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爽やかな夏の風が、地面に落ちている汚れた桜を散らしながら青色の葉までも揺らしていく。心地よい強さの風が火照った頬を撫でるのには少し強すぎるけど、今の自分にはこれくらいが丁度いい。
百川 橙里 は、先程触れた柔らかい感触を思い出しながら大股で歩いていく。部活動をしている生徒が多い中歩くことは普段の自分ならば絶対にしない行動だ。
脳内に浮かぶのは、欲情で燃えている瞳をした幼馴染──北見 稜 のこと。整った顔を至近距離で見つめて数秒。橙里は高校生にしては鍛えられた身体を力強く押し、逃げるように帰路へついた。
あんな顔をするなんて想像もしなかった。飢えた獣のような、雄臭い顔だ。
十年近く共に過ごしてきても、あんな顔を見ることなんて一度もなかった。いつも何事も興味がなさそうな顔をして、他人に対して関心や興味を抱くことすらない男が。
──キス、してくるなんて。
明日からどんな顔をして接すればいいのか全くわからない。普通にすればいいのか、それとも動揺したフリをすればいいのか。
真っ白なカッターシャツに、鮮やかな青色のネクタイが風に煽られて宙に彷徨う。それは、憎らしいほど真っ青な空と同じ色だった。
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