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192.ショールーム
この部屋に決めて、まず佐藤さんに連絡したのは、出社日を決めるためだ。
佐藤さん、つまり佐藤譲のおじさん。
人生に木漏れ日と鳥の声が必要な、引越が終わるまで出社不要と言ったひとである。六田家具に出資したひとりで、会社の登記とかすっげ詳しくて、なんだかんだ会社の専務取締役に収まった。非常勤だけど。
そんで速攻、部屋見に来て、言った。
「良い部屋だね。契約は?」
「もう済ませました。入居はいつでもイイみたいなんで、すぐ荷物運び初めて、次の日曜には終わらせる予定で」
そんで、あちこち見回ってから温厚そうな笑みで
「これなら会社で契約して、借り上げ社宅にしてもいいと思ったんだけどね」
とか言ったんだけど、それは丹生田が乗り気じゃ無いだろなって分かりきってたから断った。そしたら「うん、そうか」つって、なぜか俺らが今借りてる部屋見たいから、それまで引越作業待って、つって次の日曜、部屋にやってきた。
にこにこ部屋ン中を見て回って、ドラマとかで意地悪な姑とかがやってんの見たな~て感じで、あちこちなぞった後じっと指見たりして。ひとりでウンウン頷いて「あの」とか言っても「気にしないで」とかツラッとニコニコで。
ようやく納得したらしくソファに座って、丹生田が気を遣って入れたお茶飲んでる。
ていうか、余裕な雰囲気醸しつつ、「ずいぶんきれいにしてるんだね」なんつったから、うわ、やっぱホコリチェックだったんだ~とか思いつつ丹生田と二人、向かいの床に座って見てるんだけど。
「今日は特別なことでもある? うるさいおばさんが来る日だとか? ああ、ぼくが来るからきれいにしたのかな?」
「いや、いつもこんなモンです」
とかちょっと自慢する。
「掃除はわりとマメなんす。それにコイツがめちゃきれい好きで、灰皿の始末とかテキトーやると怒られるンすよ」
にへらと答えて「な~」とか、隣の丹生田に言ったら、黙って頷いたけど、めちゃ警戒してるっぽくて気まずい感じで。
「うん、そうだよね」
そういう空気感じてるんだか無いんだか、佐藤さんはまったく気にしてない風で
「プロでも無い限り、ここまでは……」
「へ?」
ひとりで納得したみたいに頷いてる。
「あの佐藤さん……?」
「うん。……問題無さそうだな」
目を上げた佐藤さんは、ぽかっと見てる俺らを順繰りに見た。
「これは相談、というか」
にっこりと笑みを深め、ちょい黒い雰囲気漂わせる佐藤さん。丹生田がちょい緊張する。
「君たちにお願いなんだけどね。あの部屋のリビング部分を、うちのショールームとして使わせて貰えないだろうか」
「は? あの……?」
ちょい呆然な感じで言うと、佐藤さんは笑みのまま頷いた。
「もちろん、使わせて頂く謝礼はお支払いします。藤枝くん、きみも話していただろう? とりあえず一つ拠点を持ちたいと」
「え、あ。はい」
佐藤さんは内ポケットからタバコを取りだし、高そうなライターで火をつけつつ、まっすぐ丹生田を見た。
「ネットだけで高価なものを発注しようなんて、誰だって慎重になる。そうでしょう?」
問われた丹生田は、無言のまま小さく頷く。
六田社長の家具は単価が高い。材からこだわってるから原価も高い。
さらにこの会社はできたばかりで、海外で賞取ったとか言ってもまだ無名なわけ。そこでブランドをどう売り出すか、なんだけど、もちろんサイト立ち上げたり、ネット上に広告ってのはやる。そこは佐藤さんの知り合いで腕利きがいるってんで任せることになってる。
「そうなると実物、完成品を見たいってことに必ずなるだろうけれど、家具店に商品を置かせてもらうというのは現実的じゃあないんです」
そう、作って売れなかったら大損。なんで当初は受注生産にしようってことで、全員合意してる。その代わり原材料もデザインも仕上げまで、一切妥協しない。製品にかける手もカネも惜しむつもりねえし、惜しんじゃダメだ。
だって製品が良くなきゃ話になんないわけで、社長や職人さん達には良いものを作るコトだけ考えてね、て頼んでる。経営を軌道に乗せるのは佐藤さんを初めとするみんな────俺の他にも営業で入るのが五人いて────そのみんなで頑張るってコトで社長も納得した。
そんで工房より少し街よりにある六田家具の新社屋に顔出したとき、必ず話題になるのは──────
「我々は余り経費をかけないでショールームとワークショップを併設した拠点を持ちたいと、探していました」
そう、これだ。俺含め営業全員で探してる。良いトコ無いか聞いたり、色々回るついでによさげなトコ見かけたら不動産屋に連絡して見して貰ったり。
「知名度の無い我々が高価なものを受注生産する以上、材や加工、そして製品を見てもらった上でなければ、誰も安心して発注しようとはしないでしょう。そのためにワークショップは必要です。ですが、そこに完成品も並べるとなると、かなりスペースが必要になる。気軽に足を向けて貰えるようにと考えるなら、交通の便も、ある程度良くなければならない、来客用の駐車場も必要でしょう。我々は何度も行き来しますから、社との流通も確保したい、……となると、どうしても賃料が高くなる。そのため難航していました」
さっきから佐藤さんは丹生田だけに話してる。俺は社員だから分かってるだろって感じで。
「手前どもの都合にはなりますが、立ち上げたばかりの会社で、今は極力、経費を削らなければなりません。六田家具はまだ知名度ゼロに近いですから、ほとんど人が来ないと分かっているところに、経費をかけたくないというのが正直なところですが、そういった拠点は必要だと考えています」
タバコ吸いながら丹生田説得に入ってる佐藤さんに、ハッと我に返る。
「いやっ! 確かにそういう事は言ってましたけどっ」
焦って声を上げたけど、にっこりスルーされ、佐藤さんはあくまで丹生田に向けて話し続けてる。
「そこで、あなたたちが新たに借りることを検討しているあの部屋です。あそこは駅からほど近く、新しいマンションで窓からの景色に緑が入る。イメージが良いし、写真映えもします。駐車場も使えるようですし、1階のテナントがひとつ空いてたでしょう? あそこにワークショップを入れて、上にショールームもありますよ、実物もご覧下さい、という形にする」
「………………」
黙りこくってる丹生田の代わりに、「でも、俺ら仕事あるんで」ちょい焦って言うと
「ああ、もちろん君には働いてもらうよ」
相変わらずにっこり返された。てか柔和な笑顔って感じなんだけど、やっぱちょい黒い。
「丹生田さん。あなたも、もちろん通常通りの生活をしてもらって良いんです」
雰囲気は柔いのに、逆らえない感じぱねえ。
「ただ少々ご協力頂きたい、ということです。リビングの家具を、うちの製品で揃えさせて頂いて、それをきれいに保って頂く。予約が入ったときだけ、休日も含め日中だけ、使わせてもらえば大変ありがたい」
「………………」
「正直、利用者はそう多くないと思いますので、休日が全て潰れるということにはならないでしょう」
黙ったまま、丹生田はまっすぐ佐藤さんを見てる。
「基本は予約を受け、という形にします。そのときだけ藤枝くんか、うちの会社の誰かがお客様をお迎えする。接客をする間だけ、リビングをお借りしたい。もちろんオーナーや住民の許可が得られなければ諦めます。けれどポストを見た限りでは、二階の部屋はオフィスとして使っているところが多いようですので、おそらく大丈夫と踏みました。それにあの部屋は、そもそも住まいとして設計されていないように見えました」
佐藤さんが笑いかけると、丹生田は小さく頷いた。
「もちろん、生活に支障が出るほどになったら、つまりうちの名前が売れてきて利益を見込める状態になればショールームは別に構えます。それまでの間、ということです。いかがでしょう、丹生田さん」
「あの佐藤さん? それってもう決定事項みたいに言ってますけどっ!」
「お願いしたいのはリビングを美しく保つ、それが一番大きい部分になります」
またにっこりサラッと無視された
「このレベルで部屋をきれいに保って頂けるのなら、家具を傷めることも無いでしょうし、来客にも問題無く対応できる。もちろん謝礼はお払いします」
「……謝礼、ですか」
丹生田が低く呟くような声を出した。
「はい。家賃の半額、……いえ、六割ではいかがです? あの立地であの広さなら、家賃は三十万を下らないでしょう。月々十八万ほど。いかがですか」
いや! 家賃めっちゃ安いんだよ? 二十万しないんだよ? それって家賃無くなるって事じゃね?……あれ? 丹生田の目が、なんかキラッとした? え? 丹生田って乗り気なの?
「……考えさせていただけますか」
「もちろんです。良いお返事を期待させて頂きますよ」
そんなことがあり、家賃よりはみ出す分は、手数料ってことになり、丹生田はその分自分も働くと言って、部屋は会社のショールームとして使われることになった。
どの家具を置くか、みんなで選定して位置を決める。インテリアコーディネーターなんて入れるとカネかかるんで、俺が中心になって部屋を整えた。
ファブリックを選び、グリーンも入れて……なにげにオブザーバーとしてお袋も巻き込んだ。超やる気出して、カーテンとかクッションとか作ってくれたしファブリック選びにも付き合ってもらったし。めちゃ楽しそうだったから、久しぶりに親孝行した気分になったりして。
んで佐藤さんが言った通り、最初のうちは殆ど使われなかったショールームだったんだけど、半年過ぎたくらいからぼちぼち客が来るようになった。
つうか丹生田がホコリとか許せないのは昔からだし、ツレとか遊びに来ても『ショールーム契約してる』から一切散らかすな、家具に傷をつけるな、なんて丹生田が超迫力で言うんで、みんなちゃんときれいに使うし、部屋はいつだってピカピカ。
家具磨いて艶出しとかは俺がやってる。
うちの家具、使い込んでいくと、どんどん良くなるんだよってアピールするためにさ。会社の連中とか来たら、なんも言わないでも、そういうの、ちゃんと分かってくれるんだ。
みんな、この会社つうか六田社長の作る家具が好きな奴ばっかで、どうしたらそれ分かって貰えるって話し合う感じで、だからめっちゃ楽しい感じで働いてる。まあ忙しくはあるんだけどさ。
引っ越して一年過ぎた頃には、だいぶ名前も売れて、ショールームは毎週週末に人が来るようになった。うちの家具が気になって、ワークショップに来てくれて、実物に触れたいって来てくれる人たちだ。
同業者もけっこういたし、インテリア関係の仕事してるプロもけっこう来てくれる。もっと気に入ってくれるよう俺も、ヘルプで入る社員もみんな、お客さんには誠心誠意の対応をした。
そんで注文家具の受注が来れば、地道な努力が実を結んでるなって実感したし、もっと頑張ろうって、そんなエネルギーがガンガン湧いてきて……きっとみんなもそうだったと思う。
丹生田もなにげにお茶とか用意してくれたりとか協力してくれた。もちろん部屋はいつだってホコリひとつ無いピカピカだ。接客の合間にこそっと言ったりして。
「なんかゴメンな? 日曜なのに、これじゃ休まらねえよな」
「気にするな。謝礼はもらっている」
とかって言いながら、ショールームの邪魔にならないように気遣ってくれて、予約が入ったら道場に行くようになり、申し訳ねえと思いつつマジありがたかった。
毎週来客状態になってだいぶ経った頃。とうとうちゃんとしたワークショップ兼ショールームができて、専従として営業のひとりがそこに詰めることになった。この部屋のショールーム状態は終わった。
ショールームじゃ無くなっても、若干減ったけど家賃の補助は継続。給料あんま出せねえから福利厚生だとか言ってさ。
その頃には北欧系のインテリアショップや、うちの家具を置きたいって店舗も増えて、営業の仕事は一気に増えて、けっこう忙しくなってたんだけど、ヒマ見て道場に剣道見に行ったりはした。うちのすぐ近くだしな。
そんで丹生田眺めるのが癒しタイム。ガキんちょとしゃべってるトコなんて、すっげ優しい顔になってたりして、めちゃ癒される。
丹生田は良く笑うようになった。
週一のエッチも継続してる。
そんな風に、ここに越してきてから、なにもかもうまく回ってる感じで、順調で、幸せで、……そんで…………新しい仕事に手をつけちまった。
そこに後悔なんて無い。
新しい業務展開も見込めるし、評価もされた。やって来たことを認められたんだ。嬉しくないわけねえんだよ、マジで。
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