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十七部 意地っ張りの片想い 211.いつもと違う朝
昼過ぎに起きたらリビングに丹生田がいた。
んでちょいパニクった。
だって平日の真っ昼間、月金九時五時しばしば残業ありで、会社休んだことなんて無いはずの丹生田が、なんでこの時間いるンか不明だったし、しかもスーツ着たままネクタイも緩めねえキッチリしてる格好のまんまで、……リビングに入るドア開いたらこっち見てて。
なんで? 会社は? 具合悪くて早退とか? いや丹生田ってば四十度以上熱あっても気づかないで仕事してたんだよ? 早退とかありえねえだろ。
「なんだよ、なにしてんだよ」
思わずそう言ったら、丹生田は、ふっと笑って、イイなあ、好きだなあ、この顔、なんて自動的に軽く癒やされてたら、時計を見て、低い穏やかな声で言った。
「ずいぶんゆっくり寝ているんだな。いつもこうなのか?」
「いや、いつもじゃねえよ。だから今日はさ、明日も休みだし、部長と飲んだし、久し振りの連休で………」
「ああ、そう言ってたな。済まん」
「別に謝らなくていいけど」
「このところ藤枝は北海道へ行ったり来たりで忙しかったからな。仕事は一区切り付いたのか」
「……ああ、まあ……一応」
珍しくタバコ吸ってたらしい丹生田が、もう吸わないつうから吸いさしもらって、ひとふかし。
そういやこの部屋に越すときも吸ってたよな、なんて思い出して、んなコト覚えてる自分に笑うしかねえってか。
そんで、窓の方へ目を向けた丹生田は、珍しく茫洋 とした表情で、いつもの目ヂカラ無くてボーッとしてる、てかなんか深く考えてるみたいな顔だった。その横顔に見とれちゃって、そのまんま、いつのまにか──────ここまでの十二年を思い返してた、と気づいた。けど頬に苦い笑いが刻まれている自覚なんて無い。
(マジで色々ありすぎだろ、つうの)
ンでもレア表情の横顔なんて、コレはコレでやっぱカッコイイわけで。やっぱ癒やされる、なんて考えてんだから、俺ってマジ安い。今さらだけど。
(笑うしかねえわな。でもしょうがねえじゃん)
だって俺は……ずっとずっと丹生田を好きなバカで。
片想い辛かったり、諦めようとしたり、混乱したり、もう離れるんだって覚悟決めてその日を待ってたコトもあった。先のことなんて考えらんねえでジタバタしてただけだったなあ……はは、あの頃の自分に言ってやりてえ。
『こんな長く一緒にいられんだぞ。てかエッチだってしちゃってんだぞ。すげえだろ』
まあココんとこ忙しくてヤってねえけど。なんだかんだ楽しいことのが多かったよな。
今だって、もうすぐ終わるって分かってンのに一日延ばしにして誤魔化して……アホか、ゼンゼン変わってねえわ俺。マジ成長してねえなあ、なんて笑っちまいながら、タバコを消した灰皿に目をやる。
この南部鉄の灰皿は、丹生田が買ってきたもんだ。
「おお~、すっげカッコイイ! テーブルとか部屋にバッチリ合ってんじゃん! 丹生田センス良いなあ」
「大切に使え」
絶賛したら丹生田はそう言って、最近よく見るめちゃ優しい、イイ笑顔してて
「おう! 超大切にするし!」
単純にテンション上がって「ぜってーきれいに使う! ちゃんと灰の始末する!」とか、高らかに誓って……んで次の日、「始末をすると言っていなかったか」なんつって速攻怒られたんだけど。
ふう、と溜息を吐き髪をワシャワシャかき乱す。
(引っ越さなきゃ。……なんだよな、畜生)
まだ住むとこなんかは決めてない。けど行ったり来たりも限界だ。そろそろ決めなきゃ。決めて────引っ越さなきゃ。
旭川の支社……正式には第二販売部、なんだけど。旭川空港から車で十分ほどのビルで、結構デカい。北海道は地価が安いから、今までスペース足りなくてできてなかった商品ストックも今後出来るようになる。なんで、あっちは通販の基地にもなる。支社での仕事はいっぱいあるってコト。
一緒に本社から異動が決まった佐藤譲はもう、あっちにいる。つうか佐藤さんトコで寝泊まりしてる。地元で求人出して、働いてくれる人集め始めてて、看板とか内装とか色々やんなきゃなこと満載で、俺も行ったらめちゃ忙しくなる。でもイイんだ。その方がイイ。
俺も早く住むとこ決めなきゃ、つって思ってはいる。でも忙しかったし、とか言い訳して……決めずにココまでズルズル来た。
けど、もうダメだよな、さすがに。言わなきゃ。
──────ココ出てくって。
ふう、とため息が、また出た。
このテーブルと、灰皿だけは、もらっていこう。
丹生田は……このままここに住むのかな。
ならこの部屋の家具、全部使えるんだけどな。使ってくんねえかな。
……受け取ってくれるなら、もらって欲しい。この家具がコレからも丹生田と共にあって欲しい。
なんて願いと共に横顔見てたら、目が合った。丹生田がこっち見たのだ。
ンでじわっと眉を寄せた。
「……どうした」
「え?」
「どうしたんだ」
「……て、なにが?」
丹生田の顔がどんどん険しくなってる。なに、どしたの。
「なぜ、そんな顔をしている」
ハッとしてちょい汗かく。急に目が合ったからヘンな顔してたかな? ヤバいヤバいとか思いつつ、
「や、なんでも」
とりあえずなんか言わねえと、なんて焦ってヘラッと笑った。
「まあイイじゃん」
すると丹生田は眉間の皺を深くして目を細めた。
「……誤魔化すな」
声低い。低い低い。超低い。ンでめちゃ睨んでるし。
……どした丹生田。なにンな怒った感じになってんの?
だって灰皿の始末とかで文句言うときだって、こんな顔じゃねえし、いつも基本穏やかじゃん? なんか沸点低いよ? もしかしてイラッとしてた?
てか体調とか悪いのかなやっぱ? だから早退してきたんじゃ? なんて一気に心配になり、「丹生田だいじょぶ?」思わず聞いてた。
「なんのことだ。藤枝こそ大丈夫なのか。このところ様子がおかしいぞ」
「えっ、なにが? 俺……」
「忙しいのは分かっている。だがこのところ……会社のことも話さない。それはなぜだ。なにかあったんじゃ無いのか」
言い訳とか聞く気ねえぞ、って感じで丹生田はコッチ睨んだまんま。低い声で続ける。
「ひどく疲れているようだし、風呂も入らずに寝てしまう。昨日もソファで寝てしまっていた。スーツも脱がずに。いつも藤枝は、聞かずとも会社のことを話してくれていた。なのに聞いてもはぐらかすのはなぜだ。なにがあった。俺に言えないことなのか。なぜ言えない」
あれ? なんかいっぱいしゃべってるけど酒飲んだ? こんな昼間から?
てかマズイ! バレてたんじゃん!
「な、なんでもないって!」
隠し事してるってバレてんじゃん! マズイじゃんヤバいじゃん!
「俺ンとこだって、コ……コンプライアンスあんだよ! 言えないことだってあんの!」
焦りまくりつつ咄嗟になんとか誤魔化し……
「そんなものは無いと以前言っていたが」
……切れてねえ! マズイって!
「────で、できたんだよ。そういうのも」
あれ、ちょい待ち。
いやいやいや、なに誤魔化してんだよ。言わなきゃって思ってたんだからイイんじゃね? この勢いで言っちまえば……イイような気はするけど、ンでも丹生田がおかしい。いつもと違う。
どうした、なにがあった。いやいや、じゃなくてこのタイミングで言っちまえばイイんじゃ……うっ、ヤバいパニクってきた。
「………………」
丹生田の目ヂカラぱねえ視線が、探るようにじっと見つめてくる。
「な、なんだよ」
めっちゃキョドった声出たんだけど、「……そうか」丹生田はふっと息を吐いて目を伏せたんで、目ヂカラ消えて、ちょいコッチもチカラ抜けた。ンでもここで変な反応しちゃったらマズイ気がして、息を止める。したら丹生田も、また小さく息を吐き、伏せたままの目で灰皿の方を見た。
キツく眉を寄せたまま、伏せた目で灰皿見たまま、むしるみたいにネクタイ抜いて、はぁぁ、と溜息を吐いた。
「それなら、仕方ない、のかも知れない」
そんでがっくり肩落として、アタマもカクンと落ちて、え? どしたマジで。
「……俺が藤枝の仕事を気にするのは僭越なのだろうか」
「え? いや、そゆことじゃなくて」
────え? なに言い出す。てか、なに、マジで落ちてンの?
「俺は……藤枝の、なんなのだろう」
呟くみたいな低い声。てかてか、いきなりテンション変わり過ぎじゃね? マジでどした丹生田? おかしいよおまえ。
「……つまり………俺は、……藤枝は……」
頭と肩を落としたまま、丹生田はブツブツ言葉を続ける。
「いや藤枝が価値のある仕事をしているのは知っている。俺などよりよっぽど有能だということも。だからこんな言い方をするのは失礼なのだろうと言うことも分かっている。だが俺は……みっともないというのは自覚している。だが……」
なんか念仏みてーにブツブツ言ってるけど、意味分かんねえよ? んでアタマ落ちてるから顔見えねえし、どんな顔で言ってんのか分かんねえし、どんどん心配になってくる。
「メシを作り、部屋を整え……俺なりに藤枝を助けていたつもりだ。俺は些細なことが気になってしまうし、だから向いているんだ、だからせめて出来ることをしようと……色々細かいことを言ってしまっているが、偉そうにしているつもりは無い……だが藤枝には不快かも知れない……そう気づいたが、しかし、いや、だから、偉そうな事など言えん、分かっている。……が、だが俺は、藤枝を……やれることをやる、俺にはその程度しか出来ない。出来るのはその程度だが、だがしかし藤枝にとっては余計なことだったのかも知れない」
「や! いやいやいや、ねえよ!」
怒鳴ったら頭が少し上がった。けどこっち見ようとはしねえ。けど眉間には深い皺が刻まれた、怒ったみたいな横顔は分かった。肩や首にも力がこもって、膝の上のこぶし握りしめて……
つうか、そうだよ!
まる、で文を切らずに、てん、で言葉をつなぐときは、丹生田がそうとう酔っ払ってるときか、めちゃ慌てて動揺しているときだって俺は知ってる。つまり丹生田はかなりテンパってんじゃん!
「んなコトねえって! めっちゃ助かってるし!」
だから焦って返した声は上擦った。
「……そうなのか」
こっち見ない丹生田から、感情の見えない低い声。「そうだよ」おろおろ返す声は、ちょい震えちまう。
「てか帰って丹生田のメシ食ったり話聞いてもらったり、めちゃ癒やされ……、いやめちゃ……いや、いや、そう! ありがたいって、おまえよく言うやつ、それだ! 俺、超ありがたいよ? おまえいてくれてマジ嬉しいっての」
低く唸るような音が喉から漏れ、若干怒り気味だった肩や腕に入ってた力が抜けて、またガクッと肩が落ち、項垂れちまった。
「……そうか」
「そうだよ、余計なんてコト、ぜんっぜんねえっての」
マズイ、なんか知らんけど今日の丹生田はちょい危うい感じがする。ガラスハートとも違うてか、てか、てか、なんかあった? どうした?
「そうか」
聞こえるか聞こえないかの微かな声。俺に聞かせるためじゃなく、自分に言ってるみたいな、そんな感じで、丹生田は伏せてた目を閉じ「……ならば……」閉じた瞼にギュッと力がこもる。
そんで丹生田の顎が膨らんだ。奥歯をグッと噛みしめたんだ。
「……藤枝。なにか、あるのでは、ないのか」
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