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直視できない

悠の店に入ると、カウンターに志音が既に座って飲み始めていた。私服姿で悠と話す姿はやっぱり高校生には見えない。 お待たせ、と声をかけるまで俺に気付かず何やら悠と楽しそうに話していた。 酒飲んでないだろうな? と確認するもヘラヘラっとはぐらかされてしまう。そんな事よりも席を移りたいと立ち上がる志音に俺は黙ってついて行った。 席を移ると言った志音の表情は固く、少し緊張しているのが分かった。 テーブルに志音と斜に座ると、薄暗い照明がいい雰囲気を醸し出す。潤んで見える瞳が志音を余計に大人びて見せ、ドキッとしてしまった。 そんな目で俺を見るな…… どうしても志音の事を特別に見てしまう自分が嫌になる。俺は気持ちを切り替えて志音に話を切り出した。 「志音? どうした? 俺に話あるんだろう?」 きちんと志音の話を聞いてやらなきゃ。 「先生? 学校とプライベートだと雰囲気が全然違うのな。わざと?」 ……? 笑顔になった志音にいきなりこんな事を言われ拍子抜けする。 そんな事が言いたかったわけじゃないだろ? 雰囲気が違う? そりゃそうだ。 俺は学校では適当にやり過ごしてるだけ…… 「お前、俺に話したい事があったんだろ?」 そう言いながら、志音に触れたくなり思わず頭に手を置きながら聞いてみた。 さっきの固い表情に戻った志音はやっと少しずつ話し始めた。 俺はちびちびと呑みながら、志音の話を聞いていた。 長い長い志音の話…… 聞きながら、だんだんと気分が悪くなってしまった。 志音の幼少期── 一番親の愛情を必要とする、人格形成に大事な時期だと思うそんな時期に、志音はどんな思いで一人で過ごしていたんだろうか。 信じられなかった。 本当の親を知らず、やっと家族が出来たと思ったら追い出され、存在をも認めてもらえず、学校では虐められ、愛してくれたと思っていた養母には歪んだ愛情を注がれて…… 体を売り物にさせられて…… こんな酷い話ってあるか? 事務所の社長とかいう女に見つけてもらえなかったら、今も志音はあんな生活をしていたっていうのか? そして、そんな話をまるで他人事のように話す志音を俺は直視できなかった。

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