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第1話

ある日、店のアドレスに1通のメールが届いた。 “美世 博光(みよ ひろみつ) 様 二日後、○○総合病院へお越しください。 みことさんがお会いしてがっております。 質屋 (たつみ)” いつもは気にも留めないであろう不審なメールに俺は釘付けになる。 みことは俺がたった数年ではあるが一緒に暮らしていた少年の名前だ。 当時、うちの組の島で得たいの知れない怪しい薬が出回っているという情報が入り、情報のあった建物から連れてこられたのがみことだった。 ここに来た当初のみことは言葉も話すことができず、軽い薬物依存を起こしていた。 薬物への欲求を全て快楽へ変え、俺が与えるものを全てスポンジの様に吸収していくみことに俺はすぐに夢中になった。 「パパ!おそとにとりさんが居るよ」 「そうだね。あれは雀って鳥だよ」 「すずめさん?」 名前も無かった少年に自分の当時好きだったアニメのキャラクターの名前を与え、その名前で呼んでやると、にこにこしながら俺に手を広げてくれる。 俺の事は“パパ”と呼ばせ、色々な事を教えた。 「あっ、ふぁぁ、んっ、んっ!!」 「みことのなか熱くて絡み付いてくるよ」 「ふんん!!」 中学でいじめにあって以来引きこもりなった俺。 太っていて、世間ではキモオタとして蔑まれている俺がどんなことをしても、みことはけして嫌がったり俺の事を否定したりしなかった。 子供特有の柔らかい身体に高い声。 そして、そんな俺が世界の全てであるみこと。 そんなぬるま湯に浸かったような生活に夢中にならない人間が存在するだろうか。 「ほらみことの厭らしい写真を見て、皆シコシコしてくれてるんじゃない?」 「あっ!!うれしぃ…パパァ」 趣味ではじめたアダルトグッツのネットショップはみことが来たことで急成長を遂げた。 みことに使った感想や反応などを商品レビューにすることで売り上げがぐんと上がった。 みこともそれを喜んでいたし、俺も嬉しかった。 しかし、そんな平穏な日々も長くは続かなかった。 「おーい。キモブタちゃーん。弟様のご帰還だぞぉ?」 少年院に入っていた弟の博之(ひろゆき)が帰ってきたのだ。 みことを連れて行こうとする博之を止めようと掴みかかろうとしたところで、俺は呆気なく反撃されてしまった。 そのままみことは連れ去られ、それから何日待っても博之もみことも帰って来なかった。 それから俺は、必死になってみことの事を探したが未だに消息が掴めないでいた。 「キモブタちゃん元気?」 「お、お前!!」 それから数年振りに表れた博之は相変わらずブリーチであろうくすんだ金髪に、趣味の悪い安物のシルバーのアクセサリーをジャラジャラつけていた。 「あれ?キモブタちゃん痩せた?」 「みことはどこだ!」 「みこと?あぁ…あのガキか…今は何処かのおっさんのペットしてんじゃない?それか死んでるかもな」 スカジャンにカーゴパンツといういかにもチンピラらしい服装で、俺の仕事に使っている机の椅子に図々しくどっかりと座っている。 ギャハハハは下品に笑うその姿に俺の怒りは頂点に達した。 「そうだ。キモブタちゃんにプレゼントが…」 「少し黙れ」 スカジャンのポケットからケースに入ったディスクが出てきた。 しかし、俺は自分のポケットから出した器具を博之の首に押し当てる。 バチッ 大きな通電音の後に博之が椅子から転げ落ちる。 「ク…ソッ!てめぇ…何、しやがった」 「みことの場所を吐くまで、俺の仕事の手伝いをしてもらうだけだ」 「は?しご…と?」 博之の顔から血の気が引いた。 痺れているのか上手く動かない身体を動かし、扉の方に這っていく。 しかし、俺はそんな事は気にせずに博之の背中を踏みつける。 「逃げるなよ」 「ふ…ざける、なっ、よ!」 呂律が回って居ない博之を見下ろし、背中に勢いよく足を降り下ろす。 「ぐえっ!」 苦しそうな声が上がるが俺はそのまま足を降り下ろし続けた。 博之から声が上がらなくなる頃ゼーゼーと苦しそうな息使いが聞こえてきた。 「兄さん達は末っ子のお前に何も言わなかったかもしれないけど、昔から俺はお前の事が大嫌いだったよ」 「ぐぅ…」 汚い金髪を掴み、顔をあげさせる。 恨めしそうな顔がまた憎たらしい。 いつも小バカにしてきた俺が自分にこんなことをするとは思っても居なかったんだろう。 「俺の部屋が汚れるからな…吐くなよ?」 俺は博之の髪を掴んだまま部屋を出る。 ブチブチと髪の毛が抜ける感覚があるが俺は構わず博之を引きずる。 「若!坊っちゃんを何処へ?」 「拷問部屋に行く…後で俺の部屋から適当にダンボールを持ってこい」 「しかし…」 「お前も同じ目にあいたいか?」 部屋を出た所で下っぱ達が俺の元へと飛んでくる。 いつもおどおどしていた俺が思わぬ事を口にしたことで皆怯んでいた。 みことを連れ去られてから、みことを探すために俺は部屋から出て嫌だった家の事を手伝うようになった。 嫌いだった外回りにも行き、少しでもみことの情報を集めようとした。 100kg近くあった体重も今は平均体重まで落ちるほど俺は俺なりにみことを必死になって探したのだ。 しかし、みことを連れ出した本人に全くの反省の色がない。 怒るなという方が無理な話だろう。 「頭にはなんと…」 「兄さん達には後から言っておく」 渋る組員たちを置いて、俺は拷問部屋へと向かった。 拷問部屋とは、行きすぎた行動をしてしまいがちなまだ入りたての組員にヤキを入れるための部屋だ。 なんて事はない。 身体に組のルールを叩き込むだけの簡単な事である。 ガレージの奥にある分厚い扉を開けて、階段を降りていく。 コンクリートの床には所々茶色いシミがついているが部屋の役割を考えるとなんら不思議な事はない。 「クソッ!後で覚えてろよ!」 「雑魚が言う台詞だぞそれ」 俺は明らかに頭の悪い弟へ向けて、はぁとため息をついて髪の毛から手を離してやる。 指には大量の髪の毛が絡み付いており、俺はそれを手を振って払い落とす。 「ぎゃっ!」 「汚い声だな」 俺はもう一度博之の首に器具を押し付けると電流を流す。 部屋にバチッと音が響いた。 「別にお前達みたいに変に改造してないから死にはしないぞ」 俺は手の中の器具…スタンガンを目の前でぷらぷらと振って見せると流石に衝撃が強かったのか意識が混濁しているようで目の焦点が合っていなかった。 「丁度いい…お前が気絶している間に楽しいパーティー会場にしといてやるからな」 「う…」 博之がそのまま目を閉じたので、俺は携帯を取り出してカメラのアプリを起動させる。 そのまま倒れている博之を撮影すると、少しはすっとしたがまだ胸のもやもやは晴れなかった。

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