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前編

「ぅんっ…!」  壁に押さえつけられて、顔を軽く打ち付ける。痛みに顔をしかめた希望(のぞみ)が睨むのも構わずに、ライの大きな手が背後から伸びてきた。 「ラッ、ライさん…っ! ぁっ、やっ……!」  節榑だった指がTシャツの裾から入り込んで無遠慮に胸を撫でる感触に、希望はぞくぞくと震える。腕を掴んで止めようとすると、逆に掴まれて、壁に押し付けられてしまった。 「壁に手ついて、動くな」 「っ……!」  耳元にライの低い声が響いて、そこからざわざわと全身が甘く痺れてしまう。拒もうとしたはずの希望は何も言えなくなって大人しく両手を壁についた。 「そのままいいこにしてな」 「う、ぅん……! ぁっ…はぁっ…んっ……」  大人しく従った希望の首筋をライの唇が這う。時折吸い上げて跡を残したり、噛みついたりすると、その度に希望の身体がびくりと震えて、小さく悲鳴をあげた。どこもかしこも弄ばれて、希望の身体は熱くなっていく。    じっくりと時間をかけて希望の身体を愛撫してから、ライは希望のズボンを下着ごと脱がした。希望のそこは、大人しく戸惑ったままの希望の態度とは対照的に、これから与えられる快感の予感に震えて涙を流し、頭をもたげている。その先走りで後ろを解いていく指を一本、二本、そして三本と増やしていった。  希望がじっくり慣らされながら与えられる甘い刺激に気を取られているようなので、時折不意をついて胸を弄ぶ。胸の刺激に反応して、下で咥えた指をきゅうっと締め付けるので、その反応の良さを楽しんだ。何度かそうやっていると、弄ばれていることに気づいたのか、希望が潤んだ瞳でライを睨みつける。 「んっ、もぉ……! あっ、あそば、ないで…っ!」 「……ああ、ごめんごめん」 「ひぁ……っ!?」  乱暴に全ての指を一気に抜き去ると、突然のことに希望が悲鳴をあげて、身体がびくんっと大きく震えた。尻をつき出すような体勢で、Tシャツも捲られ胸を晒されても、律儀に両手は壁につけたままの希望の様子にライは笑う。じっくり慣らされた蕾は赤く充血して、ひくひくと震えて受け入れようと待っているようだった。  十分楽しんだし、いじめたし、もういいか。と、ライは自分のものを希望の尻の間に擦り付ける。 「ひぅっ……?!」  熱く、固くなった欲情の証に、びくりと身体を震わせて、希望が振り向く。こうされることなどとうにわかっていたはずなのに、希望が驚いた顔をしていることがライには可笑しかった。  わざとゆっくり、ひくついているそこを刺激するように擦りあげると希望の腰が震える。 「っあ、んぅっ……!」 「焦らしてごめんな」 「えっ!? ち、ちがっ……!」  希望が、ぶわわっ、と焦りと恥ずかしさで赤くなり、より一層瞳が潤んだ。にやにやとからかうように笑うライを見つめて、抗議するようにぎゅうっと口を噤む。けれど、擦り付けられた熱がぐっ、と押し当てられて、希望はギクリと身体を震わせた。 「ま、待って! 待って…っ! ゴム……! ゴムつけてっ!」 「あぁ? ……えー? どうしよかなー」 「あっ! だ、だめっ……!」  構わずにゆっくりと押し込もうとライに、希望が首を振って逃げるように腰を引く。その細腰を掴んで引き寄せた。 「んっ……! だめぇ……っ!」 「だって、ゴム持ってねぇもん」 「あ、あるから! 俺、ちゃんと……!」 「……へぇ、持ってんの?」 「持ってるっ…持ってるからぁ……」  感心したように呟いたライが希望のズボンを探る。太股辺りまでずり下げられていたズボンの後ろのポケットにコンドームが入っていた。ライは再び熱を希望のそこに押し付けて、希望の顎を掴んで顔を上げさせると、コンドームを目の前に見せつける。 「自分がヤられるために持ってたの?」 「っ……」 「可愛いことするね。やらしー」  からかうように耳元で囁くライの低い声と息遣いに、じっくりと擦り付けられる大きくそそりたった熱に、希望はゾクゾクと震えた。 「っ……! だって…っ! ライさんが…っ」 「ん?」 「…っあ、あんたが、付けてほしかったら自分で用意しろって、言ったんじゃん!」  だから俺やらしくない! と怒る希望をライは少しの間黙って眺める。ああ、そういえばそんなことも言ったな、と思い出した。  思い出したものの、少し前の話だったのと、希望をからかうつもりで言ったことだったので、それを真に受けていた希望に呆れつつも感心する。希望にはライに表情は見えないが、ライは笑っていた。  コンドームの袋を噛んで、横に引くとあっさり破れる。中身だけ器用に取り出すと、ジェルでてらてらとしているそれを希望にも見せつけた。 「つけてあげる」 「え、あ、…う、うん……!」  希望はほっとして頷いたが、ライは希望の雄の部分にそっと手を添えた。今まで放っておかれた敏感な部分に急に触れられて、希望は悲鳴をあげる。 「ひぁっ!?」 「動くなよ。つけてやるから」 「え!? ちっ違う! 俺じゃなくて……! あっあぁっ……、ん、はぁっ……」  希望は慌てて逃れようとしたが、ライが希望のものを大きな手で二度、三度と上下に擦ったので動けなくなる。希望が甘い吐息を溢して震えるが、コンドームをつけようとすると弱々しく首を振った。 「おれの、じゃっ、なくてぇ…っあ…! んぅ…っ、…ラ、ライさんの……!」 「お前、前に床汚したくないって言ってただろ?」 「あ、あぅ…っ、でも……! あっ……!」  散々弄ばれた身体では足も震えて、抵抗らしい抵抗もできないまま、希望のものはすっぽりとコンドームの薄い膜に覆われてしまった。  ライが希望の腰を掴み、希望のひくついた敏感な場所に己の熱をぐりっと押し当てる。焦らすように擦られて、それだけで、希望はびくびく震えて、切なげに鳴いた。 「ぁんっ…! まっ、まってぇ……!」 「今度は俺のも用意しておいてよ」 「ぇっ…!? あ、あのっ……! ひゃぁっ……!」  じわじわと入り込もうとする熱を感じて、希望は声を押さえられずに甘い声を響かせる。ふるふると首を振ってライを見つめるが、ライがふっと笑うと、希望はきゅんっと蕾をひくつかせてしまった。 「俺はお前の中に出すから、こぼさないようにな」 「……ぅっ……ぁっ……」 「ん?」 「あっ……ぅんっ……は、ぃ……っ」  ライを見つめていた希望は諦めたように頷いて、受け入れる為に力を抜く。それを見て、ライは先の部分をゆっくりと入れて、そのまま一気に貫いた。 「はっ、っぁああっ! あぁっ! ぁんっ……!」  じっくり慣らされ、焦らされた希望の中は待ちに待った熱で突かれて、悦んで奥まで飲み込んでいく。 「こんなに頑張って吸い付かなくても、中に出してやるって言ってんのに」 「ぁっ、あぁっ……! そ、んなこと…やぁっ……!」  屈辱を煽るような言葉と容赦なく奥を突いてくる熱に翻弄されても、希望は壁についた手を離さないように必死に縋っている。揺さぶられて、少し爪を立て壁を引っ掻いてしまっているが、傷にはならないだろう。  肌がぶつかる音とずっぷりと雄を受け入れた蕾からはいやらしく濡れた音、そしてそれに合わせて希望の嬌声が広い室内によく響いた。    希望の身体は、細身だが逞しい。鍛えられた柔軟な筋肉がバランスよくついている。  今、ライの目の前に晒されている背中も、揺さぶられ、奥を突かれる度にびくびくっと震えて、しなやかな筋肉の動きがよくわかる。  歌手という仕事柄、大胸筋を鍛えているためか、元々そういう体型なのか、他の部分に比べて胸の肉つきがよい。希望はそんなつもりで鍛えていたわけではないと怒るけど、肉つきのよい大きめの胸は見た目だけではなく後ろから揉むように掴んでも、その存在感のある触り心地でライを楽しませた。  初めて身体を暴いた時はまだうっすら色付いて、つんと小さく控えめだった胸の突起は、今や周囲が膨らんで中心部はぷっくりと美味しそうな色に染まっている。元々感じやすい箇所だったが、じっくり弄ばれ続けた結果、性感帯のひとつとなってしまった。  胸と同じように、歌う為に鍛えた腹筋は、大きく育った胸筋と比べて引き締まって、腰を細く見せる。  細腰から下へは、急に柔らかなラインになって、形よく丸い尻と太股へと続いた。他の身体の部分は皮膚のすぐ下に逞しい筋肉の存在を感じるが、この尻に関しては、少し違う触り心地だった。引き締まっているもののむっちりとしてほどよく柔らかく、掴めば掌を跳ね返すような弾力もあるので、胸と同様にライを楽しませてくれる。  その双丘の奥は、激しい行為のせいで赤くなってしまったが、受け入れたライのものに吸い付いて離さない。快楽を叩きつける度に尻の肉が衝撃に揺れ、咥えこんだそこは一段と締め付けて、ビクビクと震えた。  希望の肌はしっとりとしていて白く柔らかく、跡が残りやすい。前の情事の跡がまだうっすらと残っていたが、その上から、また一つ一つ、ライの跡を付け直す。無防備に晒されたうなじにも、ライの噛み跡が残っている。傷が治りかけているようだったが、問答無用でもう一度噛みついた。びくんっと希望の身体が震えて、中をきゅうっと締め付け、小さく痙攣を繰り返す。 「……軽くイッちゃった?」 「ふ、んぅ……ぁっ……ぅんっ……!」  素直に小さく頷いて震える希望に笑みをこぼす。 「あっ……っ、も、もぉ、だめぇ…っ……立って、らんなぃ……っ!!」  希望は足をがくがく震わせて、懇願するようにライを見つめる。ライは希望の腰だけを掴んだまま揺さぶっていたが、希望の縋るような眼差しに煽られて、より一層激しく腰を叩きつけた。 「アッ! アァッ! ンッ……ぁん! んぅ…! だっだめっ…やッ、ぁあっ…! …ああっ!」  それでも壁に手をついて耐える希望にライは口許を歪めて笑った。  縋るもののない壁を支えにして、なんとか腰を落とさないように、言いつけを守ろうとする姿はライを煽るだけだった。  希望の弱い奥を抉るように、ぐりぐりと腰を回すと、びくびくっと背中が震えて仰け反った。 「ァアッ……!? やっ、あぁっ! んぅ…ぁっ! そ、こっはっ……あぁ…っ!」 「ここ好き?」 「あぁっ、んぅ! だめぇ…っ!」 「自分で腰動かしてんのに?」 「っえ……! ぁっ……んっ!」  無意識にライの腰に押し付けるようにゆるゆると動いてしまった自分に希望はかぁっと赤くなった。  震えて、ライの様子を窺うように見つめている。 『ライさんにどう思われたかな……?』  そんなことを考えて不安になっているのだろう。  その姿はしおらしくて、ライの加虐心を刺激する。 「素直で可愛いね、お前」  ライが笑うと希望の中がきゅうぅっと締まる。 「ぁっあぁっ……ぅっ、ぅん……! あっ……ライさ…っ…ぁん…っ」  希望は瞳を潤ませて、身体を震わせる。ライはその瞳の誘われるまま、身体を近づけた。控えめに壁に爪を立てる希望の手の上から自分の手を重ねる。  胸に希望の背中が当たると、びくりと大袈裟に震えて、きゅんきゅんと締め付けて反応した。耳まで赤く染まっているのを確認して、首筋に口づけをする。 「あっ、ぁん……! ……っはぁ……!」  ぞくぞくと背中を走る甘い痺れに、希望は息をついた。ライが首筋に唇を這わせながら、希望の両足の間にグリグリと太股を突っ込み、足を開かせる。  壁とライに挟まれ、両手も壁に抑えつけられたまま、希望は逃げ場を失った。後ろから激しくがくがく揺さぶられ、必死に耐えているが限界が近い。 「やぁっあ、ッアァ! ラッ、ライさっ…ライさぁん…っ!」 「ん? なーに?」  耳元で囁くと、それだけで希望は達しそうなほど中を痙攣させた。  声に反応するようには躾けた覚えはないが、ライとしては手間が減って喜ばしい限りだった。 「もっ、もぉ、だめぇ……っ! イッ、イッちゃっ、ぅんっ……! イくぅっ……!!」 「あぁ、そう?」  以前ライの気まぐれで、イきそうになったら報告するようにと教えたら、今でも希望は律儀にその教えを守っている。  素直で覚えのいい男だとライは喉の奥で小さく笑うともう一度耳元に唇を寄せて囁く。 「イっていいよ」 「っ……!! ……アッ! ああっ、やっアアッ…!」  そう言って首筋に噛みつくと、希望の全身が電気でも走ったかのようにビクビク震えた。締め付けてきつくなる中を、大きく強く抉る。 「ああっ! あんっ…! アッ、アアッ…!」  ビクビクと震える内壁が限界を知らせる。構うことなく快楽を叩き込むとびくんっと大きく身体が震えた。 「あっ、ぁっ……! ぁっ……! ァアッ――――ッ……! …アッ、アッ…! あぁっ…あっ……! んぅっ…!」  希望の身体がびくんびくんっと震えながら達したようだが、奥に叩きつけられる熱にさえ反応してさらにイき続けた。 「ン、んぅ……ぅぁっ、ふ、くっ……ぅん……っ!!」  注ぎ込まれたものを飲み込むようにきゅうきゅうときつく収縮してライのものを離さない。必死に纏わりついていたが、そこから、乱暴に引き抜く。支えにしていた熱い楔を失い、縫い付けられるように抑えられていた両手も離されて、希望は膝から崩れ落ちた。  そのまま倒れそうになった身体を腕で支え、何とか倒れるのは回避するが、快感の波が去りきらず震える。 「んんっ…ふ……ンッ……はっ…ぁっ…ん……っ」  へたり込んだまま、ビクッビクッと絶頂の余韻に耐えるが、身体が震える度に、中に出された白濁の熱がこぷっ、と溢れて床を汚した。 「なあ」 「んっ……?」  希望が顔をあげると、目の前に今まで自分を散々犯していたものが差し出される。 「綺麗にしてみて」 「えっ、あ……っう、うん……」  希望は戸惑いながらも、頷いてライの方に身体を向けた。ライの長い足の上にあるそれを見上げて、まだ震えて力の入らない自分の足を何とか動かして両膝で立つ。力が入るせいか後ろからとろとろとライの精液が垂れてきて希望の太股を伝った。それが気になるのか希望は身動ぎしながらも、ライのものに両手を添えて咥える。  舌と唇で丁寧に舐め取り、ちゅうっと先端を吸って中に残った精液も吸い上げた。 「んっ…ふ、んぅ……」  吸い上げた精液を口に含んだまま、ちゅぽ、と口から離す。  吐き出す先を探そうとして顔を逸らした希望の頬をライの大きな手が捉えて、もう一度自分の方へ向かせる。  ライはもう希望が綺麗にしたものはしまっていて、少しかがんで希望を覗き込み笑っていた。服装はほとんど乱れてない。  それに対して希望は頬を赤く染めて、汗ばんだ肌と白濁に汚された身体、捲り上げられたままのTシャツに足元でぐしゃぐしゃなっているズボンや下着は辛うじて足に絡んでいるような有り様だった。乱れているのが自分だけのようで、そんな姿をじっと見つめられて希望は恥ずかしそうに身をよじる。  けれど、ライからは目を離さない。潤んだ瞳でじっとライを見つめて待っている。  妙に従順な態度がおかしくて、ライは笑みを深くした。 「口の中見せて」  ライの言葉に希望は少し戸惑ったような顔をしたが、小さく頷いて、口を開いた。  ほんのり色づいて濡れた厚めの唇に白い歯と少し目立つ八重歯、その奥の綺麗な赤い舌の上で、唾液と混ざりあった白濁が溜められている。 「それ、飲める?」 「ふぇっ……?」  口を開けたまま、希望は情けない声を上げた。  奉仕に口を使わせたことも、口内を犯したことも初めてではないが、今まで希望が精液を飲み込めたことはなかった。  まあ、最初だし、これくらいの量ならいけるか?  ライはそう考えていたが、希望は戸惑っているようだった。追い討ちをかけるようにライは首を傾けて見つめる。 「どうする?」  問いかけているようでいて、実際は希望に選択肢などないことは希望自身も、問いかけているライもよくわかっていた。  希望はライを拒めない。求められるままに、要求に応じてしまう。 「……っ、ん、ンンッ……!」  希望はぎゅっと目と口を閉じて、口の中のものを飲み込んだ。  喉の奥に残るねばついた感触に僅かに眉を寄せて、けほっけほっ、と咳き込んだが、涙目で再度ライを見つめた。  出来たよ、誉めて、と訴える犬のようだとライは思った。 「ハハッ……えらいえらい」  軽く嘲るような、感心したような笑い方をして、ライが乱暴に希望の頭を撫でる。犬みたいだから、犬を誉める時みたいに少し大袈裟に、柔らかなグレーアッシュの髪を乱すように撫でた。  それだけで、僅かに希望の表情がふにゃりと緩む。ライさん楽しそう、嬉しい。とでもいうような表情だ。希望は分かりやすい。  それを確認するとライは興味を失ったように希望からさっと離れていく。  座り込んだままの希望を置いて、ソファに腰を下ろし、何事もなかったかのように雑誌を広げた。ライは希望の視線を感じていたが、しばらく放っておくと希望がゆっくりと動き出して、もそもそと汚れた床を拭き始める。  その後も希望の視線を時々感じたが、ライが反応する気がないと分かったのだろう。諦めたらしく、やがて視線を向けることもなくなった。    ***   「ライさーん、ごはんできたよー?」  パソコンの画面に視線を落としていたライが、顔を上げると希望がにこにこして覗き込んでいた。 「ごはんですよ。お仕事おしまい!」 「……」  何が楽しいのか、希望はにこにこと笑顔を向けている。黙ったままのライに首を傾げながらも、ライがパソコンの画面を閉じると、満足したように食卓へ戻った。  鼻唄混じりで、心なしか弾んでいる足取りだ。ライが席につくと、希望が炊きたての白飯と湯気が漂う味噌汁をライの前に置く。相変わらず、にこにこ笑っている。ライはその様子を眺めていた。    ……こいつ、さっきのこと覚えてねぇのか?    希望はあの後、汚してしまった床を自分で掃除して、シャワーを浴びて、そのまま夕食の支度を始めた。多少無茶をしてもすぐに動ける希望の頑丈さは面倒がなくて良い。  しかし、ヤり捨てに近い形で放っておいてみても、希望は傷ついた様子も堪えた様子もなかった。希望はセックスを愛の営みだと考えているような男だから、ヤるだけヤって、何の余韻も情緒なく、甘い言葉も労りもないまま置き去りにすれば少しは悲しむかと思ったけれどそうでもないらしい。あるいは気丈に振る舞っているだけなのか。  テーブルの上には白飯に、なめこと豆腐の味噌汁、ほうれん草の胡麻和え、豚の生姜焼き、その同じ皿にはキャベツとポテトサラダが丸い形で盛られている。  さっさと食べ始めたライの後に、希望も「いただきまーす」と行儀よく手を合わせて、箸を持った。育ちの良さを感じる所作で、自分で作った料理を丁寧に口に運ぶ。ライはその様子をじっと見つめている。    飲ませた白濁が、その食事の栄養と共に、希望の奥深くまで染めてしまえばいいのに。  希望の中に吐き出した熱が、命を孕まない代わりに、毒のように蝕んでしまえばいいのに。    何事もなかったかのように振る舞う希望をライは呪いでもかけるかのような歪んだ想いを込めて見つめていた。  その視線に気付いた希望が首を傾げながらも微笑む。 「ライさん、美味しい?」  先程までも艶めいた眼差しではなく、金色の瞳を覆う涙の厚い膜がこれでもかというほど光を拡散させてキラキラと輝く。  小料理屋、または居酒屋だったか。詳細は聞いていないが、父方の祖母の店で手伝いをしていたこともあって、希望は料理に自信があるらしい。特に家庭的な和食と酒の肴に関しては得意だと本人が言っていた。  ライも希望の料理に不満はない。もともとライは食に関して「不快にならない程度の味付けで、食えればよい」と考えていた。  生きるのに必要な栄養を摂取できればいい。肉体を維持するのに必要だから食う。  食に対してはその程度で、こだわりがない。というよりは、興味がない。  しかし、ライと希望は味の好みが似通っているらしい。ライが選んだ店は希望も気に入るし、希望が作った料理にライが不満を抱いたことは一度もなかった。今もそうだ。どちらかと言えば、好ましい味付けと言えるだろう。店レベル、とまではさすがに言わないが、この料理が出てくるのならわざわざ外食する必要はないとさえ思った。 「……ああ」  しかし、それをすべて希望に伝えることもないと、ライは短い返事をした。  それだけでも、希望はにっこり笑う。 「……そっか、よかったぁ」  希望はにこにこしながら食事を再開した。  希望が笑う前に、何かもっと言葉が欲しそうな、できれば誉めてほしいとでもいうような間が空いていたことにライは気づいている。  だけど希望はそれ以上何も望まないし、ライもむやみに与えたりはしなかった。    ***    希望の身体を強引に奪い、身体の関係に至った。 『他の人に手を出さないで。俺だけにして』  と、ライからしてみたら何とも馬鹿げていて、腹立たしい、自己犠牲心溢れる希望からの提案が始まりだ。初めて希望を犯した後、希望を誘うついでに、暇潰しで周りを弄んでいたことがよほど嫌だったらしい。けれど、希望が一人で挑んできたことに、ライはひどく苛立った。後悔させてやりたくて、ライは希望の提案を受け入れ、それはしばらく続いた。  しかし、何をどう間違ったのか、希望はライに心も奪われてしまったらしい。希望は何も言わなかったが、ライはすぐにそれを察した。ただ、何故そうなったのか全く理解できなかった。  ライは希望のことを、もう少し賢く理性的な男だと思っていたが、過大評価だったらしい。元々優しく抱くと『勘違いしそう』と何度も言っていたから、きっとそう言うことだろう。気の迷い、とでも言おうか。本人が一番不本意に違いない、とライは考えている。  しかし、いくら傷つけても、束縛しても、快楽を教え込んでも、ライの思うようにできなかった希望が自ら堕ちてきたことに、ライは悦びを感じた。  だから、希望がライへの好意を伝えようとしないまま、関係の解消を申し出た時もあっさり受け入れた。好みの身体と反応をする男だったし、惜しくもあったけれど、希望の愛に応えないことが一番希望の心に長く傷を残せるような気がしたのだ。  希望は神に愛され、家族に恵まれ、才能があって、誰もが彼の幸せを望むような男だ。だが、ライがその愛に応えない限り、希望の望みは永遠に叶わない。そう思うと、暗い喜びに心が震えた。  しかし、ライの暗い喜びはすぐに掻き消されてしまう。希望を解放してすぐのことだった。  初めて希望が歌う姿を見て、ライは思い知った。自由で、孤独で、誰にも傷つけられない世界。聖域のような空気を纏って希望は独りで歌う。しっかりと立って、自分の道を歩もうとしている。    希望は、ライと出会った頃のまま、何も変わっていなかった。  ライにとっては屈辱以外の何者でもない。変わらないままの希望が許せなかった。  希望自身は叶わぬ恋を秘めたままライを避けていたが、ライが再び迫ると、諦めたように笑って、ライを受け入れた。 『好きにしていいですよ』 『あんた、すぐ飽きそう』  そう言って、希望はライに求められるまま、身を委ねたのだ。    希望はライが呼び出せばすぐに来るし、言いつけも守る。料理は得意で、掃除も楽しげにしていた。  今夜会うのは三週間ぶりだが、その間一切連絡をしなくても逢瀬の催促もしなければ、会った時に文句ひとつ言わなかった。今日だって、素直にライの家まで付いてきた。セックスも、多少強引でも、酷くしても、ベッドの上じゃなくとも、ライが求めればいつでも足を開いて応じるし、淫らな姿を晒す。恥じらいがないわけではないから、多少の抵抗もするが、それもライを煽る程度のささやかなものだ。  顔も身体も声も好みだし、一晩中抱き潰しても壊れない頑丈さと気丈さも気に入っている。  しかし。    ……なんつーか。    ライは希望を冷めた眼差しで眺める。    ……こうやって都合よく利用されて捨てられるんだろうな、こいつ。    希望はライを愛してしまったが、ライは希望を愛してなどいない。  それでもライにひたすら尽くして奉仕する姿は、痛々しいほどに健気で、酷く憐れなものだった。

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