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第1話
「あっ、あっ、だ、ダメですっ」
「なにがダメなんです?」
背後から耳元に口を寄せて、そう問うと、オーバーサイズのTシャツを着た背が、官能的なラインを描いて反らされた。
住吉 の手は、そのシャツの中に潜り込み、ぷくりと腫れた乳首を弄っている。
その動きを止めようとしているのか、相手の手が甘い抵抗を示し、住吉を拒んでいた。
「こ、こんなこと……」
吐息のように拒絶の言葉を発する唇は、艶めいて。
その赤色に、住吉の背はぞくりと震えた。
「こんなこと?」
笑いを含んだ声で、繰り返して。
住吉は彼の色づいた耳朶を舐めた。
ぴちゃぴちゃと水音を立ててしゃぶると、その度に背後から抱き込む形になっている体がびくびくと跳ねる。
「こんなことってのは、なんです?」
意地の悪い囁きに、
「ああっ」
と色っぽい喘ぎが被さった。
「酔って寝ている夫の横で、夫の部下に抱かれることが、こんなことですか? ……奥さん」
住吉はそう言って、上司の妻の蕩けた孔に、欲望を突き立てた……。
そもそもなぜこんな状況になっているかというと、発端は飲み会の席で上司である芦屋 恭祐 が酔いつぶれたからである。
足元もおぼつかない芦屋を、住吉が彼の自宅まで送り届けることになったのだった。
住吉は芦屋を尊敬している。
芦屋はまだ四十半ば。その若さで、大手企業の部長にまで昇進した男だ。
芦屋の直属の部下は、チーム芦屋と社内では呼ばれ、エリートの集まりであった。
業績の良いものがチーム芦屋に配属されるのではない。
芦屋の部下となった者の業績が、伸びるのだ。
一体どんなマジックを使っているのか、と他の部署の人間は首を傾げる。
しかし、そうしたわけだから、芦屋の元で働きたいと希望する社員は多く、そんな中でこの度の異動でチーム芦屋の一員となることができた住吉は、僥倖であった。
そして今日は住吉の歓迎会で……主役の住吉に芦屋を送り届けるという大役が任されたのであった。
芦屋の住居は、団地だ。
ただの団地ではない。
ここは、同性愛者専用の団地なのである。
住吉のような駆け出しとは比べ物にならないぐらい芦屋の所得は高額だろうに、一軒家ではなく団地に住んでいるなんて意外だな、と住吉は思った。
しかし、チーム芦屋の先輩たちの話では、芦屋は同性愛者であることを公言しており、また、団地では周囲で暮らす者も皆芦屋同様ゲイであることから、これ以上はないほどハード、ソフト両面に恵まれた環境なのだと芦屋は語っているそうだった。
訪れてみれば、なるほど、きれいな団地である。
タクシーから降車し、車寄せのポーチから見上げると、たくさんの窓が並んでおり、この部屋の数だけ同性夫婦が暮らしているのだと思うと、壮観であった。
住吉は、芦屋の腕を肩に巻き付けて上司の体を支えながら、エントランスをくぐる。
「部長、何階ですか?」
千鳥足の上司にそう問えば、あやふやな口調で部屋番号が告げられた。
住吉はそのまま、エレベーターに乗り、目的の階数ボタンを押す。
上昇する箱の中で、芦屋はほとんど眠っているようだった。
このひとはこんなに酒に弱かったんだな、と住吉は尊敬する上司の意外な一面を知ったような気分でひっそりと笑った。
エレベーターを降りて、廊下を歩く。
芦屋の部屋は角部屋だった。
2人分のビジネスバッグを持っている手でインターホンを押すと、「はい」とすぐに応答があった。
当然のことながら男の声だ。
そうだった、部長の奥さんは男のひとだった。住吉はいまさらにその認識を強くする。
同性愛に偏見はないが、住吉のこれまでの友人にゲイやレズビアンは居なかったので、同性の夫婦を見るのはこれが初めてなのだ。
意識すると、途端に緊張してしまう。
「あ、あの、部長を送ってきました。住吉と申します!」
「えっ! す、すみません。いま出ます」
スピーカー越しに少し慌てたような声が答え、通話が切れる。
待つ、というほどの間もなく、内側からドアが開いた。
中から出てきたのは……。
しっとりとした美貌の青年だった。
若い。
芦屋の配偶者なので、勝手に四十代だと思っていたが……彼は三十代前後だろうか、中々の年の差夫夫 である。
と言っても芦屋もすこぶるつきの男前なので、並び立つとお似合いなのかもしれなかった。
「恭祐さん! うちのひとが申し訳ありません」
部下に支えられてなんとか立っている、という風情の芦屋を見て、彼が目を丸くした。
それから慌てて住吉に頭を下げて来くる。
奥さんの着ている服はオーバーサイズのTシャツで、お辞儀をしたときに、大きく開いた襟ぐりから胸が見えた。
うっすらと盛り上がりのある、オッパイである。
同じ男の胸なのに、なんだかやけに艶めいて見えて……いけないと思いつつも住吉はガン見してしまった。
少しむっちりとした、ほどよく筋肉のついた胸に、大きめの乳輪が見えた。そして、ぷっくりとした乳首までもが隙間から覗いて……奥さんが頭を上げた瞬間に、それはシャツの下に隠れてしまった。
なんというか……エロティックだ。
上司の妻のあらぬところを見てしまった住吉は、にわかにドキドキとした。
奥さんが住吉の腕から芦屋の体を受け取ろうとして……少しふらつく。住吉ほど身長 も厚みない奥さんが芦屋を運ぶのは、中々困難だろう。
「あ、俺が運びますよ」
住吉は彼の動きを制して、芦屋を腕を抱えなおした。
「奥さんひとりじゃ、無理でしょ」
そう言った住吉に、束の間逡巡する様子を見せた奥さんは、
「お言葉に甘えます」
と口にしてまた頭を下げた。
先ほどとは違い軽いお辞儀だったので、胸は見えなかった。
住吉は奥さんの案内で家に上がり、芦屋の部屋まで行くと、ベッドに上司の体を転がした。
ベッドはクイーンサイズのもので、大柄な芦屋が寝てなおスペースに余裕のある様が、なんとなく生々しく思える。
住吉は、ふぅ、と吐息すると、芦屋に布団を被せている奥さんへと
「じゃあ俺はこれで失礼します」
と暇 を告げた。
整った顔をパッと上げた彼が、ほんのりとした微笑を浮べる。
「……ご迷惑でなければ、お茶を飲んでいかれませんか? こんな遅くにお手数をおかけしたお詫びにもなりませんが……」
少し上気した目元でそう誘われ……部長の妻の申し出をヒラの住吉が断れるはずもなく……住吉は、奥さんとともにリビングへと移動したのだった。
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