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218.挨拶とか

 次の日、夕方までみっちり話し合った。  てか結婚ってマジか? マジだよな、丹生田がそんな冗談言うわけねえし……けどマジで入籍すんの!? なんてやっぱパニクってた。  だって一晩置いたつっても、急展開過ぎてアタマ追いついてねえし!  でも丹生田は、引越とか実務的なこと淡々と言ってて、だんだん落ち着いてきたらじわじわ嬉しさ込み上がるし。  そんで毅然とした顔で、丹生田は言った。 「藤枝の籍に入るのだから、許しを得なければならないだろう」  マジカッコ良い! なんてテンションあがりつつ、やっぱパニクった。  つか一回転してボーッとしてた。籍入れるってやっぱ本気だったんだ~、なんて感じで。  つうか丹生田、ちょっとでもビビる感じ見せたら、「ダメか」なんつってずずーん落ちるから、そんな顔できねーし、てかそりゃ、これからもずっと一緒なんだって思ったら、やっぱ嬉しいわけだし、時間無かったし。  そうなんだよ、そんな話と関係なく、俺は異動決まってんだから、行かなきゃなわけで、丹生田的にあやふやな状態で行きたくないって思ってんの分かったしさ。  そんなこんなで、俺的にわやわやな感じありつつ、俺の実家に挨拶に行くつってきかねーし、「いきなり伺って失礼ではないか」なんて気にしてるから、いちお「丹生田連れてくから」つって電話して、ほぼほぼ勢いに流された感じで車走らせ、到着したときはもう暗くなってた。  ちょうど親父が帰って来たトコで、ちょうど良かったかな、なんて思ったんだけど、丹生田ってば。  親父の顔見て、いきなり土下座した。実家の玄関で。  そんで、なんも言わねえし、親父ビックリしてるし。お袋はちょいオロオロして 「丹生田さん、どうぞ上がって」  なんて言ってて。  あ~、ナニ言ったらイイか分かんねーんだな、て分かったけど俺もテンパって、気づいたら言ってた。 「あの俺らっ、け、けけっ、けけ結婚するからっ」  親父もお袋もビックリして、妹はなんか怒鳴りながら二階に駆け上がってった。  丹生田がうちの籍に入るとか、北海道に異動になるから引っ越し先で一緒に住むとか、そういう話を一応して、ひとっことも喋んなかった親父の横で、お袋はなんとかニコニコして、 「宜しくお願いしますね」  なんて丹生田に言ってくれた。  妹は部屋から出てこなくて、「おまえこそ早く結婚しろよ、彼氏いんのか?」なんてドアの前で言ったんだけど、なんかドアにぶつかった音しかしなかった。まあコイツはそのうち、ゆっくり話すしかねーな。  んで俺も丹生田の親父さんに挨拶するつって、官舎に行くことにした。  よっしゃ俺も土下座してやるぜっ! なんて勢いだったんだけど、出迎えてくれた親父さんは葬式で会ったこと覚えてて 「あなたでしたか」  とかって、ちょっとだけ笑んで、部屋に招き入れられて、 「藤枝の籍に入る」 「そうか」 「北海道へ引っ越す」 「そうか」  なんて丹生田が淡々と言って終わっちゃった。その場で保美にも電話で伝えたら飛んできて、 「なんてステキ! ブライダルパーティーしなきゃ!」  とかって、やたらハイテンションになってたから「いやっ!」焦って声あげる。 「いやいやいや! ちげーって! てかなんだソレ!」 「結婚するんでしょう? セレモニーは必要よ」 「いやいや、いらねえよ? 俺ら引っ越しするだけだしね!」 「そうなの? つまらないわね。まあいいわ、引っ越すなら手伝いに行ってあげる」 「おまえが?」  なんつって丹生田も親父さんも超疑問な顔してたから、役に立たねえんだろうなとか思って笑っちまったんだけど、保美はまったく気にしてない。 「健朗、橋田と峰にも言いなさい」 「なぜだ」 「大切な友人に結婚を伝えるのは当然でしょう!」 「………………」  丹生田が黙っちまったから、咄嗟に助け船! と思ってくち出す。 「ああ~、まあ、そうかもだけど、なんか照れ臭えし、てか結婚じゃねえし」 「そんなの日本の制度が遅れてるってだけ、胸張って結婚するって広めないと」 「いやだから! そもそもフツーに今まで通りってだけだし!」 「大切な人生の節目を、無自覚に過ごすつもり!? 絶対にダメよ! 健朗もパパも、黙ってないで何か言いなさい!」  丹生田はともかく、親父さんは……ああ~、二人揃って深い溜息。眉間の縦皺ハンパなく深い。てか俺と保美しか喋ってねえんじゃね? 「分かった、でも照れてる場合じゃないわよ?」  えっ!? なに分かったって? 「パパ、あたしが結婚するときもそんな風に尻込みするつもり?」  溜息と共に目を逸らした丹生田に、保美はビシッと人差し指を向けた。 「健朗も! 自分のことなんだからしゃんとしなさい! ともかく橋田と峰には連絡を取って!」  眉間の皺も深く、小さく頷いた丹生田に、 「分かればイイのよ。」  保美は満足げに笑んだ。 「パパも! 連絡取って!」  僅かに目を上げた親父さんに 「ママによ! 言わないでも分かりなさいよ! パパのくせに!」  キツイ目線を向けられ、親父さんはため息混じりに目を伏せる。  すげえ、なぜか会話っぽくなってる。いや保美が一人で喋ってるだけだけど、意思の疎通できてるっぽい。丹生田家すげえ。  てか! 「保美おまえ先走るんじゃねえよ! てかマジでフツーに引っ越しするだけだし!」 「なに言ってるの拓海! あなたもご家族にお知らせして! そしてブライダルパーティーよ!」  そんで保美、全然諦めてなかった。 「だからやんねえって!」  背筋の伸びた立ち姿とかシャキッとしてるトコとか、さすが丹生田の血筋って感じだけど、でも性格は丹生田と全然違ってめちゃ強気なんだな~、なんて思ってたけど。  実は宇梶もビックリの鋼メンタルなんじゃね?  そんな感じで連休は終わり、休み明けに会社行って、現地行くって話通して、丹生田も一緒に旭川に飛んだ。  株式会社六田家具は『MUDA Corp』と社名を変えることになった。海外との取引も始めるから、海外でも通りやすい社名にするべきってコトになったんだ。  つっても社長の家具は『六田家具』ブランドのままだ。MUDA Corpの第一販売部としてほぼ現状継続。だけど受注生産体制は一応終わる。  もちろん、特注を受けて作るってのは続けるけど、職人も増やして、注文受けずにデカい家具も生産して、いくつかの店舗で展示販売もしていくことになった。そんで社長は利益度外視の拘った作品を作ることに注力して貰って、今まで社長が一人で担ってた作品作りの部分を、何人かの職人へきちんと継承するという体制を作ってく。  工房は今の場所から少し離れたトコに、今までよりちょいデカいのを建ててる。完成したら、元の工房は倉庫として使うことになる。  そんで旭川に出来る拠点、第二販売部は社長の家具ももちろん売るけど、それだけじゃ無く、ちょい違う仕事が中心になる。  町の特産とかを扱ってたウェブでの通販部分を拡大して、輸入家具や雑貨なんかも扱うことになったんだ。  海外バイヤーとして任命された妹尾さんは、元々佐藤さんが連れてきたひと。フリーのバイヤーで、今まで嘱託でウェブサイトの管理だけやってもらってたんだけど、今回うち専属、つまり正社員になった。 「やったね、会社のカネであちこち回れる」  なんて喜んでて、五十近いのに嘘みたいに若く見えるチャラいひとだけど、四カ国語話せるんだって。すげえ。  妹尾さんは知り合い何人か連れてきてて、それと現地で採用した人たちとでウェブ管理してもらう。そんでココは、T&O製品の倉庫としても使うことになる。  あの棚から始まって量産するノウハウがどんどん出来てきたT&Oは、棚だけじゃ無くテーブルとか椅子とか、色んな商品を製作してる。今や社員二十二人になって、町の主要産業としなった。町長も大喜びだ。  そんで、うちだけじゃなく他からも販売の引き合いが来たらしいけど、大鳥さんは『買いたかったら六田家具通してくれ』つって全部断ったんだって。  町の特産品も含めて対応するって言ってきたトコもあったらしいけど、頑として頷かなかったらしい。微妙に頑固なとこは大鳥さんらしいかもな、なんて職人たちは笑ってたんだけど、 「いやあ、条件とか言われてもワケ分かんねーし、親も適当な契約すんなつったし、町長も慎重にってうるさいし」  ていう部分もあったぽい。町としても、万一T&Oがコケたらシャレになんないてのもあるから、しつこいトコには自治体として文句言ったりもしたんだって。  第二販売部がウェブで扱う商品の中には海外から直通で送る形になるモンもそれなりにあるんだけど、雑貨とか町の特産品なんか、在庫持っておきたいモンは、やっぱりうちの倉庫で保管する。  そんな風に、業務内容は多岐に渡るし部下も増える。そこの部長が俺だ。  つうか抵抗はしたよ? 俺にそこのアタマ出来ると思ってんの? つって。だけど 「佐藤譲くん、つけるから。彼がいれば業務は滞りなく進めるでしょう」  なんて言われて押し切られた。 「え、それってつまり、俺いなくても佐藤譲がいればOKってことじゃ?」 「全体を見て、進む方向を決めるのが君の役目だよ。実務は佐藤譲くんに頼ればいい」  なんて感じで、なし崩しに押し切られた。  こっち来てからも、俺は採用なった人たちと顔合わせたり仕事振ったりって、みっちり仕事あって、丹生田はその間に家とか探してくれてたし。  そんで保美に言われた通り、橋田と峰に連絡したらしい。そのうち顔出しに来るって言ってたって。  で、俺は姉崎を開設式に呼んでみた。  忙しいから無理かもだけど、ダメ元で。つうか客寄せになるかもってのもあって。  てか今回MUDA Corpとして体勢変わるわけで、海外にも周知したいわけで。少しでも社名アピールしたいうちとしては、良くウェブニュースとかで顔と名前出てる姉崎がいれば、なんぼかでも宣伝になるじゃんね、と思ったのだ。  まあいちお文句も言いたかったし、せいぜい利用してやるぜ~、て感じで。コイツだけは開設式の日に来い、この日に来ねえなら二度と来んなって言ってやった。  こっちきて四日目? 五日目? 仕事終えてホテルに帰ったら、 「相談がある」  と丹生田が言った。 「良さそうな家を見つけた」 「マジ? サンキュ、全部任せちまってごめんな。んでどこらへん?」 「会社から車で十五分ほど。……ここだ」 「へえ~。住みやすそうか?」 「剣道の道場が近くにあってな。そこへ挨拶に行ったとき紹介して貰った。一戸建てだ」 「ふうん。家賃は?」 「藤枝が気に入ったなら、買おうと思う」 「……は?」 「貯金はある。思ったより安い家だ」 「いやいやいや、つうかこっち来て一週間経ってねーよ? そんで家買うって?」 「ココに永住しないとしても、家賃を払い続けるよりは。無論、藤枝が気に入らなければ……」 「え、ちょい、ちょい待って!」 「その為の貯金だ……が、ダメか」  ずーんと落ちたりしたから、ともかく見てから! つってその場は治まったんだけど。  次の日1回出社してから見に行ったんだけど、家買うかもしんないったら「それならぼくも行って良いかな」つって佐藤さんがついてきた。  道場近くて会社へのアクセスも良いし、わりとキレイな家だったけど、いきなり買うって!? なんてキョドってたら 「ここら辺は買い物も便利だし、住みやすいかも知れないね」  なんて佐藤さんは言ったんだけど。 「悪くない家ではあるけど、終の棲家を安易に決めるのはどうかな。ココでは木漏れ日がないし。もう少し探してみるというのは許容出来ないのかな、丹生田君」  ちょい黒く笑んで言われ、丹生田はようやく頷いた。  そんで家主さん(道場の先生だった)とも話して、とりあえず即決出来ねえから、いったん賃貸で借りて、住んでみてから決めるってコトで収まった。マジホッとした。  つうわけで引っ越しはこれから。明後日くらいに丹生田は一回戻って、全部やってくれるつうんで、もうお任せすることにした。  もちろん、あの家具は全部運んで貰う。俺らが買い取ったモンだし、そりゃ当然これからも使う。  そう。  これからも丹生田と一緒に。

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