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十五部 業務展開 193.旭川出張
六月半ば。
抜けるような晴天の元、拓海は上機嫌で車を走らせていた。
旭川空港から農道に入り、ほぼまっすぐな道をひたすら進んでいるのだが、「やっぱきれいだなあ~」声が漏れる。この道が何度通っても気持ちの良い道だ。
適度にアップダウンがあり、林を抜けたり、少し曲がると正面の景色が変わったりと、この道を走るのは楽しい。
そうしてややしばらく進んだ先、林と言うには木の植わる間隔が密な、しかし森と言うには規模の小さい場所があり、脇道へ車を進めると、一軒の家が見える。
デカい車の横にレンタカーを止め、慣れた足取りで入り口のドアへ向かって無造作に開いた。この家は基本、鍵がかかってないのだ。
入ってすぐのドアを開くとリビング。少し開いた掃き出し窓の向こうは広いウッドデッキ。新緑の木立が見え、鳥の声や木立のざわめきが耳を擽る。
掃き出し窓から横に目を動かすと、なんのラボだと言いたくなるような部屋がある。
モニターとかPCとか、よく分からないモンまで色々あって、緑の見えるのどかなリビングとは、まるで異世界だ。そこに埋もれるみたいに作業してる背中へ、軽い声をかける。
「来ましたよ~」
脱いだジャケットをソファに放って「ちょうど良い、コーヒー入れて」モニターに向かったままの背中から声が来たんで「マジすか」思わず抗議の声を返す。
「すぐ来いつったから三時間近くかけて来たンスよ? ご苦労とかお疲れとか『休んでて良いよ』とか」
「ご苦労様。僕以上に疲れてるとは思えないから、コーヒーを入れてくれ」
まったく疲れて無さそうな淡々とした声で言われ、ため息混じりに「……はあい」とキッチンへ向かう。
ここは六田家具の非常勤専務、佐藤さんの家というか仕事場だ。
佐藤さんが会社にずっといて仕事してたのは六田家具立ち上げから一年くらいで、「やっと会社として動きがスムーズになってきたね」と言って、旭川空港から車で二十分ほどのココに戻ってしまったのだ。
といっても都内に借りてた家はそのまま。
「会社と縁を切るつもりはないよ。僕は株主だし」
つまり大口出資者でもあるので、くちは出すよ、なんて温和な笑顔で言ったわけ。
そんな佐藤さんは、ネット上で経営のアドバイスをしたり出資したり、そんな仕事をしてるひとらしい。
依頼を受けた会社を精査して、イケそうだと判断したら出資もするし経営のアドバイスもする。佐藤さんはソコの株を持ってるから、会社が大きくなれば株価が上がって評価資産が増える、つうことらしいけど、それでどうやってお金入るのか、よく分かってない。だって結局株は売らないってことじゃねえの? 現金収入はどこで? とかちょびっと思ったけど、聞いても分かんなかったんで諦めた。
六田家具の場合は社長がネットとか分かんないひとだったんで、直接やってたんだって。
「久しぶりにゆったりしたし、楽しかったんだけどねえ。遊んでたらオーダーが溜まっちゃって」
社長はあくまで職人なひとなんで運営とかはド素人、だけど重要なのは社長がなにをやりたいかってことで、そこはくち出さないけど不得意な部分の手助けは継続するってコトで、なにげにタイミング良く意見が飛んでくるし、会社にひょっこり顔出すこともあったりして、社長と話したり部長に指示出してたりする。
そんで忙しいときはコッチに誰か呼びつけるんだけど、甥っ子である佐藤譲も今は六田家具の社員なのに、なぜか俺が指名される事が多い。
ンなわけで多いときは月に三回こっちに来てるんで、こんな感じも慣れたモンだった。つってもやることはコーヒーメーカーをセットしてスイッチオンするだけなんだけど。
コーヒー持ってくと、「ありがとう。書類見ておいて」モニター見ながら目にも止まらぬって感じのキータッチしてる。
「手が空くまで、もう少しかかるから」
こっちを見ようともしないしキータッチの速さも変わらない。置いてかれてる感ぱねえけど、橋田で慣れてるから、ひとことある分、佐藤さんの方が優しいよなぁ、なんて思うくらいなんで、「はい」書類を手にとってリビングへ向かいソファへ座る。
佐藤さんがなんか言ってくるまでに、きちんと読み込んでおかないとマズイ。忙しいひとなんで、無駄な質問すると「書いてあるよね」とか言われちゃうのだ。表情は穏やか、けど声がめっちゃ低くて抑揚無くなるんで、なにげにかなり怖い。
ゆえに書類と真剣に取り組んだ。
書類読み込んで確認事項書き出して、ついでに部屋の掃除もして……結局三時間待ったが話は三十分で終わり。いつものことだけど。
それからコーヒー入れて、佐藤さんの家を出たら、もう十九時を過ぎてた。
んで俺は旭川のホテルへ向かった。なぜって佐藤さんが部屋を取ってあるって言ったから。
「少し休んで行きなさい。後で顔を出すよ」
そのまんま空港からトンボ帰りするつもりだったし、忙しいんじゃねえの? わざわざ旭川まで来るの? とか疑問は残ったけど、「じゃあ、そうさせてもらいます」つった。
そんなこと言うの初めてだったし、なんか話があるんだろなって思ったし。
車から丹生田に電話したのは、メシとか作ってたら悪いと思ったからだ。
「丹生田もうメシ作っちゃった?」
『いや』
つったからちょいホッとする。
「そっか、良かった。てかわりい、泊まりになったからさ、俺の分のメシはいいよ」
『分かった。なにかあったのか』
「いや、佐藤さんが話あるみたいでさ」
『……そうか』
「うん、明日は帰れると思う。よろしく」
『分かった』
それだけの会話で電話を切り、旭川へ向かった。
温泉のあるホテルだったんで、なにげにまったりしつつ、部屋で仕事してたら連絡が来た。二十三時過ぎ、もうラウンジで待ってる、つうから急いで行ったら佐藤さんは既にウイスキーとか飲んでて、やっぱこういうトコでカッコつく男なんだなあ、なんて感心しながら席へ向かう。
「お待たせしました」
「お疲れ様。温泉は入った?」
「はい、久しぶりだったんで気持ち良かったです」
佐藤さんはウンウン頷きながら笑みを深めて、俺にカシオレ頼んでくれた。カンパイしてタバコに火をつけてると、佐藤さんはおもむろにモバイルの画面を見せてきた。
「実は、きみに見てきてもらいたい工房があるんだ。出来れば明日にでも」
「あ、はい。それは行きますけど、そんな話ですか?」
「そうだよ。ちょっと離れてるんだけど、ここね。僕の紹介だって言ってくれれば分かるようにしてあるから」
モバイル操作して写真など見せてくる佐藤さんの顔を、チラッと見る。
相変わらず穏やかで温和な顔してるけど、意外と企むタイプのひとだってことは分かってきているのだ。
「佐藤さん、なんか意図があるんですよね」
なんでニヤッと笑いながら聞いてみると、「もちろん」にっこりされた。
「ここねえ、良いかなと思ってはいるんだ。ただねえ……決め手が見えない。将来的な展開は六田さんの所の経験を活かせると思うけれど、そもそもの判断に迷ってしまってね」
「それで、なんで俺に?」
「僕はね、きみの見る目をかなり評価しているんだよ」
「ありがとうございます。でも、なんでですか? 他にもたくさんいるじゃないですか」
佐藤さんの周りには色んな人がいる。ここだって、森の中の一軒家でポツンとしてるけど、ちょくちょく色んな人が来てて、デキそうなひとばっかり何人か紹介されてる。
「う~ん、君の意見はなかなか面白くてね、ついつい聞いてしまっている。六田さんのところだって、きみの企画書でここはいけるって判断したんだよ」
「え。そうなんですか」
「そうだよ?」
妙にお茶目な顔で笑った佐藤さんがちょっと怖い感じもして、顔引き締めながら詳細を打ち合わせる。説明を聞いていると、確かに面白そうだと思った。
「まだなんとも言えないですけど、佐藤さんが気になったのは、なんか分かります」
「良かった。こういうのは感覚的なものだからね、伝わらないと話にならないんだ」
嬉しそうに笑ってウイスキーを飲んでる佐藤さんに、「ていうか、忙しいんじゃ無いんですか?」タバコふかしながら聞いてみる。
「こういう話なら佐藤さんちで良かったのに。わざわざ出てこなくても」
「うん、僕の家で話そうと、いったんは思ったんだけどね」
温和な笑顔でなんて言うから「そうですよ」ニカッと笑い返す。
「だいぶ待たせることになりそうだったし」
「待ちますよ、それくらい」
「僕も飲みたかったし、君は車だし」
「飲んだらソファとか貸してもらえばいいんで」
そう言ったら、佐藤さんは少し微妙な笑顔になった。
「いや、僕の家に泊まらせるのはねえ、きみのパートナーに悪いしねえ」
「パートナーって丹生田のことですよね? 大丈夫っすよ、メシまだ作ってなかったし」
「いや、そういうコトじゃ無くてね。彼、おっかないから」
「なに言ってンすか、外泊くらいで怒らないですよ。てかあいつ、顔はおっかないけど、優しい奴なんで」
「だからそうじゃなくて……きみたちパートナーでしょう?」
「パートナー、……てかまあ、長いことツレですけど」
タバコ吸いながらカシオレ舐めつつしゃべってたら、佐藤さんはなぜかため息をついた。
「……やっぱり気づいてないか」
「なにがですか」
佐藤さんがこういう風にハッキリしないのって珍しいな、とか思ってニヤニヤ聞いたら、佐藤さんは目を逸らし、「ん~……」珍しく言い淀んで「はは」と笑い、眉尻下げてコッチ見ながら「……僕ね」ぼそっと言った。
「ゲイなんだよ」
「…………っ」
固まった。
そんで眉尻下げてる佐藤さんをガン見した。
「きみもそうでしょう? 彼とはパートナーなんでしょう」
なんかニコッとされたけど頭真っ白でなんも言えなくて「ほら、息をしなさい」苦笑しながらトンと肩を叩かれ、やっと息止まってるのに気づく。
そんでホゥッと息を吐いて、やっと呼吸出来たんだけど、佐藤さん見れなくて、ギュッと目を閉じて持ったままだったカシオレ一気飲みして「けほっ」むせた。
つうかアレか、エッチしてるってバレてるって事か、ヤバくね? ンでも大丈夫って言ってるし、大丈夫なのかな?
会社の人に知られてた、という事実にパニクってたら、「大丈夫だよ」穏やかな声が耳に入った。
「会社で気がついてるのは僕だけだろうし」
かな? だよな? 大丈夫なんだよな?
やっぱりパニックから逃れられないでいたら、
「誰にも言わないよ」
声がかかり、チラッと見ると、ちょいお茶目な顔で笑ってる佐藤さんがウインクした。
「僕も変なリスクは避けたいからねえ。余計なことは言わないよ」
「あ、そっか。佐藤さんもその……」
「そういうことだよ。それでね、変な恨みも買いたくないから泊めたくなかった。それだけだから、安心して」
「……そっか……」
ほぉぉぉ、ため息と共に肩まで落としたら、佐藤さんはクスッと笑って、俺のために二杯目のカシオレを頼んだのだった。
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