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十六部 鉄とオーク 203.ユキじいちゃん
お袋が思い出した雪浦さんってのは、彫金やってるおじいさんで、俺も知ってる人だった。中坊の時、彫金教えて貰いに行った『ユキじいちゃん』のコトだったのだ。
つうか調べて初めて分かったんだけど、ユキじいちゃん、つか雪浦さんは、彫金でけっこう有名な人だった。
おもに銅の加工やってんだけど、鉄も一時期けっこうやってて、その頃試作品的に作ってたモンを、お袋が見てたってわけ。
元々ユキじいちゃんは、仕事でじいさんと知り合ったんだって。そこで気が合ったらしく、風聯会事務局だったじいさんの部屋に良く来てたんだ。溶け込んでたから分かんなかったけど、実は七星卒じゃねーとか、じいさん亡くなってから知った事だけど。
そんでお袋と話が合って、近所のおばさんとかとやってるお茶会にも顔出すようになってて、だからじいさんが死んでからも、うちに来てたんだよ。
で、さっそく翌日お袋と一緒に出かけた。『vedere tutto rosa 』つう工房に。
お気楽に行こう的な意味のイタリア語らしいけど読めねえし、みんな『雪浦さんのトコ』とか言ってるらしい。もちろんお袋もだ。
「おや、いらっしゃい。久しぶりだねえ、たっくん」
ユキじいちゃんは、相変わらずの浮き世離れっぷりでホヨッと笑い、迎えてくれた。
「カバの置物あったでしょ? アレって売っちゃったかしら」
しかしお袋はニッコリ強引に話し始め、ユキじいちゃんは
「ん? カバ?」
ホヨホヨした顔のまんまで首を捻る。
「……んん~~?」
「写真撮ってファイルしてあるでしょ」
お袋が言って、雪浦さんはファイル何冊も引っ張り出して探し出した。我が親ながら、この強制力ぱねえ。
「パソコンで整理したらいいって言いましたよね」
「やってよ。ぼくには無理だよ」
「ご自分でどうぞ。ボケ防止に良いですよ」
とか言いつつ、やがて一連のカバシリーズを見つけたのだ。
「ああ、これね。うんうん、けっこう売れたんだったコレは。しかしこんなの良く覚えてたね、ぼくも忘れてたよ」
なんつったくらいだから、お袋はさすがだった。記憶力ぱねえ。老化とか言ってゴメン。
そんで俺は、大鳥さんと照井さんの作品を見せた。
「ほほお、面白いねえ」
なんつって、ユキじいちゃんも興味持ってくれたんで、コイツらに教えてやって欲しいってお願いしたんだけど。
「う~ん、どうするかなあ」
近所の奥様とかにちょろーっと教える程度、愉しめる範囲でやってるユキじいちゃん的に、弟子を育てる感覚って無いっぽかったんだ。
なんでとりあえず会ってから決めてくれと頼み込み、休み明けに二人を連れて行った。
そんで、なんだか照井さんと気が合ったらしく、
「教えるっていうのはどうかな。まあ、遊びにいらっしゃい」
的な感じで受け容れてくれたのだが。
「あのっ! しばらく通わせて貰って、色々見させて貰ってイイですかっ」
なんて、大鳥さんが熱血アツアツで頼み込み、照井さんも「お願いします」とか頭下げて、ともかく、しばらくの間通わせて貰うことになった。
つっても雪浦さんトコは、佐藤さんの家からだと車で一時間以上かかる。通うの大変じゃね? とか思ったんだけど、二人は「毎日ドライブだな」なんてむしろ喜んでた。分からん人たちだ。
ともかく、ようやく二人の処遇が決まって一安心。
……と思ったんだけど、ひとつ問題が発生した。
つまり今まで、六田家具で預かってる間は、自ら名乗り上げた半沢が指導してたんだけど、「まだまだッスよ?」これで修行完了には出来ないって言うんだ。
「ススムっちはまあ素直だし真面目だし、基本は飲み込んだし本職じゃねえから、こんなモンでイイと思うんスよ。けどてっちゃんはなあ。だいぶ変わってきたけど、どうせ客には分からねえだろとか効率だとか、自分の都合で無駄に頑張るトコ、まだあるんスよ。これからひとりで作ってくってんなら、もうちょっと木とかお客さんに優しくならんとイカンじゃねえのって思うんで」
つまり半沢的に、もうちょい大鳥さんを叩いときたいってコトらしい。
「ん~、でも、大鳥さんにもあっちのやり方見せておきたいんだよ。じゃないときちんと融合した製品は作れないと思うし」
「その程度なら、ちょろっと見せるくらいで良いんじゃないスか? てっちゃんはコッチ、ススムっちはアッチ、じゃダメすかね?」
「う~ん、まあそこら辺は雪浦さんトコに行ってみてから、だな」
つうわけで、一回目は俺が車で先導して連れてった。半沢が言ってたことも伝えて、二人の処遇を相談したら、ユキじいちゃんは「なるほどねえ」ちょい黒く笑って言った。
「じゃあ、ぼくもそのつもりで見るよ。若くて才能に自信がある奴ってのは嫌いじゃないしね」
しばらく様子見て、大鳥さんをどうするか決めたら連絡くれるって、超ヨユーな感じで言うんで、お任せすることにする。なんか楽しそうだし、だいじょぶだろ。
そんなこんなで、余計な仕事からようやく解放され、少しだけ余裕が出来た。
久しぶりにフツーに休めた日曜日。
うちに姉崎が来た。ちょくちょく来てたらしいけど、あんま家にいなかったんで知らなかったし「なにしに来たんだよ」とか睨んでやった。
けど全く気にしてない感じでヘラヘラの笑顔のまんま、勝手にリビングまでズカズカ入ってくる。
「ねえ聞いた? 庄山先輩のこと」
声かけられた丹生田は茶も出さないでソファに座ってる。もちろん俺も、もてなそうなんて気は皆無なんで、冷蔵庫からペプシ取り出し丹生田の隣に座る。
「なに、食いつき悪いなあ」
「……だからなんだ」
丹生田が低く聞いても、テーブルの向こうで肩すくめて腕広げるいつものポーズで機嫌良さそうに笑ってる。
「つまりね」
ニッと笑った姉崎は、なんと庄山先輩がレストランを開くのだと言ったのだ。
「え? マジで?」
だって庄山先輩って卒業した翌年やっと司法試験受かって、弁護士やってんじゃ無かったっけ? そんで海外とか飛び回ってるって聞いてたけど。
「で~、僕も出資することにしたんだけど、内装で相談したいなって」
「内装なら大田原先輩がいるだろう」
「そうなんだけど、什器も揃えなきゃじゃない? で~、藤枝なら役に立つかなあって」
「什器って、テーブルとか椅子とかだよな? うちの家具買ってくれんの?」
「庄山さんが気に入ったらね」
「うし! そういうコトなら営業かけるぜ!」
つうわけで、丹生田は仕事だから姉崎と二人で、てのがまあ、しょうがねーかもだけど、早速次の日、庄山先輩の実家に行った。
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