねえつか、夏暑く冬寒いつう過酷な場所なわけ。
夏暑いのはともかく、冬の深夜から朝までの冷え込みがかなり厳しい。ごっついのが毛布にくるまってホッカイロもんでたりする姿は、なんつうか涙ぐましいものがあるんだよね。
まあ保守は完璧に体育会系なんで、先輩から受けた指令には絶対服従なトコあるけど。つっても先輩も当番やるわけで、後輩にやらせといて自分が弱音吐くわけにはいかねえ、とか丹生田も言ってたけど、寮でそんな精神鍛える必要ある? と思うわけ。
てかここのセキュリティちゃんとしたら、保守が玄関に詰める必要もねえんじゃ? つう意見もあり、保守が見張るのは部外者の出入りだから、それとは問題が違う、つう意見もあり、そんなら部外者立ち入り禁止じゃ無くなったら必要ないんじゃね? とか言う奴もいる。
つっても玄関周りだけとはいえ外装にもまたがる改修なんて、ちょっと利益出たくらいじゃ資金的に無理だし、施設部でやるにもかなり大がかりなことになっちまうわけだし、そもそも本格的な改修ってなると、風聯会に聞かなきゃできない。ココは風聯会のもんだからね。
つまりこの冬までに出来るかっつうとハッキリ無理。なんでせめて断熱くらいやっとくか? つってみたら反対意見も出なかったんで大決定になり、やることになった。
冬場暖かくなると聞いた保守の連中は、大張り切りで施設部手伝って、内側に断熱材を貼り、前より強力な電気ストーブ設置したんで、ちょいっと保守部屋が狭くなり、ちょい暖かくなった。夏は保守部室にエアコンあるし、そっち側の窓開けときゃ、なんぼかマシだろ。
その作業で余ったカネは、色々意見あったものの急ぎじゃねえだろってコトで、プールしとくことにした。これからなに起こるか分かんねえし、来年も寮祭やるわけだし、なにやるにもやっぱカネ必要だし。
そんなこんなで年末は慌ただしく過ぎ、保守部屋がちょい暖かくなった賢風寮にも年末がやってくる。
そんな十二月三十日の昼、拓海は「いってら~」寮の玄関先で丹生田に手を振っていた。
けど丹生田は眉寄せて、ロビーに戻る素振り見せたりで、出て行こうとしない。
「……やはり俺も残るか?」
なんつって、寮に戻ろうとすっから「ばっか、ナニ言ってんだよ」ニカッと笑って玄関へ押し出す。
「お父さんとゆっくりして来いよ」
丹生田は今まで、寮に残って年越ししてたんだけど、今年はお父さんの官舎で過ごすことになったんだ。妹さんも年明けてから一瞬戻ってくるらしいから、ぜってー行くべきっしょ。てか丹生田が行かなきゃお父さんが一人で年越しってコトだろ? ソレの方がダメじゃん。
「お父さんも楽しみにしてんじゃねえの?」
「……そうだろうか」
なんつって目を伏せながら言ってるわけで。
「そうに決まってんじゃん」
「……そうかも知れんが」
「ちゃんと行ってこいよ。お父さんと妹さんによろしくな」
「しかし、藤枝が……」
で、逆にいつもは帰省してる俺の方が、今年は寮で年越しだ。
両親が海外で年越しとかって言い出しやがって、妹もついて行ったんで、実家には誰もいねーし、寮で年越しすることにしたんだけど、丹生田はなにげにソコ気にしてるっぽい。
てかまあ、「え~? お兄ちゃんこないの? なんで?」とか妹は言ったし、親にも一緒に行こうって言われたんだけど、家族で海外とか、ソコまで楽しみじゃねーつか。
「イイんだっての! てか俺も寮で年越しってしたかったんだ。超楽しみじゃん」
「……そうなのか」
年明けたらすぐ就職つか卒業しちまうわけで、寮で年越しのチャンスって、コレが最後なわけだし。
……なんとなくさ、寮に残りたかったんだ。
だって去年まで丹生田は、ココで年越ししてたんだから、俺も過ごしてみたかった。丹生田のいない寮で、今まで丹生田が過ごしたみたいに。
「そうだよ、ホラ行けって」
「……分かった」
なんつって出てく丹生田の背中見送りながら、良かったなあ、なんてしみじみしちまう。
だって去年までバラバラだった丹生田ンちが、少しずつ一緒に過ごすようになってんだよ。そんで、どっかいつも緊張してたっぽい丹生田の雰囲気が柔くなってる。なんで俺までニヤニヤしちまうのだ。
これって絶対イイことじゃんね?
二十八日過ぎると、みんな帰省するから、寮には、ほんの数人しか残ってねくて、まあガランとしてる。
ゲームやりこむのとかもいたけど、なんとなく娯楽室に集まってテレビ見ながら酒飲んだりだべったりってことになる。そんで食堂も三十一日から五日まで閉まるんで、自炊必要になるんだけど、俺は殆ど料理出来ないんで作ってもらってばかりだったりする。
てか丹生田って意外と料理するんだって。知らんかったけど。
「去年、丹生田さんが作ってくれたアレうまかったな~」
なんて話も聞けてちょいラッキー、とか思っちまう。
やっぱ俺って安いな~、なんてトコも、いつも通りなのだった。
てかまあ、この寮が今は俺らだけのモンだ! みてーな、わけ分かんねえテンションもあったりして、家族と過ごすのとはまた違ったまったり加減で、コレはコレで悪くねえ感じ、てか。
……なんだけど、そのなかには、なぜか姉崎もいたのだった。
「いやあ、僕って帰る家の無い可哀想な子なんだよね~」
「うそつけ!」
当然ツッコむだろ? 金持ちボンボンのくせに、ナニ言ってんだ!
「いやあ、ほんとほんと」
いつも通りヘラヘラ言われて信用出来るわけねえし!
でもまあ、なにげに料理うまくて、水場でちょいちょいメシ作るんで、役には立つ。
そんで三十一日。
酒飲みながら年末恒例番組見てゲラゲラ笑ったり、年末のダメなお父さんテンションになってた居残り組は、いきなり耳障りな声を聞かされた。
「Haaai、lonlyboys! 帰る家も無く一緒に過ごす恋人も無く、ガランとした男ばっかりの寮に残るしかないボーイズ! 涙出ちゃうね~。あはは、むさ苦しく寂しい時を過ごす、そんなあなたに潤いを! 年越しソバできたよ~、食べたい人~、Come on!」
笑い声つきの館内放送が鳴り響いたのだ。
「ははっ! 食堂にて先着十名様まで、早い者勝ちだよ~」
が、誰も動こうとしねえ。勝手に入った執行部室で放送やらかしたらしい姉崎は、
「なにやってんの、早く取りに来なよ」
すぐ娯楽室へやってきて文句言ったが、怒鳴り返してやる。
「ば~っか!」
俺の怒声を皮切りに、酔っ払いのテンション炸裂した。
「そっちが持って来~い!」
「てか八人しかいねえし~?」
「ばぁ~か!」
「先着ってなんだってコトっすよぉ~」
ソファや床にだらしなく座った居残り組が、グラスやつまみ片手にくちぐち抗議しても「ええ~」とか、姉崎はいつもと変わらないニヤケ顔だ。
「ありえない、この僕にソバ運べって言ってる?」
「言ってる言ってる」
「少しは働け、ばぁ~か」
「ちょ、藤枝さん、さっきから『ばぁ~か』しか言ってねえッスよ」
ゲラゲラ笑う後輩に肩とか叩かれ、「うっせ、ばぁ~か」なんて言い返し、「また!」なんてゲラゲラ笑われる。
「でもコッチのがソファあるし~食堂行くのたりぃ~」
「てかココで飲んでるんすよ~? 場所移すんスか~?」
「イヤだ動きたくねえ」
「うわぁ~、入り込みたくないなあ、この集団」
「あっ、先輩、俺運びます」
一年の中で唯一居残りしてんのが、酔っ払ってフラフラ立ち上がったんで、「ちょっと、こんなのに運ばせたら大惨事だよ~」遅れを取り戻すみてーに焼酎ストレートでガンガン呷りながら姉崎がヘラヘラ笑う。
「てかそばじゃん! 伸びるじゃん!」
「はっ! そうだ!」
次々立ち上がり、
「急いで運ばねえと!」
なんていきなりテンション変わって、みんな食堂へ突入し、面倒だからそこで食って、残った二杯の争奪戦で、熱の籠もったあっち向いてほいが展開された。
あげく激しく頭振って酔いが回った一年がリバースして、みんな一気に食欲無くなって、
「飲み直しだ~」
みてーな感じで娯楽室に戻っちまった。しょーがねーから俺はひとりで「ばぁ~か」とか言いながら後輩介抱して掃除して、グダグダになってる娯楽室に戻ったんだけど。
イイ感じで酔ったらしい姉崎がケラケラ笑いながら踊ったりし始めて、それがまた妙に決まっててブーイングの嵐受けたが逆に挑発してきやがるから、負けるかっ! とみんな踊り始めてさらにグダグダになった。
翌朝、グダグダのまんま娯楽室で寝落ちしてたみんなは、二日酔いの頭抱えてダラダラ食堂に入って、そこでのびきったソバと、乱れきった厨房と、そんでなんと、湯気たつ雑煮を見つけたのだった。
「昨日から鶏ガラでスープ取ってたんだよ~」
「はぁ?」
なんか超元気でヘラヘラしてて、かなりダルダルになってたみんなが
「なんでだよ?」
「おまえあんだけ飲んだのに」
「誰より元気って」
「なに企んでんだよ」
一気に反発するんだけど、まあダルダルに。
「僕ってけっこう酒強いんだよね~。あれくらい平気平気」
「ああ~、世の中不公平だよな」
「顔良くて金持ちで、酒まで強いってなんだよ」
ぜってー聞こえてるはずなのに、
「はい、モチ焼けたよ~」
サラッと無視しやがるニヤケメガネの言うことを、素直に聞く奴はいない。
「取りに来て~」
なんだけど、ゆうべリバースしまくってた一年が「はい、いただきます」ってズズッとスープ飲んで、ふぅ、と吐息つきながら「……おいしい」呟いたから空気が変わる。
「でしょう~?」
「疲れた胃にこのスープ……癒やされるッス……」
しみじみ言った一年の顔が、まさに至福だったりするわけで。
「あ~?」
「そーなの?」
姉崎が作った雑煮は、澄んだ鶏ガラのスープにニンジンとか大根とか細切りにしたのが入ってるだけのシンプルな奴で、
「コレは雑煮じゃねえ!」
つう意見もあったけど、雑煮に罪はねえんで、みんな食う。
そんで「うっ、うまい」思わず言っちまったくらい、マジでうまかった。
「あっさりしてんのイイな」
「ねえ、美味しいでしょ? やっぱり才能が溢れちゃってるかなあ。深酒のあとだし、こういうアッサリしたのがイイと思ったんだよね~」
色々言ってたのはムカつく部分もあったが、しかし確かにあっさりスープの雑煮はめっちゃうまかった。
「うんうん、みんな遠慮しないで僕に跪いていいよ? ホラホラ」
なんてニヤニヤしてやがって、やっぱイラッとしちまうわけで。
「あっ! てかなんで食堂勝手に使ってんだよ!」
そうだよ、五日まで食堂は閉鎖、勝手に使ったらダメなんじゃねえの?
「大丈夫。ちゃんとキレイに使うんなら問題無いって。だからねえ、みんな? 片付けはやってね?」
「おまえは? まさか片付け逃げる気じゃねえよな」
「ええ~? だって僕作ったじゃない。君ら食ってただけだよね? なら片付けは当然、君らでやるってコトでしょ?」
まあ確かに、なんだかんだ言って、ソバだの雑煮だの作ってくれたわけで、そんで確かにうまかったりしたわけなんで、色々イイことにして、後片付けは残った全員でやる羽目になったけど、やりながら雑煮論争が始まったりした。
姉崎の作った雑煮に
「確かにうまかったけど、コレは雑煮じゃねえ」
「そうだ、雑煮ってのは白味噌に丸餅だろ」
「ナニ言ってんだ、醤油で具だくさんが雑煮だろ」
とかそれぞれ言出したのだ。
寮に残ってた連中の出身が、宮崎県と新潟と青森と山口、そんで俺が関東圏で姉崎がアメリカ、つうバラバラだったわけで。皆言うことバラバラで、さらにエキサイトしてくと、それぞれ方言でしゃべり初めたりして。
「みんなナニ言ってるか分かんない!」
とか姉崎はめっちゃウケてずっと笑ってたんだけど、つまり方言になるとゼンゼン分かんねえらしく、そっから方言講座になったりして、超面白かった。
そんな感じで、年が明け、寮生も少しずつ戻って来て、すぐ通常営業になったんだけど。
もう来年は、ココじゃねえトコにいるんだって、そんな風に実感して。
大学生活もあと残り僅かになっちまってんだな、なんて、しみじみ思ったりして
来年の今ごろ、丹生田は誰とどこにいるんかな
なんて連想しちまって、なにげにテンション下げていたのであった。
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