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197.社員旅行?
初夏の旭川空港。
「やっぱり僕はカニを食べたいなあ」
「なに言ってるんですか部長! ラーメンでしょラーメン!」
「ウニ丼……いや海鮮丼」
「アレだ、ジンギスカン!」
「いや、なんだっけ、……そうラムしゃぶ! やってたんだよテレビで!」
「スープカレーって、札幌にあるんだろ? 後で札幌に行くよね?」
「札幌なら、すすきの行かねえと」
くちぐちに言いながら、六田家具社員一同が笑顔満面で到着ロビーに出てきた。
「みんな! 仕事で来たんですよ! 観光目的じゃねえの! イイすか!」
声上げてそれを先導しつつ、俺はロビーをきょろきょろ見回す。迎えに来てるはずの佐藤さんを探してるのだ。
「そういえば動物園、この近くだったよねぇ」
「ああ! 超人気っていう!」
「アザラシがぐあーっと泳ぐの、テレビで見た見た」
「シロクマとかもいたよなあ。息子を連れてくるんだった」
「だから仕事ですよってば、みなさん!」
つまり大鳥さんの件で社長と部長が北海道行くってコトになったんだけど、お土産はなにが良い、とか社長が口滑らしたわけで、ソレ聞いたみんなが
「良いなあ」
「俺も行きてえ」
「社長、うまいモンたらふく食うつもりでしょ」
「ズルイっすよ」
「いや、みんな、仕事だから……」
「藤枝さんはいいですよね、しょっちゅう行ってるし」
なんてくちぐち言ったわけで、社長が「じゃ~みんなで行くか」なんて言っちゃって、北海道行きが社員旅行になっちまったのだ。
そんで何回言っても仕事だって分かってくれない。是非とも佐藤さんの援護が欲しいトコなんだけど、あれ? 時間に正確なひとなんだけどな、……いないよな?
「藤枝さ~ん」
……と、思ってたら
「えっ?」
「うわ、なんすかアレ」
見つけた。つうか見えてたんだけど派手すぎてスルーしてた。
『歓迎 ムダ(株)ご一行様』
派手な、そんで微妙に間違った看板持った集団。
二十人近い中高年の方々の中、笑顔満面で「藤枝さ~ん、こっちこっち」言ってる大鳥さん、その隣に相変わらず無精ヒゲの照井さん、そんで困ったように笑って手ぇ振ってる佐藤さんがいた。
思わず駆け寄って「なにやってんすかっ」佐藤さんにコソッと聞いたんだけど
「いやね、大鳥くん達だけ、と思って呼んだんだけどね」
苦笑しながら佐藤さんが言い、隣の大鳥さんがヘラッと笑った。
「済みません、ちょろ~っと町内でしゃべったらコンナコトになっちまって」
「おまえが大袈裟に言うからだろぉ~」
照井さんが耳ほじりながらツッコんで、大鳥さんが「バカ黙れ!」とか言い返す。
したらニッコニコのおじさんが寄ってきて
「あのぉ~、藤枝さん、ですか?」
「はい、そうです」
答えると、「いやあ、どうもどうも」と両手握手された。
「いえ、あの」
ちょい汗かきながら笑顔返してたら、大鳥さんが
「こちら、町長です」
なんて言ったから、なにげにビビりつつ
「わざわざお迎え頂いて、なんか済みません」
とか愛想良く言ったりしたけど。
そんで気づいたらおばちゃんやおじさん達にニコニコじわじわ取り囲まれてた。
そのうち会社のみんなもゾロゾロやって来て、それぞれ勝手に挨拶とかやり出して、和気藹々な雰囲気になってるし、コレまずくね?
だって予定ではさ、まずレンタカー借りてホテルに行き、旭川で1泊して、ウマイもん食ったりして軽く観光するってことに、そんで大鳥さんのトコは翌日行こう、とかみんなで決めちゃってたんだよ。
けど町の方々が「お迎えに来ました。どうぞどうぞ」なんて感じで駐車場へ誘導するから、ついてったら『女成別温泉』と書かれたバスが待ってたりして。なんて読むんだろ、なんて言ってる間に
「どうぞ乗って下さい」
とか言われちゃったら断れないよね!
社長なんて超キョドってたけど、なし崩しにバスでホテルへ移動して、荷物だけ置いて目的地へ、つまり大鳥さんの町へ向かうことになっちまった。
バスで移動する間に聞いたけど、高級木材で町興 ししようって言ってた所に大鳥さんが来て、期待してたけど、それほどでも無いか、なんてちょいがっかりしてたら、六田家具からオファーが来た的な感じで大鳥さんが酒飲みながら吹聴したんだって。
こりゃ町として振興のチャンス、乗っかるしかねえ、てことになったらしく、六田家具一行は町内にある温泉に招待されてしまった、つうことだった。
てか「温泉に入って下さい」「食事も用意してますから、どうぞごゆっくり」とか言われたんだけど、ココに来たんならまず大鳥さんトコ見たいんで、つってようやく解放してもらい、ようやく本来の目的のために動くことができた。
「なんか済みません。大騒ぎになっちゃって」
「本当だよ、俺ぁビックリしちまったよ」
バスン中でなにげに梨田さんと仲良くなってる大鳥さんは、やっぱり自慢げに工房を案内した。
確かにひとりでやってるにしては立派すぎる工房だもんな。広さは十分過ぎなくらいだし、機械揃ってるし、材もイイもんばっかだし。
なんだけど、置いてある製品見る職人達は、徐々に眉寄せてった。
「まさかコレで完成?」
「仕上げ雑」
「なんでこの段階で塗装した?」
「やりたいことは分かるけど」
「あ~、このつなぎ。コレじゃダメだよ」
「つうか、こんなやり方、どこで覚えたんだ」
とかくちぐち言われた大鳥さんは、ムッとした顔になって言い返す。
「や、前いたトコでのやり方と変えた方がイイと思って」
「どういう根拠で?」
「新しい方法論立ててやるのは良いけど、どう考えてコレなの」
「少なくともこれじゃあ売りモンは作れないよ」
職人さん達から容赦ないツッコミが入りまくって、大鳥さんはムッとしてんの隠さず抗弁続けてる。
「いや、これはですね、こういうデザインで考えたんで」
なんて反論しても、「いやいや、ソレ無理だよ」「こんなんじゃ三日で壊れる」とかって簡単にいなされちゃってる。
まあ、そうだよな、とか思いつつ、その間に社長と部長に例のテーブルを見せてみた。
「コレなんですけど」
「まあ雰囲気だけなら、悪くは無いけど」
「……う~ん。藤枝よぉ、こりゃ素人の遊びだ」
反応はイマイチ。そこは俺も思ったトコなんで「はい、そうなんですけど」素直に頷きつつ続ける。
「発想を支える技術的な部分、そこをうちでフォロー出来ないかと思ったんす。極端な話、デザインだけもらって、うちでやってもイイと思ったんすけど」
「こういうのがカッコイイというんだな、藤枝は」
社長はやっぱり渋い顔だ。
「カッコイイっていうか、……他には無いラインだと思うんで、成立させてみたいなと。ご友人の照井さんの発想らしいんですが」
「あのヒゲの兄ちゃんだろ? 鉄のことは分かんねえけどよ、確かに見たことねえかもな、こういうのは」
「そうなんですよ」
「でもねえ、町上げてこんな感じになってたら、デザインだけなんて呑んでもらえそうに無いねえ」
部長が苦笑交じりに言う。
「ですね……」
ははは、と乾いた笑いと共に答えた。
「あの兄ちゃんにやらせるってんなら、意識変えねえと無理だろうよ。基本知らねえわけじゃなく、わざとこんなコトやってるようじゃねえか」
社長が渋い顔で、言い負かされてもムキになって反論してる大鳥さんを親指で指しながら言うと、部長も苦笑した。
「そうねえ、彼はずいぶんプライド高そうだし、変わるかねえ」
すると社長はニヤッとした。
「センスも悪くねえから、叩き込めば違うかも知れねえ」
「そう思いますか」
正直、良いと思ったのはあの発想であって、製品化するのは六田家具でやってもイイと思ってたんだけど、町長まで出てきちゃったんで、かなりビビってる。
やっぱり町の人は、大鳥さんがここで作る家具に価値が出ることこそを望んでるんだろう。でも大鳥さんにちゃんとした製品作りが出来るのかってのは、俺に判断できない部分だったから、この二人に聞いてるんだけど……
「ああいう屁理屈野郎は、うまく行けば良い職人になるんだけどな」
社長は職人で、かなりこだわって技術を磨き続けてるひとだし、ひとを育てるのもうまい。だから六田家具の職人はみんな技術が高いんだ。
「でも社長、素直に言うこと聞きますかねえ」
面白がってる顔で部長が言うと、社長はまたニヤッとした。
「そこだな。……よし。藤枝、ちょいっと黙って見てな」
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