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全て9

 二人のやり取りを聞き流しながら日誌を書き終え、ぱたんと閉じる。  教卓の上に置いて机に戻ると、橙里も鞄を持って稜のあとをついてきた。山本はこれでも風紀委員会に入っているから一緒には帰れない。 「じゃあな」 「おー、じゃあな。稜、橙里のこと襲うなよ?」 「誰がするかよ」 「山本、明日覚えてろ」 「ひぃっ!」  橙里が軽く脅した時によし、と思ったのは内緒だ。  人気のあまりない廊下を二人で歩く。稜の左隣に橙里がいるのが恒例で、いつも左を見れば橙里がいる。  これが少なからず稜に安心感を与えていることに、恐らく橙里は気づいていないだろうな。 「……僕と稜ってそんなにつき合ってるように見えんの?」 「らしいな」 「変なの。いつも一緒にいるだけなのにね」  そうだから、つき合ってるように見えると思うのだが。  橙里はいつもどこか抜けている。頭はいいくせに、変な奴だ。 「嫌か? そう思われるのは」 「ええっ……? 嫌だったらこうやって一緒にいないだろ、馬鹿」 「馬鹿、か」 「あっ、嘘です嘘です」  橙里に無表情のまま目線を送ると、慌てて訂正してきた。別に馬鹿だと言われても構わないが、橙里が面白い反応をするため睨みを効かせてやる。  本当に、かわいい。 「稜、今日僕の家来ない?」 「……行く」 「ふふー、やった」  こんなにも愛しくてかわいい俺の親友が、十数年後には俺のものになっている、というのはこの頃の俺は知らない。 --------------- 「……なんだ、これ」  仕事のための資料を探していると、やや古くなった本のようなものと、写真が出てきた。  何だったか、と思い出してみると高校生の時の懐かしい記憶を思い出した。  我ながら、無愛想すぎたな。  少しだけ口を緩めながら写真を見てみる。  頬張っている橙里に、寝ている橙里。今の橙里より幼くて、色気はない。高校生の時は色気よりかわいいが勝っていたのか。  今の橙里も昔の橙里もどちらも好きだけど。  やはりかわいい、と思いながら見ているとぱたぱたと足音を立てて橙里が近づいてきた。 「稜ー、見つかった? ……って、何見てんの」 「橙里も見る?」 「……?」  写真をひらひらと見せると、橙里が稜の隣に座った。写真を渡すと、瞬く間に橙里の顔が赤く染まっていく。  耳まで真っ赤だ。 「なっ……なんでこんなの持ってんの!?」 「腐男子、とやらに渡されてな。かわいいだろ」 「かわっ……ていうより、間抜け面してんなあ……今よりなんか丸いし」    そう言いながら自分の顔の輪郭を触った橙里。確かに、高校生に比べたら顎はシャープになっているような気もするが。 「なんで稜の写真はないのー? 見たかった……」 「卒アル見ればいいだろ」 「そうじゃなくてさ、こういう……こういうのだよ!」 「俺はそんな間抜け面はしない」 「くそっ」  悔しそうに顔を歪めた橙里を見ているうちに口角が上がってしまったようで、橙里は稜の顔を見て目を見開いた。  目玉が零れ落ちてしまいそうになるくらい開き、見てきたかと思えばへにゃ、とすぐに目を細めた。 「稜、笑うようになったよねぇー、んっふふ」 「おい……まあ、おまえに変えられたからな」 「僕が変えたのかあ……そう思うとなんか嬉しいな」 「俺も驚いたな。まさか橙里がこんなに淫乱だとは思わな……」 「淫乱じゃなーい!」  少しからかってやると、すぐに反論してくる。  この性格はまだまだ健在のようで嬉しい。これが橙里だと思うとひどく安心する自分がいるから。 「橙里」 「っな……に」 「俺は、おまえの全部が好きだよ」 「……あー、不意打ちずるい! かっこいい! 好き!」  胡座をかいた膝に肘をついて、橙里のことを見上げるように言ってやれば、橙里が顔を覆って訳わからないことを言い始めた。  まあ、そういうところも含めて。 「茶でも飲むか」 「……話逸らしたな?」 「いや? 高校生の時の話がしたくなって。したくねえならいいけど」 「するー!」  橙里が、好き。                 〈完〉

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