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205.業務提携

 雪浦さんの所に通ってる二人を庄山さんに引き合わせたのは、店を見に行った三週間後だった。  二人の修行の問題じゃなく、庄山さんサイドの問題で、時間かかっちまったんだ。  つまり親御さんは、庄山さんが弁護士であることが重要で、店やるなんてのはどうせ道楽、もうけなんて出ないだろうし、飽きたらやめるんだろうと思ってた。それが取材入れるとかって話になり、庄山さんが本気だって分かって、態度激変したってわけ。  最初は庭の一角使うなら好きにしろってスタンスだったのが、不特定多数の人間が敷地内に出入りするなど許せん、店なんてやめなさい、つう感じに。そんでも庄山さんは頑張った。店の周りの土地は、賃料を出して借りる。だからやらせてくれって。 『境界には厳重な塀を設けること。塀に通用口を作るなら、簡単に通れないものにすること』  結局、そんな条件出されて、いやなら許さんって感じで言われ、庄山さんは呑んだ。  けどセキュリティ対策も施した厳重な門扉作るとなると、当然カネがかかる。無骨な塀が店からの眺めを妨げないよう、エクステリアにもカネかけることになり、予算はかなり減ることになっちまった。 「出資額増やそうか?」  なんて姉崎は言ったらしいけど、庄山さんは「おまえなんぞにこれ以上借り作れるか」て突っぱねた。  そう言った気持ちは分かる。  姉崎は相変わらず恋人と暮らしてるんだけど、高校の教師は辞めちまった。んでどっかに勤めてるって感じじゃなく、なんか大きな仕事してるらしい。つっても独立したってわけじゃないらしいし、そこらへん笑って誤魔化すから、よく分からないまんまなんだけど、仕事となると容赦ないらしいってのは聞いてる。もちろん庄山さんだってそれは知ってるだろう。  だから警戒してるんだろうな。先祖代々の土地に変なケチつけたくないだろうし。  ンでも親とやり合って、絶対利益出さなきゃって腹くくったんだろう。二人を引き合わせたときの庄山さんは、ちょい迫力が違ってた。 「テーブルは五台。それぞれ椅子を四脚。きみらは木材も鉄も扱えるんだな? なら内装もやってもらえないか。極力費用を削って、店全体に統一感を出したい。できるか」  大田原さん経由で内装の見積もりだしてもらった結果、カウンターと内張の壁材を同じものにするのは難しいとか、予算も折り合わないとかで、依頼は断念したらしい。 「カウンターじゃなくても良い。ここにパーティションを作って、その前に細長いテーブルを並べる、というのはどうだ。内張は安くて良い、塗装や作業は俺も手伝う」  ちょい鬼気迫る勢いで言われ、アワアワな感じで黙った大鳥さんの横で、照井さんがのんびり言った。 「ガスはちょっと無理だけど、水道と電気は俺、やれますよ。地元で何でも屋やってたんで」 「……本当か」  パース見ながら「はい」照井さんは頷いてる。  それはかなりの朗報だった。配管や内装なんか、別々の業者に頼むと、当然その分経費がかかる。それを照井さんが一人でやれるっていうなら、大幅に予算を削れる。 「この図面だとダウンライトになってますけど、アレけっこう高いし天井も張らなきゃでしょう。安く統一感出すっていうなら、天井張らずに梁むき出しにしてシーリング下げるとか。……なんならそのシェードも作ります。テーブルの脚とおんなじイメージにして……」 「うん、イイなそれ。統一感も出るし、むしろ雰囲気良くなるんじゃないかな」  俺も横から援護射撃入れ、庄山さんの眉間の皺が薄くなっていく。すると大鳥さんも慌てたようにくちを開いた。 「あの、俺らにやらせてもらえるなら、材料費はかなり勉強できると思います。地元の材はけっこうストックあるんで、ココ程度の広さならやれると思います。……ただ、町おこしってずっと言われてるんですよ。だから、うちの町の木材、作家がやったって、どっかに出してもらえませんか。それなら町からの補助も出るだろうし」 「……なるほど。あなたの町では、木材を産出しているのですな」 「もちろんそうですけど、農産物も色々あります。農家のおっちゃん達だけじゃなくて、若い奴らが今時の野菜の方が高く売れるとかって頑張ってます」 「どんな農産物があるんですか」  庄山さんが聞くと、町おこし大使でもある二人はすらすら答える。米は自分たちが食べる分程度しか作ってないけど小麦はやってるとか、最近話題の野菜やハーブなんかはオーガニックにこだわってるとか、キノコも始めてる奴がいるとか、隣町は畜産が盛んで乳製品が自慢だとか、牛だけじゃなく羊もいるとか。 「そういった農家の方々と契約できるだろうか。材料仕入れ先として」 「あっ! 大丈夫だと思います! 聞いてみなきゃあ、ですけど。……あの、取材が入るって聞きました。そのときも町の名前出してもらうっての、大丈夫ですか」 「もちろん、あなたの地元の協力で、安全な飲食を提供すると、強く言わせてもらう」  なんかお互いにイイ感じの話が進んでる、と見て、俺もまた口出した。 「内装デザイン変えるなら、ざっとしたモンで良けりゃ俺がパース見ますよ。家具のデザインも決めて、統一感出せる感じにしましょう」  そうして庄山さんの店舗プロジェクトが始まった。  大鳥さんたちが直接庄山さんと話し合って具体策を決めていき、内装も窓も二人でやるってコトになった。窓はテーブルのイメージを壊さないように木と鉄で作るってなって、照井さんは雪浦さんトコに通ってランプシェードや脚やなんかのデザインと窓のイメージを考えてアドバイス受けながら決めていった。  大鳥さんは地元に一旦戻って話をまとめ、町の定期便で下処理した材を運んできた。店舗で作業する間に、庄山さんは単身彼らの地元へ行って町長とも話し、畜産農家や農家を周って、乳製品や肉、野菜、ハーブ、小麦なんかを納入する年間契約を決めてきた。年間って、北海道なのに冬とか野菜採れるの? と思ったら、オーガニックの野菜なんかは温泉利用のハウス栽培で、年間通して生産可能なんだって。  六田家具としては、俺がオブザーバーとして参加するのみ。だけどメリットはちゃんとある。  正直、うちで預かってる間、大鳥さんはお荷物になってた感があった。半沢が時間とられてたし、いちいち理屈こねるから面倒なわりに使えない的な。けど無償で働かせるんだから仕方ないってトコあったんだ。  その大鳥さんが、真剣きわまりない庄山さんトコでやるときは、ゼンゼン違った。修行だ、言う通りにしろって言われて反発してたひとと同一人物とは思えないくらい。  それに使える材は限られてるし無駄出したら予算がかさむから、大鳥さんの仕事は自然と丁寧になり、照井さんと話し合ってよりよいやり方を模索するようになった。  照井さんも、素直に言うことは聞くけど、どっか消極的だったのが、自分の出来ることをやろうと自発的に動いてる。ちょいちょい顔出す度に二人のコンビネーションも徐々に良くなってきてるのが分かり、俺はニンマリしていた。 (この調子ならイケる)  真剣に立ち働く二人に任せて、あのテーブルのラインを成立させることも、きっと難しくないだろうと、ようやく手応えを感じられたのだ。  やがて秋になり、庄山さんの店『Riposo SHO-YAMA』がオープンした。  『Riposo』てのはイタリア語で『くつろぎ』とか『ひと休み』とかって意味なんだって。 「弁護士としてイタリアに半年いたとき、下宿していた部屋の一階がオーガニックレストランでな。そこで色々教わったんだ。心と体を休めることがいかに重要か、思い知った」  できあがった店の前で、そんなことを呟いてる庄山さんは、とても穏やかな表情で微笑んでた。  入り口前に置いてある立て看板も、外塀からココに入ってくるまでの道にレンガ敷いたりも二人の手によるモノだ。エクステリアも二人の地元から林業に従事する方々が来て、一見自然林にしか見えない感じで木を植え、実家との境界に建てた無骨な塀が、店からは見えないようにしてあった。  ちなみにあの二人はノリにノって色々やりまくり、シェードと同じイメージで額縁とかカトラリー入れとか、ナプキンホルダーとかまで作っちゃったから、内装の統一感は半端ねえコトになってる。さらに外装にまで手をつけたらしい。そのせいで表も中も統一イメージが保たれていて、低予算だなんて想像も出来ないイイ店になった。  もちろん、取材を受ける度に、庄山さんは宣伝した。  地元の町の方々の協力があり助けられた、農産物が素晴らしい、なんて大々的に。なにしろ弁護士だから、くちは立つしね。温泉が気持ちいいとか、そんなことまで機嫌良さそうに話してたから、町としてもメリットあったんじゃないかな。  弁護士がオーガニックレストランやるってんで話題性もあったんだろう。俺がオファーした、六田家具で付き合いある取材元以外にも、色々取り上げられて、テレビも来た。  結局、予算を大幅に下回ったので、庄山さんは二人のギャラを弾んだと嬉しそうに言っていたし、二人ともやりがいあったんだろう、イイ顔してる。  そんで佐藤さんの家で一仕事終わった打ち上げのカンパイしてるとき、俺は話を切り出した。 「お疲れさん、そんで、おめでとうございます。うちの社長もあの店見て、二人の仕事に感心してたよ。雪浦さんも、二人でやってけるだろうって太鼓判くれた」  そこでようやく六田家具としての本題だ。 「庄山さんの店で作ったような、あのテーブルに続くラインを、二人で考えて欲しい。食卓になるテーブル、ローテーブル、椅子、サイドボード、本棚やテレビ台、コーヒーテーブルなんかも。……そんな感じで、百年使える家具をデザインしてください。それ社長に見せて、イケるとなったら本格的にうちで売ります」  つまり業務提携の提案だ。  つい半年前とは別人みたいに引き締まった顔で、二人は頷く。 「やらせてください」  そう言った大鳥さんの声は、とても力強かった。

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