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第三話『 The High Priestess / U 』 下
「でも……俺は法雨が幸せになってくれるのを待ってるから」
話している間、ティーカップを空にした菖蒲は、法雨の座る向かい側のソファへとすっと移動した。
そして、お互いにお互いの心情を察したのを合図に、ひとつ口付けあった。
そこで、法雨の頬を愛おしげに撫でた菖蒲はそんな事を言ったのだった。
「……それはコッチのセリフだわ。それに、アナタはアタシと違ってちゃんとした恋愛できるでしょう? だから、アナタが先に幸せになってちょうだい」
すると法雨はそんな言葉を返し、菖蒲の首に腕を回す。
そして、菖蒲はそれに嬉しそうにしながら今一度口付け、法雨をゆっくりと柔らかなソファへと沈めていった。
「ふふ、俺が普通の恋愛なんてできると思う?」
「……できるわよ」
「はは、思ってもないくせに」
「……はぁ、そうね。“普通の”恋愛は無理かもしれないわね。――でも、恋をする事はできるでしょ」
実のところ、菖蒲はやや独特の性癖をもつタイプで、普通の恋愛をするのは――というより、普通の行為だけで満足するのは難しいという性質をもっているのだった。
だがそうではあるものの、恋をする事をやめた法雨と違い、菖蒲は恋愛に対しマイナスのイメージはもっていない。
だからこそ、法雨よりも恋愛をしやすいはずなのだ。
だが、彼は一向にその気配をみせず、法雨の幸せを待つような事ばかり言う。
法雨はそれをもどかしく思っていた。
菖蒲がそうして法雨の幸せを祈るように、法雨もまた、菖蒲の幸せを祈っているのだ。
彼らの抱き合う友愛的感情は、酷く大きい。
だが、だからといって相手の一生を自分のものにしたいとは思っていない。
何よりも大切なヒトだからこそ、ちゃんと恋をした相手と幸せになってほしい。
二人は互いに、そう思い続けているのだった。
「まぁ恋する事はできるよ……でも、だからこそ俺は法雨の幸せを見届けてからがいいの」
「……もう。それもこっちのセリフなのに」
「アハハ、似た者同士で困っちゃうね」
「まったくよ……」
ならばお互いに恋人同士になればいいのにと、それも他人からよく言われてきた。
だが、それはお互いにできないと思っている。
彼らはお互いに、誰かを幸せにできるとは思っていないからだ。
だからこそ、お互いに恋愛に至る事もなかった。
自分ではない誰か、いうなればそう、運命のヒトと言われるほどの相手と結ばれて欲しい。
だが、不幸にだけはなってほしくない。
だからお互いに、お互いを護り愛し合う様な関係を保ち続けている。
彼らはそんな、独特な感情でも繋がっているのだった。
「はぁ……あったかい……」
「ン……」
それから二人はゆっくりとその交わりを深めてゆき、乱れさせた衣服を更に乱しながら、お互いの熱を交えていた。
そして、菖蒲が法雨の中へと全てを収めきったところで、押し出されるような息を吐き菖蒲はそう呟いた。
法雨はそんな菖蒲の熱を感じながら、彼の首筋を食むようにして口付ける。
そして柔らかなその肌に更に舌を這わせ、なぞり上げるようにしてやると、菖蒲はまた熱の篭った息を吐く。
法雨は彼の熱に腹の奥まで侵されながら、その様子に興奮していた。
そしてそんな法雨に昂ぶりを焚きつけられた菖蒲もまた、ゆるゆると腰を揺らし始める。
すると、その柔らかな毛並みをもつ尾もそれに連なるようにして揺らぎだす。
「ぁ……あ……」
菖蒲がそうして腰を揺すっては法雨を強く刺激すると、法雨は吐息交じりの声を漏らし始める。
そんな中、法雨が彼の両脚の付けに両手をやり、中指でそのラインを強くなぞり上げるようにしてやると、菖蒲もまた耐え切れず声を漏らす。
彼はそれでも律動を緩める事はないが、その快感に応じるようにさらに深く法雨の内臓を抉り上げる。
「んンッ……」
「法雨……それ気持ちい……もっとして……」
「あっ……あ、ぁ」
菖蒲はそんな法雨からの刺激が心地よかったのか、法雨に強請るようにそう言いながら、法雨の蕩けた熱を溢れさせるようにして更に強く入り込む。
法雨はそれにまた一度背を反らせるようにした後、甘い吐息を吐きながら、菖蒲の願いに応えてやる。
そして、更に爪を立てるようにしてやれば、菖蒲はさらに強く反応を示す。
「もっと……もっとして……」
そんな菖蒲はそう言い、法雨の首筋を食んではそこに顔を埋め、頬を摺り寄せるようにする。
「ン……いいわよ……、してあげる……でも……まだイッちゃだめよ……」
「ん……ぅん……」
法雨はそんな菖蒲の頭を抱え込むようにして、彼の耳元でそう囁く。
そして、菖蒲がそれに素直に頷くようにしたので、法雨は彼の頬に口付け、熱を貪られながらまた彼の弱い部分を更に強く刺激する。
そんな中、その刺激を受けた彼の熱が更に昂ぶりを示したのを感じ、法雨はひとつ苦笑する。
これが、菖蒲が普通の恋ができない理由だった。
菖蒲は法雨と同じく、抱くも抱かれるもどちらでも構わないタイプだった。
だがそんな彼は、こうして痛覚を刺激されないと満足できない。いわゆるマゾヒストなのだ。
それ故に、彼が大いに幸せになる為には、その彼にうまく順応できる、または彼のその欲求を満足させられる相手が必要なのである。
だが、それはただ暴力を振るうのが好きであれば良いというわけではない。
それについては菖蒲曰く、マゾヒストを満足させられるサディストは最高の奉仕人である、との事で、マゾヒストを満足させられるほどのサディストというのは、マゾヒストの
すべてを理解した上で、心地よいとされる刺激を与える技術を兼ね備えている者の事らしい。
だから、相手をただ苛め痛めつけておけば良いだけと考えているようなサディストは真のサディストではないそうなのだ。
法雨はその論については聞くだけしかできないのだが、どうやらそういうものであるらしい。
そしてそんな菖蒲の性癖と共に生きてきた法雨は、その順応性という天性の才能からか、今では抱かれながらでもそこそこに菖蒲を満足させられるようになったのだった。
ただ、法雨は法雨で、菖蒲がこうしてどんどんと求めてくれる事で、求められたいという欲求も大いに満たされる為、二人はそう言った点でもバランスがとれているのだった。
「ぁ……コラ、菖蒲……だめよ」
「どうして……? 法雨はいっぱいイッていいよ」
「だって……――ッ」
そうしてそんな法雨に刺激され続け、大分満足してきたのか、菖蒲は今度、投げ出されているだけの法雨の昂ぶりを撫でさする。
それに対し法雨が制そうとするが、菖蒲は楽しそうにそう言っただけでその手を止めなかった。
「今度は法雨がいっぱい気持ちよくなって。……ほら、可愛い顔見せて」
「は、ぁ……」
先ほどからの刺激で、彼の痛覚は随分と満足できたらしく、今度は法雨にそう言いながら改めて法雨の熱を堪能し始める。
それから法雨は何度か頂点に追い立てられては体を大きく反らせ、その度にその熱を高めていった。
「また熱くなったね……もう溶けちゃいそう……」
「はぁ……、ぁ……」
「可愛い」
菖蒲は先ほどより更に深く入り込むようにして法雨に腰をぐいぐいと押し付けながら、それに反応する法雨を愛おしげに眺めた。
そしてその間もまた法雨の昂ぶりを締め上げるようにしてじっくりと扱いては、法雨の快楽を焚き付ける。
「ァ……あ……、菖蒲……菖蒲……」
「うん……また出ちゃいそうだね……でも、法雨はもういっぱいイったもんね」
「ンん……や、……ッ」
菖蒲はそう言うと、再び腫れ上がった法雨の熱の根元を締めるようにした。
法雨はそれで達する直前で押しとどめられる事になり、首を振っては眉根を寄せる。
菖蒲はまたそんな法雨を愛おしそうに見つめて言った。
「ヤ? ……イキたい? じゃあ今度は俺も一緒にイキたいな……出していい?」
すると法雨はすっかり熱に犯された脳を必死に働かせ、その問いに答えた。
「いい……いいから……イカせて……」
「ふふ……うん……」
そしてそんな返答に満足したらしい菖蒲は、ひとつ嬉しそうに頷いて、法雨の昂ぶりを解放するなり、仕上げの律動を始める。
すると、法雨はそれにどんどんと高められ、その啼き声が絶え間なく零れ出すようになった頃、菖蒲が一度大きく法雨を突き上げるようにした。
「アンタね……」
「えへへ……」
「えへへ――じゃないわよまったく……アタシはアンタと違ってマゾじゃないんだから……寸止めなんてしないでよ……」
お互いに存分に熱を出しきった後、二人はそのまま少しの間ソファでまどろんでいた。
そして、満足そうに笑む菖蒲をぺしりと叩いた法雨は大きく溜め息を吐いた。
「ふふ……ねぇ法雨」
「何?」
「その雷さんてさ……カッコよかったんでしょ?」
「……は? なんで突然雷さんの話なのよ……」
「いやぁ……俺としてはやっぱ、その出会いに運命的なものを感じてさぁ~」
「ちょっとヤダやめてよ」
「いいと思うんだけどなぁ」
「もうオオカミはごめんよ」
どうやら菖蒲は、法雨と雷に妙な運命を感じているとの事らしい。
だが、法雨としてはそれに否定的だった。
彼は酷く優しい男だというのは、一度話しただけでも分かった。
だからこそ、その運命を否定したいのは、彼がオオカミであるという点もそうだが、法雨はその優しさにこれ以上触れたくなかったのだ。
(一度でもあの優しさに慣れちゃったら……きっとアタシはそれに依存しちゃうもの……)
法雨はそんな事を思いながら、ふと雷とのやりとりを思い出して言った。
「それにね、そんなのきっとあっちから願い下げだわ」
「え? なんで?」
「話したでしょ。 アタシ、あのヒトにかなり失礼な態度とったの。――だから、あのヒトもそもそもそんな感情抱いたりしないわよ」
「そうかなぁ……」
「はぁ、強情ね。もう忘れなさい」
「うん~……」
いかにしても納得がいかない様子の菖蒲はそう唸り何か考えているようだったが、それ以上はその話題を続ける事はなかった。
法雨はそんな様子に安心したものの、妙な事を言われたせいで雷への罪悪感がぶり返したような感覚を覚えていた。
(はぁ……、運命はともかくも……あの時の事はいつか謝らないと……)
そして、法雨はそんな事を思いながらも、今はその気怠い身体で菖蒲の温かさを感じながら、そのぬくもりを抱きしめるのに専念する事にしたのだった。
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