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⑯
魔王城に入ってからは少し苦戦することもあったけれど、順調に階層を上がって行った。
僕は相変わらず、右手に極結界石と左手にエリクサー。
――そして、最上階。
玉座に座る魔王と勇者様が対峙した。
全身から黒い霧を立ち昇らせる魔王はその黒い物体を使って攻撃してくる。
全ての状態異常を吹っ掛けてくる、嫌な技だ。聖女様がひたすら状態異常を回復しながら、傷も癒していく。
勇者様と王女様が攻撃魔法で連続攻撃、猫耳娘が弓で攻撃しながら補助魔法で後援。そして怯んだところを勇者様と女騎士様が魔王の懐に飛び込んで直接攻撃。魔王の体力をガンガン削っていく。
魔王が膝をつけば、勇者様が女性陣に目配せする。
聖魔法の上位魔法で勇者様しか使えない光魔法を唱えると、聖剣が輝きを湛え始め、その空間が光に満たされる。その輝きに魔王が咆哮する。
勇者様が剣を構えなおし、ひと蹴りと共に宙に舞った。
落下と共に、魔王にめがけて剣を振るう。
そして、一刀両断。
魔王は光の空間の中で轟音と共に拡散し、静かに消滅した。
見事な立ち回りだった。
思ったよりあっけない最期だった。
ああ、終わったんだ。魔王を倒したんだ。
良かった。勇者様も女性陣も無事だ。
光が薄れ、そこに色が戻ると、女性陣が思い思いに、ガッツポーズしたり、跳ねたり、ハイタッチしあったり。そして最後に勇者様に女性陣皆で抱きついた。
僕といえば、立派な柱に隠れて、皆の無事をただ祈ることしかできなかったけれど、感極まって涙が溢れでた。
「ハヤト、お疲れ様」
「これで胸を張って帰れるわね」
「美しい太刀を見せてもらった」
「うわぁあん」
僕も勇者様に抱きつきたかったけど、戦わなかった僕が到底入って行ける場所じゃない。そっと後ろからついて行こう。
ワイワイと涙を浮かべつつも興奮気味に玉座の間を後にする勇者様御一行。
そんな感動的な雰囲気に水を差したくなくて、僕は気配を消した。もともと影の薄い僕の、得意中の得意なスキル。
その時だった。
黒い霧が僕の前を通り過ぎた。その先には勇者様の背中。
何かの気配に気づいて勇者様は振り返るけれど、遅かった。
その黒い物体は一直線に振り向いた勇者様の胸を貫いた。
けれど、その光景は歪み、何もなかったかのように、そこには先ほどと変わらず和気あいあいとした雰囲気の勇者様御一行の姿があった。
なんだろう。
もしかして……、と僕はエルフの長老様からもらったネックレスを握った。
視線を先ほどまで魔王の座っていた玉座に映すと、そこには何か黒いものが燻っていた。
それがある目的をもって動き出す。
僕は柱の陰から飛び出した。レベル100もあると、体が意志に追いついてくれる。
「勇者様!!」
それはちゃんと言葉として口から出たのか、悲鳴だったのか、そんなことを考える余裕すらもなかった。
――僕はただ、勇者様の背中を守るように立った。
ドン、と胸からお腹にかけて何かがぶつかる。それは数歩後ずさるほどの衝撃だった。
バランスを失ってそのまま後ろに倒れつつ、僕は自分の右手を見た。
あれ?
結界石は?
そっか、さっきインベントリにしまったんだ。
あぁ、バカだなって、最後まで何やってるんだろうって。フフって笑ってしまった。
このままだと背中打って痛そう、とか、お腹に刺さってる黒いガラスの破片みたいなを見て、抜けるのかなとか、ここで死んだら妹に会えないなとか、せっかく魔道具たくさんもらったのにとか、なんだか色んなことを考えた。
でも、背中は打たなかった。
それは、勇者様が僕を受け止めてくれたから。
その勇者様は見たこともないくらい驚いていて、焦っているように見えた。
僕の方が驚くよ。勇者様に抱えられるなんて。
「ありがとうございます」ってお礼を言おうと思ったけど、ゴボリって口から液体があふれ出た。僕の苦手な血の匂いがする。
「こッの…バカヤロウが…っ…!」
怒られた。
怒れるってことは元気ってことだ。よかった。
恋人の所に、ちゃんと戻れるんだ。よかった。
――本当に良かった。
なのに、何だか泣きそうな勇者様の顔がみえて、僕は手をのばした。実際には少し持ち上がっただけの手を勇者様が握ってくれる。こんな嬉しいこと、今までなかった。
僕は笑った。笑えたと思う。
目が霞んで、音も聞こえなくなって、ゆっくりと闇に包まれていく。
そんな中、ふ、と唇に何かが触れた気がした。
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