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179.やらかした拓海
一ヶ月くらい前から、いやその前から、風当たりはキツかった。
新人が、なに好き勝手やってんだって、そんな感じのこと陰で言われてんのは知ってたし、小松なんて「少しおとなしくしといた方が」とか、それとなく言ってきたから、きっと俺をディスる話に巻き込まれてたんじゃないかな。
けど気にしてなかった。
つうか賢風寮で日々邪険にされ続けて四年だぞ? 目の前で直接攻撃受けてたんだぞ? 会長なのに後輩にまで馬鹿にされてたんだぞ? そんくらいでメンタルやられるほどヤワじゃねえっての。
……自分で言っといて情けねえけど。
てか、そもそもは先輩に命じられた仕事だったんだよ。
とある取引先から受けたプロジェクトの中で、国産のひのき材、つまり木材な。それをなるべく割安で集めるってタスクがあって、先輩と二人だけで動いてたんだ。
木材集めるってもンなデカイ話じゃ無い。そこそこの量で良かったんだけど、ただ国産でひのきで期限ありって限定つくとちょい面倒だってだけで。だからみんな忙しくしてる中、俺を見てくれてた先輩、滝安 さんがプラスアルファでひのき材集めることになって、その補助を命じられたってだけだった。
滝安さんは木材集め以外もタスクあったしめちゃ忙しそうで、移動するとき、俺って免許取ったばっかなのに不安がるでもなく、助手席でほぼほぼ寝てた。
つっても飛行機使うような遠方は滝安さんが一人で行った。そういうとき俺はひとりで関東圏とか、車で行ける範囲を回るよう指示受けてたわけで、みんな忙しいからそれくらいひとりでやんなきゃ、だろ? マジ走行1万キロ軽く超えたし、そうとう動き回って、木材扱うおっさんやにーさんたちに『材回してもらえませんか』とかってかけあってたわけ。
でも俺って強面や頑固っぽいオッサン達ってわりと得意だし、むしろしゃべるの楽しかったりして。
終盤他の用事で忙しくなった滝安さんの代わりに、あちこち通いまくって色んな話して、すっげ仲悪い感じの二人のおっちゃんの争いに巻き込まれたりとかわやわやになりつつ、なんだかんだタスクは達成した。
もちろん滝安さんが、それこそ日本中動き回って根回ししてくれてたからで、自分の成果だなんて思ってねえけど。
そんでせっかくおっちゃん達と知り合ったんだから、業者のネットワーク的なモン作ったら今後やりやすいんじゃねえかな、とか思ったんだ。だってまた国産木材集めなきゃになるかもだし、今回の成果を形にしとけば、後々楽になる。
それ主任に言ってみたら「チームの仕事をこなした上でなら好きにしろ」って言われてさ。
「うす、ありがとうございます!」
つって、手をつけたわけ。
言ったからには当然、やれるだけ目一杯やるよね。期限切られてるわけじゃねえし、それに本来の業務はちゃんとやってた。
空いてる時間でやるなら問題ねえだろ、なんつって、滝安さんが車で昼寝してる間に動いたりとか、近くまで行ったときに、ついでに顔出して話してみたりとかさ。
まあ、新人が勝手なことやってるって、そう取られてンのは感じてた。
そんでも滝安さんが「本来の業務に支障出なきゃいいよ」つってやらせてくれたし、悪いことしてるわけじゃねえし、なんて思ってるトコもあって、気にしてなかった。
てか総括ンとき、風聯会のおっちゃん達と連絡取るには、いっかい事務局通さなきゃなんなくて、なにげに面倒だったんだ。事務局通すと話できるまで一週間かかったりして、そんなん待ってられるか! つって、俺が個人的に知ってるひとは直連絡しちまった。タイおっちに事後承諾もらったりはしたけど、問題にはならなかったんだ。
けど、やっぱ俺以外だと面識ねえし事務局通すしかなくて、卒業する前に、つうか会長でいる間にそゆトコなんとかしたいって、ちょい動いたんだよ。今後も賢風寮から直で連絡さしてもらうようなリスト作りたいって。
だってタイおっちとか張り切って頑固オヤジやるからさ、みんな大変だろうなって思ったし。
でも「おお、良いぞ」て人ばっかじゃ無くて、リストに名前載せるの嫌がる人もいたから、そこはちょいっと頑張ってみた。
限定条件つうか、直で連絡取るときの縛りも示して、よっぽどのことが無い限り、直連絡避けるって約束して。そんで執行部とか総括から直で連絡入れるときは切羽詰まってるときだからよろしくお願いします、なんて風聯会のアタマに話通して。
そんときのノウハウ使えるんじゃねえかなって思ってたんだけど、木材業界って古くからあるんで、縛りとかしきたりとか横の繋がりとか格上だとか格下だとか、色々面倒なことが満載で。
「あのときはあのとき。臨時で一回だけだから妥協した」
て人も少なくなくて、なかなかうまく進まなかった。
でもさ、できたらラッキーじゃん! とかって感じで……途中からムキになって、頑張りすぎな感じになってたかも。
ただ二ヶ月ちょい滝安さんについて仕事して、商社の仕事ってもしかして、めっちゃ大規模で偉そうな便利屋さん的な感じかなって思ったんだ。なら総括でやったようなことを、もっとデカくしちまえば良いんじゃね? とか、そんな解釈してた。
「その理解でイイのか?」
なんて小松は言ってたけど、俺はそう思って、だったら総括部長やってたときみたいに目一杯やればイインじゃん! とか。なら俺にだってやれることがあるんじゃねえの、て感じで。
結局やれなかったんだけどさ。
業界から苦情入ったらしくて、主任にもう動くなって言われたあと、訴えた先輩もいたっぽくて、課長に呼び出されてめっちゃ怒られた。
『社の名刺を出して動く以上、節度を保ってもらわないと困るよ』
そういう自覚ができるまで、ひとりで社外出歩くな。なんてガッツリ言われた。滝安さんも『ちゃんと見とけ』つって怒られたらしい。ゴメンナサイ。
だから滝安さんとか仕事で迷惑しちゃったおっちゃんとかにはめっちゃ謝ったけど、それ以外は別に関係ねえじゃんね?
それに面白いおっちゃん達と顔見知りになれたし、楽しかったんだよ意外と。大変っちゃ大変だったけど、そんで「疲れた」とか言ったわけじゃねえし、いばってもいねえ、つもりだったんだけど。
聞こえてくるんだ、色んな声が。
『良いよなあ、縁故入社は』
縁故ってなんだよ。そんなん知らねえよ。
『あんだけ好き勝手やっても放置ってのはさ』
放置じゃねえよ。めっちゃ怒られてるっつの。
『同じ事やったら、俺なんて首が飛ぶわ』
言われたよ、首になりたいか、地方に飛ばされたいかって。
『新人のくせに』『ずいぶん強気だもんな』
強気なわけじゃねえよ。目一杯やろうと思っただけで。
それにコソコソ言うだけで、面と向かっては言ってこねえ。けどたぶん、俺の耳に入るよう言ってるンだろうな~、てのは思った。そんなに入りたてのペーペーが怖いのかよ、ビビってんじゃねえよ、みてーな感じで思って放置しといたのがマズかったかなあ、なんて思ったのは、つい最近。
あとで考えたら、入社したてで好き勝手やってる、なんだあいつか、思うのも当然なんだよ。だってみんな上に指示されたことを効率的に、最大限の結果を求めて目一杯頑張ってるわけで、指示受けたわけでもなく、プロジェクトに関係も無いこと、新人が勝手に動いてるのムカつくって言われたら済みませんと言うしかない。あとからそれに気付いてちょい反省はした。
一応、許可はもらってたんだけど、主任的には『できるわけ無い。どうせすぐ投げ出すだろう』って思ってたらしい。主任とか滝安さんの予測以上に頑張っちまったのが裏目に出た感じ。
今後は勝手に動きません、って頭下げて、結果として地方に飛ばされることも無く、首にもならなかった。
けど話は変な風に広まっちゃったんだ。
『さすが縁故入社だな』
『かなり強いコネらしいぞ』
『だろうな』
だからコネとか知らねえっての、つって気にしてなかった。そもそも的外れだし、なに言ってんのかなって感じ、言いたい奴には好きに言わせとくさあ、なんて小松にはカッコつけて言ってた。
――――けど
『上から直で、藤枝かばう感じのなんかあったんだろ』
ねえっての! と思ってた先輩たちやタメの連中が言ってた意味が、……こないだ分かった。
「たっくん、調子はどうだ」
なんて浅川幹尚 が電話してきて、言ったんだ。
「やりたいようにやっていいぞ。かしましいのは気にするな」
「え……それどういう」
「安心しろ。俺が抑えておくからな」
電話の向こうで含むみたいに笑ってるアサっちが社の相談役で、取締役会のメンバーだってこと、そのとき初めて知ったのだ。
俺が早い段階でこの会社に決まったのも、小松と同じ部署になったのも、全部アサっちの指示だった。そんで、俺を使えねえって判断して主任が上に報告したとき、アサっちから直で指示受けてた部長が止めたらしい、てことも、分かった。
つまり、周りでみんながコソコソ言ってたのは、的外れでもなんでもない、本当のことだったんだ。
ちょい……てか、かなりショックだった。
なにやってたんだ俺。
なんも分かって無いのに、いい気になって偉そうに……そんなムカつく新人、誰だって嫌だよな。しかもそれ指摘されて
『なに言ってんだよ』
なんて
『勝手に言わせとく』
なんて。
マジありえねえ、超かっこわるい。みんなに迷惑かけて嫌な思いさせて、なのにいい気になって……。
バカで大バカで超恥ずかしいってか、もう、生まれて初めてってくらいドッカン落ち込んだ。
俺なんて、ここにいちゃいけないんじゃねえの? 的な。なんで俺程度がさくっとこの会社入ったの疑問に思わなかったんだ? なんて。
そこら辺まで遡って自己嫌悪の泥沼にアタマの先までどっぷりつかって、ずずう~~ん、つう感じ。
しまいにアサっちに『なんてことしてくれてんだよっ!』なんてわざわざ怒鳴り込みに行ったりして、けどそんなん、単なる逆恨みじゃんね? だって俺がアホやんなかったら、別に問題は起こらなかったんだから。
つまり全部自分のせい。
アサっちのことも当然気付くべきだったし、むしろお礼しなきゃって話なのに逆ギレって……最悪だろ?
ざっと風呂洗ってから蛇口を捻り、落ちる湯の音に紛れるみてーにブツブツ声を漏らしてた。
「てかダメだって。ダメだろ? なにやってんだ」
項垂れてる感じで溜まっていく湯に目を落とし、空気殴りながらブツブツは続く。
「丹生田に心配かけてんじゃねえよ。バカか俺」
確かにヤバい状態だった。もう会社やめようかなとか、そんなことも思ったりしてた。
んでもそれってアサっちの顔潰すことになるってタイおっちに言われて、またも深く反省して、そんなんも分かんねえくらい、マジでガキで最悪で。
そんでも部屋に帰ったら平気なフリ、してたつもり。丹生田だって新しい仕事大変っぽいんだから、心配させるわけに行かねえし。
「……だったんだけどなあ……出ちまってたってナンだよ。なんなんだよ俺。あ~もう」
さっきは一瞬だけ頑張ったけど、これキープとか無理っぽい。
正直、ココんとこ継続してる低空飛行、なんとかしたいとは思ってるんだ。このままじゃダメだって分かってんだ。けど、けどけど……ちょいマジで、ほんとにキツい今日この頃。
てかお湯が溜まったら丹生田呼びに行かなきゃ。心配かけないようにしなきゃ。ちゃんと笑って、そうだ笑わねえと。だって笑ってねえって言われて……それもショックつうか。だって丹生田はいつも……
『藤枝の笑顔は良い』
そう言ってたよな。さっきも『笑ってないと心配』的なこと言ってたよな。
「俺、どうしたらいいんだろ」
そう呟いた声は、湯の落ちる音に、紛れて消えた。
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