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第10話
先のことは考えない。
取り敢えず電話を繋いでもらうことだけを考えろと自分自身に言い聞かせる。
先ずはそこからだ。
心を無に。
半ば修行僧と化した斗真の指が機械的にプッシュボタンを押す。
「ん……?」
同時にブー…ブー…と鈍い振動音が耳に届き、次のボタンを押そうとしていた指先をピタリと止めた。
「……?」
─俺のスマホ……だよな?
ブー…ブー…と震える音源は椅子の背凭れにかけてある斗真の上着の中から聞こえてくる。
斗真は受話器を置いて上着の内ポケットを探り、震えているスマホを取り出した。
画面には見知らぬ番号が表示されている。
─まさかあの人じゃないよな。
知らない番号に心当たりがあるとすれば、間違えて名刺を手渡してしまった加賀美だ。
加賀美からの電話だとすれば願ったり叶ったり。
斗真の指が一縷の望みをかけ、恐る恐る通話ボタンをタップした。
「はい、小泉です」
『もしもし。まだ仕事中かな?』
「あ……、えぇ」
この声。聞き覚えがある。
深みのある色気を含んだ大人の男の声だった。
物腰は柔らかい。
斗真はすぐに確信した。
相手は加賀美でほぼ間違いないだろう。
しかしここは社内。定時を過ぎているとはいえ、まだ社員が残っている。
美容整形をしてからというもの只でさえ目立つ容姿となってしまった今、電話で誰かと揉めるなど、噂をするには格好の的となるだろう。
斗真の口調は自然と社内仕様となる。
「本日はありがとうございました。今御社にお電話差し上げようとしていたところでして……」
『その様子だとまだ社内にいるみたいだね。終わったら折り返し電話もらえるかな』
「かしこまりました。では後程…失礼致します」
名前を聞かずとも相手が誰なのかわかってしまった。
柔らかい物腰の話し方にまで存在感たっぷりだ。
加賀美との電話を終えた斗真の手はじっとりと汗ばみ、指先が僅かに震えている。
自分がどれだけ小心者なのか改めて思い知った。
この後のことを考えると重い溜息が溢れるが、そうも言ってられない。
鈴木への連絡がまだだった。
斗真はすかさず受話器を持ち上げ、マンパワーネットワークの電話番号を押す。
鈴木はまだ仕事中だったようで、電話はすぐに繋がった。
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