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198.職人と素人

 職人たちに囲まれてムキになってる大鳥さんの方へ向かう途中、社長は少し離れて見てる梨田さんになんか耳打ちした。梨田さんはいつもの難しい顔で小さく頷いてる。 「兄ちゃん、材見せてもらったぞ」  社長が言うと、職人達のツッコミは一斉に止まり、自然と道を空ける。  前に出た社長が、大鳥さんの肩をポンと叩いた。 「管理しっかりしてるな」 「あ、ありがとうございます」  ホッとしたみたいな顔で大鳥さんが答え、横から部長が微笑んで続ける。 「材も塗料も、ずいぶんイイの揃えてるみたいだけど、資金はどこから?」 「あ、それは、お袋が好きに使えって、実家の工場から……」 「じゃあこれ、どっから持って来た」  社長が並んでる工作機械のひとつをさして聞くと 「それも実家から……もう使ってないから、好きにしろって、で、持って来ました」  大鳥さんの答えに、社長は「なるほどな」ため息ついた。 「懐かしいな。昔は俺もコレ使ったよ」  梨田さんが並んでる機械を眺めて呟いて、小さく頷いてる。 「ちょっとばかしコツいるが、使いこなせば良いんだよ。社長、うちにも欲しいですね」 「ばあか、置き場所がねえよ」  ニヤッと言って、社長はまた大鳥さんの肩を叩く。 「でもなあ、兄ちゃんの、こりゃ遊びだな。素人にしちゃ上手いが仕事じゃねえ」 「でっ、でも俺、賞取ってデカい会社入って」 「はあ? 会社がデカけりゃ偉いのかよ?」 「そうじゃねえだろ、社長が言ってんのは」 「趣味程度の出来だって言ってんだよ。分かんねえのか」  大鳥さんの抗弁に、職人たちが一斉攻撃だ。けど大鳥さん、逆にムッとして「いや!」元気になったぽい。なにげにメンタルつえーな。 「じゃなくて! ちゃんと聞いて下さいよ! その前はちゃんと修行してたんです! 素人じゃないです、技術はちゃんと身について……」  てか黙ってろって言われたけど、なにコレ、イジメ? なんてジリジリしてくる。 「修行は何年?」  部長がニッコリくちを出すと、大鳥さんは微妙な顔で「……五年です」と答えた。  コレたぶん、どんな顔したらイイか分かんなくなってるぽいよな。 「五年じゃあなぁ」  梨田さんが追い打ちかけるようにせせら笑う。 「……まあいい、おまえさん、そこで覚えたモンはどこにやった?」  大鳥さんは眉寄せて反論する。 「けど、そっちの会社にはデザイナーとして入って、だから現場にはあんま行ってなくて」 「デザイナー様が製品作れんのか?」 「作れますよ! ていうか、俺のデザイン勝手に変えられるし、描き直せってばかりで、現場入るヒマなんて……」 「デザインは変わるよ、そりゃあ」  社でデザインもやってる薮原さんが横からくち出し、 「強度の問題じゃねえのか」  梨田さんが続ける。 「そうそう、強度や耐久性出せないってなったら、このデザイン変えろって話になるよ」  薮原さんの声が続いて、社長もうんうん頷いた。 「兄ちゃん、少なくともうちの家具は、耐久や強度も考えて百年使ってもらえるように作る。それでこそ、高いカネ出して買ってもらえるってモンだろ」  梨田さんが難しい顔で続ける。 「だからよぉ、出されたデザインで強度出せないとなりゃ、デザイン変えるか材変えるか構造変えるか、デザイナーと相談して、とにかくなんとかするわな」 「……デザイン変えるのは相談ナシだったのか?」  薮原さんが聞く。大鳥さんはどんどん追い詰められた顔になってく。 「そっ、それはありましたけど、頭ごなしにダメだ描き直せって」 「そりゃあ、いきなり新米のデザイン丸呑みするかよ」  梨田さんが呆れたような声で言うと、社長は大鳥さんに、じいっと睨むみたいな目を向けた。 「デザイナーってのは、現場とそういうやりとりして物事覚えてくんじゃねえのかい? ただこの通り作れ、なんてのは、超有名人が絶対売れるって根拠持って言うことだよ。まあな、どんな有名人だろうが、そんな話、うちはお断りだがね」  汗滲ませた大鳥さんが、またなんか言おうとしてくち開くと、微笑んだままの部長が言った。 「つまり、思う通りに作りたいから独立したってコトかな?」 「しかも材も機械も親がかり」  社長が、はあっとため息吐きながら言い、大鳥さんは開きかけたくちを閉じ、声も無く唇噛んだ。  超悔しそう。てことはアタリか~、そっか~、そういうワガママ系なひとなのかあ~とか思いつつ、なんとなく流れが見えてきたんで、落ち着いて様子見ることにした。 「そりゃ仕事じゃねえ、そういうのはな、ボンボンの遊びつうんだよ」  デカい声でも怖い顔でも無いけど、興味失ったって感じ。コレって大鳥さん的にかなりキツいんじゃない?  元々そんな迫力とか出すひとじゃ無いし、そんな頑固ってわけでも無いんだけど、社長の職人としての拘りはすごい。だから大鳥さんがちょっとカンに障ったんかもしんない。  けどこの状況で大鳥さんは「でもっ」やっぱり反論しようとする。やっぱメンタル強いわこの人。 「遊びたいんなら好きにやりゃイイ」  なのに社長はプイッと背中向け、大鳥さんの声は空しく途絶えた。 「藤枝、俺は降りたぞ」  工房の出口にスタスタ歩いてっちゃった社長のあとを、周りにいた職人達がついて行っちまい、あ~、これダメなパターンか~、とかちょい思って焦る。どうしよ、ココで決裂しちゃったら、あのテーブルの製品化は…… 「まあねえ」  部長が声をかける。  唇噛んで見送ってた大鳥さんは、社長から、部長の微笑みへ目を移した。 「あの人も色々言ってたけどねえ、逆に言えば、そういう部分変えていけば、なんとかなるかも知れないでしょ」 「……それは、どういう?」  藁にも縋るような顔で大鳥さんが聞くと、部長は微笑んで肩をポンポンと叩いた。 「どう、ちょっと修行してみる気はない? 鉄と木使ってるトコ、紹介してあげるよ」 「……俺が、ですか」 「あっちのヒゲのひとと一緒にだよ。組んでやるっていうことだからね」 「いや、組んでって、別にそういうわけじゃ……あいつ、勝手に来てるだけで」  またちょい勢い取り戻して大鳥さんは言った。  けど、わりといつも微笑んでる部長は、実のところかなり手強い人なんだよ。悪いけど大鳥さんじゃ相手にならないだろうな。俺もだけど。 「でもね、うちがあなたの所に来たのは、このテーブルがイケるって藤枝が言ったからなんだよね。それで僕たちも見に来たんだよ? だからあなた一人でやるなら取引の話はナシになる」 「でもあいつ、木のことなんてゼンゼン知らなくて」 「じゃあ兄ちゃんが教えてやれば良いじゃねえか。そんで兄ちゃんも鉄のこと教えてもらえ。組んでやるってぇのは、そういうコトだよ、なあ兄ちゃん」  梨田さんが背中とかポンポン叩きながら言い、「え……と」大鳥さんが口ごもる。社長が出てったのって、こういうコトだったのかぁ、と分かった俺もニカッと笑いかけた。 「手助けできることあれば、力になりますよ。町の皆さんに期待されてますしね、大鳥さんは」  すると大鳥さんは、眉を寄せて目を伏せながら 「ちょっと、考えさせて下さい」  呟くように言った。すると部長は微笑んだまま 「はい、どうぞ」  と言って、梨田さんは、また背中を叩く。  大鳥さんは、頭に巻いてたバンダナをむしるみたいに取り、材を乾燥させるスペースに向かって歩いてった。  その背中は肩がすっかり落ちていて、照井さんがなにげなく追いかけてった。

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