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202.突破口

 親父の書斎でしんみり話してた頃。  俺がいない俺の部屋に勝手に入った妹が、勝手に仕事用のモバイルを弄ってやがったのだった。 「ああん、なによ、家具ばっかりじゃない。こういうのじゃなくて、写真無いの写真……彼女とか」  とかなんとかやってるトコに「なにやってんの、あんた」お袋も来たわけで。 「いるよね、絶対いるよね、お兄ちゃんがモテないわけないんだから。どんな女よ」 「あら~、勝手にそんなの見て。いいの? 怒られるわよ?」 「いいの! ていうか家具の写真ばっかりだよ。お兄ちゃん、彼女いないのかな。ふつうどっかのフォルダに入れておくでしょ」 「拓海に彼女ねえ……」  なんつって、お袋も一緒になって画面見たわけで。 「あるはずだよ、絶対あるはず、隠しフォルダとかにあるはず、彼女の写真とか隠してるはず」 「いないんじゃないの? 今は仕事が忙しいみたいだし。へえ、これが拓海の会社の家具ねえ……確かにあの子好きそうな」 「ていうかうち来てまで仕事って最悪じゃない? ていうか絶対仕事じゃ無いよ、なんか他のことしてたんだよ」 「あら、コレなんていいわね。こういうの三つ四つあると良いかも。拓海に頼んだら安く買えないかしら……でも確か受注生産って言ってたっけ。じゃあ無理かなあ」 「ちょっとお母さん、家具見てないで隠しフォルダ探してよ。そういうの得意でしょ」 「でもねえ、勝手にそんなことしても。それに本気で隠してるならロックかけてるでしょ。そう簡単に見られないんじゃない?」 「それでもだよ。絶対見つけて……ていうかお兄ちゃん、絶対普段サボってるんだよ。彼女とかと遊んでサボってるから、だから焦ってやってるんだよ。そうに違いないよ!」  なんて声張り上げてるから、当然書斎から戻る途上の廊下で聞こえてくるわけで 「なに言ってやがんだアホッ!」  ダッシュで部屋に飛び込んだ。 「ちょ! なに勝手に見てんだよ! やめろよ!」  モバイル奪還して大声上げたら、妹も「なによ!」負けじと声上げる。 「イイじゃないケチ!」 「ばっか、コレ企業秘密のカタマリだぞっ! 勝手に見んなよっ!」 「なにが企業秘密よ、仕事のフリしてなにやってたの!? 隠してるの見せなさいよ!」 「はあ?」  とかやってたんだけど、お袋は「二人とも赤ちゃんの頃から声が大きいのよねえ」なんつって、ちゃっかり写真見てた。  「あら、これ面白いわねえ。この脚のところ、なんのイメージなのかしら。よく見えないわねえ」  そんで大鳥さんのテーブルを見たのだ。 「ちょ、お袋までなにしてんだって」  最大まで拡大した画像見て、お袋はちょい首傾げて言った。 「でもこういう細工、どっかで見た気がするわね」 「えっ」  ────────マジか!? 「また家具? つまんない、ていうかお母さん、そういうのじゃなくて」 「ちょい黙れ!」  灯台もと暗し、瓢箪から駒、なんかそういう感じ! ちょい違うかもだけど!  あの足部分、似たモンがあるなら、それ作ったひとのトコで修行出来るじゃん! 「てかお袋、どっかで見たって、この鉄部分? こういうの見たことあるって?」 「コレとおんなじってわけじゃ無いけど、こんなようなデコボコした感じの……う~ん、どこで見たんだっけ」 「マジで! ちょ、思い出してよ!」 「……う~ん。確かにどこかで見たと思う。んだけど……ん~」  目を閉じ眉を寄せ、眉間に人差し指突き立てる。お袋がなんかのデータ思い出すときのお決まりポーズ。 「…………ん~~~……」 「ほら、ほら、思い出して!」 「ん~~~………………忘れちゃったみたい」 「はあ!?」  肩つかんで揺さぶっても、「思い出せよ!」怒鳴りつけても、う~ん、う~ん、とか首傾げるばかりで、なかなか思い出さない。焦燥とワクワクが入り交じった妙な高揚感が湧いてきて、けどココんとこずっと走り回ってた元凶が解決されるんだと思ったら、「ほら、ほら、思い出せよっ!」どんどん焦ってくる。 「どっかにファイルしてんじゃねえ?」  けどお袋は眉間に人差し指あてて「う~ん」とか唸るだけだ。 「探すよ? 手伝うよ? ほらほら」 「静かに。出てこなくなる」  ピシャリと言われて、くちにチャック。両こぶし握りしめつつジリジリ待つ。  なのに眉間から指を放し「あ~、出てこない」なんつって、 「忘れたわ」  あはっと笑ったから、俺はキレた。 「お袋ファイリング記憶法とかって偉そうに言ってたじゃん! ボケたのかよ? 老化早すぎだろ!」  とか叫んだら後ろから蹴られた。久しぶりに、妹に。 「お母さんになんて事言うのよっ!」  コイツもう二十五だし見た目かなりイケてるおねーさんなのに、中身は中学から変わってねえ凶暴さ! 「蹴るなよバカッ! そんなんじゃ嫁いけねえぞっ!」  怒鳴ったら「るっさいっ!」また蹴られそうになって危うく逃げる。 「お兄ちゃんこそ彼女いないくせにっ!」  なにげにズキっと来た。  確かに彼女なんていない。  つうか大好きな奴と一緒に暮らしてエッチもしてる、けど、ただのセフレ。いつか丹生田が結婚するまでの同居。  いたたたた、って感じで無意識に胸のあたりギュッと鷲掴みつつ、ぐあっと噴き上がった想いが迸る。 「うっさいわ! ほっとけ!」 「え、ちょっと」  妹が急にオロッとした。 「なにマジなの? なによフラれたの?」 「……うっさい」 「うそバカじゃないその女! お兄ちゃんふるなんて! ありえないよ!」  なんかいきなりテンションが違う。てかギュッと握ったコイツのこぶし、ブルブル震えてるんだけど。 「だってお兄ちゃんは一番だもん! いつだって一番前走ってて、みんなの中心で、一番カッコイイ……」  え? なに言ってんのコイツ? 「……のに、なによそいつ! どこの誰よ、ぶん殴ってやる!」 「いや、無理だと思う」  いくら凶暴でも丹生田殴るのはさすがに。 「なによ! かばうの!?」 「じゃなくて……」 「カバ! そうよ、カバだわ!」  よく分かんない流れでお袋が声を上げ、 「「えっ?」」  二人して間抜けな声出した。 「カバの置物! そうよあれに似てるのよ! あ~、スッキリした!」 「お袋、もしかしてそれってアレ? アレに似てるってやつ?」  妹ほっぽり出して、俺はお袋につかみかかる勢いになった。 「お兄ちゃん、なに……」 「ちょい黙れ! お袋、あのテーブルの脚に似てるっつう、それ?」  妹と戦ってる場合じゃねえっての。 「うん、カバに木みたいな蔓みたいな植物っぽいものが絡まってて、面白いなあって思ったのよ。そうそう、雪浦さんのトコで見たんだわ」 「ユキウラさんって!?」  そうして俺は、ようやく突破口をつかめたのだった。

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