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第11話

鈴木への淡い恋心が甦りつつあったにも拘わらず、この時ばかりはそんな気持ちはつゆほども沸き立つこともなく、頭の中は完全に加賀美一色。 斗真は鈴木に用件のみを伝え、直ぐ様帰り支度を始めた。 かつて鈴木に想いを寄せていた自分を鈴木は覚えているだろうか……と、胸を高鳴らせている自分はここにはいなかった。 ただ、ひたすらに、加賀美の存在が斗真の焦燥感を駆り立てる。 どうしてあんなヘマをしでかしてしまったのか。 ─ともかくはあの人に電話しないと。 斗真は会社を後にし、足早に近くの公園へ移動し、上着のポケットからスマホを取り出した。 そして焦る指で着信履歴から加賀美の番号を呼び出し通話ボタンをタップした。 受話口から聞こえるコール音。 一刻も早くこのおかしな状況を元に戻さなければ……と、苛立ちと焦りが更に募った。 数コール鳴り、加賀美本人が電話に出た。 『はい、加賀美です』 「あの、先ほどお電話いただいた……」 どう名乗れば良いのか。 社名を言ってから名を名乗るべきか、それとも名刺を見て知っているであろう本名を名乗るべきか。 そんな下らないどうでもいいことで口籠る。 『あぁ。小泉斗真君、でいいのかな』 「はい。先程は大変失礼致しました。あの名刺は鈴木さんに渡そうと思っていたもので……。帰り際だったので慌ててしまい、貴方の手に……」 相手が取引先の社長だということも忘れ、貴方呼ばわりし、しかしそれに気付くこともなくどう弁明しようかと思考をフル回転させる。 『そうか、君はうちの鈴木君と知り合いだったということかな』 「あ、はい!実は学生時代、鈴木さんと同じサークルに所属していた後輩に当たる者でして」 斗真がそう言うと、受話器の向こうで加賀美がふっと息を吐いた音が聞こえた。 『私の勘違いだったか、そうか、残念だな……』 「え?」 『あぁいや、こっちの話だよ。ではこの名刺は鈴木君に渡しておけばいいかな?』 「あ……えぇと……」 斗真は「はい」と返事をしかけて動きを止めた。 ─いや、ちょっと待てよ……。 ここでそれを頼んでしまったら加賀美はきっと、「学生時代の知り合いだったのかい?」とか何とか、余計なことを言うに違いない。 あの時、名刺を鈴木の手に握らせたかったのは本当だが、自分が大学時代の後輩だということまで知らせるつもりはなかった。

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