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201.親父の親父

 八月半ば。  会社は一応盆休みに入って、ショールーム併設のワークショップも休業。  丹生田ンちは家族揃って長野に行くつうし、俺も実家戻って、墓参りに参加した。  親戚一同で実家に移動して、毎年おなじみの宴会が始まってたんだけど、そんな中俺は、昔のままキープされてる自分の部屋に閉じこもって、仕事してたのだった。  てか合間にちょいっとホームページのぞいてみたんだよ。営業のみんなは休ませてやりてーし盆休みにはしたけど、やっぱ気になって。  したらネットでの問い合わせがいくつか入ってたんだ。いちお盆休みの告知は入れてるし、休み明けに返せば良いか、って思わないじゃ無かったけど、こういう時だからゆっくり考えれるってひとなのかもだし、早めにレスポンス返して受注に結びつけたいじゃんね。  てかなんだかんだ言って、たいていの問合せは俺で分かるから、この程度ならひとりで対応できんだよ。  そんなんでカチャカチャやってたら 「な~にやってんの拓海兄ちゃん、ゲーム?」 「やらせろよ~」  なんつって、いとこやはとこの子供、甥っ子とか言うのか? なガキ供が部屋に突撃して来たけど、「うっせ、仕事だ」つって蹴散らした。 「こっち来て飲め~」  とかおじさん達が来ても「後で~」とかってズラして、とりあえず対応を終えて、ようやっと宴会やってる座敷に行ったら、もう宴会は終わりに近く、みんなぼちぼち帰ってて、後片付け手伝わされた。  そんで部屋戻って、せっかくだからさっき対応したお客さんのイメージを形にしてみようと思った。過去に注文受けて造った商品の写真なんかも混ぜて、見て分かりやすい形のモン作って返そうってコトで。  やり始めたらいつのまにか集中しちまって、時間経つの忘れてた。  いきなりノックの音がしてハッとする。  ドアが開いて、いつもの仏頂面な親父が言った。 「拓海、ちょっと来い」 「なんだよ。忙しいんだけど」  抵抗はした。んだけど「いいから来い」とかって引きずられる勢いで書斎に連れ込まれちまった。  お袋が親父のために選んだ気に入りの椅子の隣にスツール置いて 「まあ座れ」  なんつって、……珍しくニヤッとしてる。そう、珍しいんだ。たいてい難しい顔してるからさ。 「だからなんだよ」  どうした親父。その顔ビミョーだぞ。むしろちょい怖いぞ。 「コーヒーを入れた。座れ」  とか微妙な顔のままで言うから、ため息が出る。 「ちょい、俺忙しいんだよ。用無いんだったら……」 「用はある。座れ」  相変わらずの微妙な笑顔に、はあっとため息つきながらスツールに座ると、親父もふう~、とか息吐いて自分の椅子に座り、 「……拓海」  いつもの無表情に戻った。  なんだ、さっきは無理して笑ってたのかよ、なんて思って、ヘヘッと笑っちまいつつ「ん?」とか返事したら、親父はゴホンと空咳をした。 「……少し、根を詰め過ぎじゃないか」  え、と顔を見返すと、一瞬目が合って、すぐ困ったように顔を逸らす親父をじっと見ちまう。  なに困ってんだよ。なんでそんな言いにくそうなんだよ。なんの話なんだよ。なんて気になって。 「……俺の仕事は、いうなれば積み重ねだ。毎日ひとつひとつ新たなことを覚え、やるべきことをこなし、……おまえには、同じ事の繰り返しに見えるかも知れない。だが、まったく同じ日なんて無い。積み重ねるべきことをひとつ間違えれば、必ず翌日以降に響く。気づいてから間違いを探し出すのは至難の業だ」  親父は図書館勤務だ。お袋も図書館で働いてるけど司書で、コッチはなんとなく分かる気がするけど、親父は違う。けっこう偉くなってるらしいけど。 「だから勉強も欠かせない。日々間違いなく仕事をこなしていくことが重要。ずっとそうしてきた。俺は誇りを持って、この仕事をやっている」  どんな仕事してんだか、全然分かってなかったけど。そもそも興味なかったかも。  でもそっか、積み重ねか。なんか丹生田と似てんな。丹生田もそんなコト言ってたもんな。 「……が、俺は自分の時間も大切にしてきた。それも、俺にとって重要で大事だ。……だからおまえのような仕事は、したことがない。だから、分からないと、おまえは言うかもしれないな」 「え、いや、……んなコト言わねえよ」  慌てて言うと、親父は目を上げて小さく頷く。 「うん、そうだろうな。おまえは優しい子だ」  そんで、コーヒーひとくち飲んで、ふうっと息を吐いた。 「……だが盆休みなんだ。久しぶりに顔を合わせた。……拓海、少し気を緩めても良くはないか」 「……あ~……うん」  そういや、墓でもちょっとでも時間出来たらモバイルチェックしてたし、戻ってから部屋に閉じこもってモバイル叩いてた、と思い出す。きまずい……。 「……みんな心配していた。母さんも、……俺も、心配だ。好きな仕事をしているのは知っている。が……きつくはないのか」 「いや~……その……」  だよな、宴会にも顔出してねえし、ガキ共だのおじさんだのおばさんだの入れ替わり立ち替わりやって来たけど、テキトーに追い払ってた。仕事しかアタマに無かった。  ……そんで心配かけてた、なんて最悪じゃん。 「ゴメン」  返した声は、気まずくて呟くようになった。 「おまえは、そんな風に仕事をするんだな。……根を詰めて、周りが見えなくなる、のだろう」  コーヒーを味わいながら、親父は目を伏せ、くちもとだけちょいっと笑った。さっきとは違う、自然な感じで。 「……不思議だな」 「なにが?」  俺もコーヒーにくち付け聞くと、親父は眉根に皺寄せて苦笑する。 「おまえはリタイアした親父しか知らないはずなのに、なぜだろうな。……親父に似ているよ。どんどん似てくる」 「えっ」  親父の親父って……つまり、じいさんのこと? 「おまえは。……親父の方を好いていたからな。無理ないか」 「……う。まあ」  ふて腐れたみたいになっちまった返事に、親父は「素直な奴め」鼻で笑う。てかじいさんに似てるって? 俺が? どこが? 「俺や弟にカネだけ渡して、仕事しか見ていない、俺たちのことなど見えていない。……そんな親父が……俺は嫌でな。何度も親父に訴えたものだが、大人になれば分かる、などと言って、親父は取り合わなかった。俺は、親父のようにはならんと決めてな」  最後は呟くように言って、親父は目を伏せる。 「自分は家族を大事にするんだと、弟に話したことがあったよ。高校のときだ。………だから俺は家族を大切に出来る仕事を選んだ。そこで母さんに会った。おまえたちが産まれて、母さんやおまえたちを大切にすると、そう思っていたら、……母さんが。この家で親父と一緒に暮らすと決めてしまった」  コーヒーカップの中身を、ずいぶん優しい目で見下ろして、呟くように続けてる。 「皮肉なものだ。……親父のようにはなるまいと思っていた。おまえたちを寂しくさせまいと、この仕事についた。……なのに俺たちは忙しくなって、おまえは親父とばかり遊んでいた。うん、……皮肉だな」  だんだん声が低くなっていく。  そっか、親父がじいさんと仲悪かったのって、つまりそういうことがあったから、だったのか。親父の頭が固くて、じいさんと反りが合わない、だけだと思ってた。  親父はフッと息を吐いて微笑を浮かべ、コーヒーに手を伸ばす。 「済まないな。……心配なんだ。仕事をとやかく言いたいわけじゃあない。だが、体や心を削るような仕事は、できるならして欲しくない、と……思ってな」  言葉を切って、コーヒーを飲んだ親父は、カップを置いて、細めた目でコッチ見た。 「おまえにも、いずれ、大切な人が、できる。……おそらくいつか、そういう、なにより大切にしたい人と、出会うだろう」  もう既に出会ってます。  いやいやいやダメだろ、言ったらダメな奴なんだから、なんて頭ブンブン振りそうになんの抑え、けどなんてい言ってイイか分かんねーし黙って頷いて、とりあえずコーヒー飲む。 「そのとき、後悔せずに済むように。おまえも考えておきなさい」  けど親父は目を伏せてて、こっちの動揺に気づいてないぽい。 「後悔って?」 「後になって、大切な人を、大切なものを、大切に出来なかったと、気づくことだ」  くちもとに苦い笑いが浮かんでる。 「そんな後悔、無い方が良い。親父を見て、俺はそう思った」  ばあちゃんが亡くなったとき、じいさんは仕事してた。そんとき親父はじいさんのことめっちゃ責めた。  そんなあたりのことをボソボソ話し始めた静かな声を、俺も黙って聞いてた。

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