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第十話『 The Lovers / U 』 下

     雷と法雨が同棲を始めてからというもの、法雨が不安になるほどに口論のひとつもない日々が続いている。  そんな事から、雷は何か不満をため込んでいたりするのではないかと不安になったりもしたが、法雨はそんな事はひとつもないと穏やかに笑う彼が嘘をついているようにも見えず、結局はその幸せをただただ噛みしめるようにしてこれまでの日々を過ごしてきた。  そしてそれは、今年のクリスマスも、その翌朝もまた変わる事はなかった。 「はぁ……大仕事の後のお風呂は最高ね……」 「お疲れ様。毎年、怒涛のクリスマスだね」  店仕舞いを終え、無事に家へと帰宅した二人は、そのまますぐに風呂を沸かすなり、すっかり冷え切った体を温めるように湯船へと浸かっていた。  そして、流石に疲労感を訴え始めた身体を、背後の雷に預けるようにしていた法雨は言った。 「本当よ……サンタクロースにでもなった気分だわ。――楽しいけど」 「はは、天職だね」 「えぇ……そう思う」  法雨は心底の想いを込めたようにそう言い、ひとつ目を閉じ、頭を雷の肩口に預けるようにして、そっと握られている手の感覚を楽しむ。 「そういえば、桔流(きりゅう)君。恋人が出来たばかりだったのにクリスマス出勤だったんだね」  すると、ふと思い出したように雷はそう言った。 「そうなのよ……まったく。お休みにしてあげるって言ってんのに聞かなくて……」  そして、不満げにそう答えた法雨に、雷は笑う。 「はは、彼らしいな」  それからまた少しの沈黙が心地よい間を作りだした後、今度は法雨が口を開いた。 「……ねぇ、雷さんは……お休みにしてほしい?」  そして、そんな法雨の問いの意図を心得た雷は、機嫌がよさそうにしていた法雨の尾をするするすると持ち上げるようにしてなぞっては答えた。 「いいや、大丈夫だよ。俺は君が居たい所で、したい事をしてる姿が好きだから、今のままで構わない。それに、そんな君をこの目で見ながらクリスマスを過ごせているし、君はイヴもクリスマスも、こうして俺と一緒に居てくれてるじゃないか。――それで十分だよ」  そうして法雨の髪にひとつ口付けるようにした雷に、法雨は少し不安げに問う。 「そう……ほんとに? 我慢してない?」 「あぁ、我慢なんてしてないよ。むしろ、イヴもクリスマスも、仕事をしている君と家に居る君を両方見られて大満足さ。心配しなくていいよ。安心して。俺は君に、嘘はつかない」 「ふふ……そうだったわね……」  そう言って雷が法雨を優しく片腕で抱き寄せるようにすると、法雨は嬉しそうに笑って、それに応えるようにして背後から回されたその腕に手を添える。 「ほんと、幸せだわ……。好きな仕事が出来て、こうしてアナタといられて……こんなに沢山愛してもらえて……バチが当たりそう」  そうして法雨が雷に額をすり寄せるようにして言うと、雷もそれに応じるようにして言った。 「当たらないさ。君はその手で多くのヒトに幸せや喜びを与えてる。だから、今君が幸せだというなら、それはその行いに相応なもの……いや、足りないくらいかもしれないよ」 「ふふ……そうかしら。そうだったら嬉しいわ」  そうして二人はその後、身体が冷えてしまう前にと、暖めておいたリビングへと戻った。 「ううん。なんだかお風呂に入ったらちょっと目が冴えちゃったわね……」 「はは、一瞬だけだよ。体はきっと疲れてる。すぐに眠ってしまった方が良いよ」 「う~ん……」  雷の言葉に少し渋るようにした法雨は、考えるようにしてそう唸った。 「おや、珍しいね。君が駄々をこねるなんて」 「……たまってんのよ」  そうして法雨がそう言うと、不思議そうな顔を作った雷は首を傾げて言った。 「疲れが?」  すると、そんな雷に悪戯されているらしいと分かった法雨はじゃれるように言った。 「もう、意地悪ね」  そして、そんな法雨の髪を優しく撫でるようにして雷は笑う。 「無理はさせたくないからね」  そんな雷の言葉に法雨は一つため息をついていった。 「そんな事言って……雷さんがお疲れなんじゃない? アタシも、雷さんに無理させる気はないわ」  だが、そんな法雨の言葉に雷はどことなく中空に視線をやり、 「ううん。残念ながら、そうでもない」  と悪戯っぽい笑みを浮かべた。  すると、それになんとなく嬉しそうにした法雨は、 「それを言うなら、“幸いなことに”だわ」  と言って、雷のシャツをつんと引くようにして続けた。 「眠くないの。これはそうね。きっと、もうちょっと疲れないと駄目ね」  すると、そんな法雨に苦笑して雷は言った。 「……はぁ、まったく。俺も意志が弱いな……」  だが、そんな様子を受けた法雨はひとつ反論する。 「違うわよ」 「え? じゃあ……?」  雷がそう問うようにすると、法雨はふふんといった表情で言った。 「アタシに弱いのよ」  すると、そんな法雨の言葉を受けた雷は納得したようにゆっくりと頷いて言った。 「あぁ、なるほど。納得した。――それなら仕方ない」  そして、雷はそう言うなり法雨にそっと口付ける。 「雷さんの身体ってどうなってるの? アタシってそんなに軽くないはずなんだけど……」  そうして少し口付けあった後、雷は軽々と言った様子で法雨を抱き上げてはそのままベッドへと運ぶ。  そして優しくベッドに届けられた法雨は、理解しがたいといった様子でそう言った。 「俺の体は普通だと思うけど……どうなんだろう。でも、俺にとって法雨さんは軽い方だよ」 「ううん……雷さんといると、不思議な事も沢山だわ……」 「はは、飽きないだろう?」 「そうね。一生飽きないと思う」 「それは良かった」  そうしてそんなやりとりをした後、クスクスと笑いあった二人はまたゆっくりと口付け合い、お互いの呼吸を奪い始める。  その間、合間合間に呼吸を解放される度に法雨は熱のこもった息を吐く。  そして雷の首に回した両腕に力を込めるようにして、雷の愛撫に応じる。  さっき着終えたばかりの大き目のシャツは、すっかり開け放され乱れて幾重もの皺を作る。  そうして露わになった白い肌を大きな手で撫でられる度、法雨の体の熱が上がってゆく。  ひくりひくりと動く尾は、相変わらず落ち着きがない。 「雷さん、もう――」 「焦らない」  優しい愛撫が熱を溢れさせるような刺激に変わってから、すっかり整えられた身体はもっと強い刺激を求めている。  法雨はそんな様子から懇願するように雷に強請ろうとするが、雷はそれを制するようにして言葉を遮る。 「最近してなかったからね。まだ駄目だよ」  そして、法雨を宥めるようにしてそう言った雷は、法雨の敏感な部分を二つの指で擦り上げては飴を与えてやる。  熱で蕩けきったそこが次に求めているものは、例え言葉にされなくても分かる。  だが、少しの間交わる事のなかった分、その熱量が大きいのは法雨だけではない。  なんとなくそれは自分でも分かる。  それゆえに、雷は少しだけ念入りにその段階を踏んでいたのだ。 「もう、平気なのに……」 「いつもならね」  そして、切なく拗ねたようにそう言った法雨の額に口付け、雷は言葉を返す。 「俺も結構興奮してるんだよ」  もう良いだろうと判じられる程度には整った事を確認し、雷は己の熱を示してやるようにそれを法雨の熱に押し当てる。 「………………」  するとそれを感じたのか、法雨が下方に目をやるなり、そちらに手をやる。  そして雷の熱を撫でさするようにした後、 「ん……ちょっとドキドキするわね……」  と言った。  別段大きな変化があるわけではないが、多少なれどいつもよりは強く昂ぶっている。  そのせいか、いつも通りでは少しきつい思いをさせかねない。 「もう、大丈夫だとは思うけど……きつかったら言って」 「えぇ……その前にイっちゃうかもしれないけれど……」 「あれ、もうそんなに?」  法雨の長い指がお互いの熱を撫でさする中、雷もまた法雨を擦り上げるようにしてゆったりと腰を動かしながら問うた。  すると、法雨はまた拗ねたようにして言った。 「だって……あんなにしつこくされたんですもの……」  確かに、いつも以上に長く指で蕩けさせたそこは、刺激がなくともひくつくほどにはなっていた。 「奥まで来る前にだめになっちゃうかもしれないわ」  もう、と言って口をとがらせた法雨に、 「それはそれで……見てみたいかな」  と宥めるようなキスを落とし、ゆっくりと法雨の中に押し入ってゆく。 「ン……ん……、はぁ……ぁ……」  徐々に入り込んでくるいつも以上に昂ぶった熱に、法雨を反応させては押し出されたように甘い息を吐く。 「もっと……」  そして、強請るようにそう零した法雨に応じるように、雷はすべての熱を収めきる。  法雨の一番奥の部分を更に押し広げるようにして入り込んだそれが、法雨の体を痺れさせる。  それから徐々に律動を始めた雷に縋るようにして啼く法雨は、より雷の興奮を焚き付けた。  それに苦笑するようにした雷はまた、幾度となく法雨の熱をゆっくりと味わう。  そして、そのまま法雨の首筋や胸元に軽く犬歯をあてがうようにしてから食むと、法雨はさらに高く啼く。  律動に合せて揺らぐその法雨の体は酷く艶めかしい。  息を吐く度に濡れた唇から除く舌は酷く妖しげだ。  そんな法雨の様子にひたすらに昂ぶりを焚き付けられる雷はその後もまた、法雨の全てをじっくりと味わうようにして喰い尽くした。       「(あずま)さん、我儘言ってごめんなさい」  存分に熱を貪られ、やっと眠気を覚えるほどの気だるさを自覚し始めた中、法雨(みのり)は一つ雷に謝罪した。  それは、一応はベッドへ誘った事への謝罪だ。  行為中も幾度となく何かを強請ったような気がするが、それは法雨の身体で詫びたようなものだろう。 「はは、いいよ。それに、どちらかというと君が我儘を言ってくれるのは嬉しいからね。――クリスマスは終わってしまったけど、追加のクリスマスプレゼントとして、願いも叶えられたなら嬉しいかな」  そんな法雨の謝罪に、雷が微笑んでそう言うと、法雨はまた笑った。 「ふふ、大丈夫。アタシのクリスマスはね、眠るまで終わらないのよ」  すると、そんな法雨の言葉を受けた雷はなるほど、と言ったような表情で、 「おや、そうなのか」  と言った。 「えぇ、そうよ」  そして、そう答えた法雨は、その後に控え目にあくびをした。  すると、そんな法雨を一つ撫でた雷は、 「じゃあ、君のクリスマスが終わってしまう前に渡しておかなくてはね」  と言って、ベッドの横にある棚から何かを取り出した。 「なぁに?」  法雨はそんな雷の様子を受け、不思議そうな面持ちのまま雷を見た。 「うん。本当は昨晩渡そうと思っていたんだけどね。せわしない時に渡すのもなんだと思って、クリスマスは過ぎるけど、遅れて渡そうと思ってたんだ」 「えっ、な、何かしら……クリスマスプレゼントは、昨日くれたじゃない」  確かに昨日、雷は法雨のお気に入りのシャンパンと美しいネックレスをプレゼントしてくれた。  だから、今年はそれがクリスマスプレゼントだったはずだ。 「何だと思う?」  そして雷は、そんな法雨を少し焦らすようにしてそう言った。 「もう。今日は随分と意地悪ね。今は頭が回らないのに……」  法雨はそう言いつつも少しわくわくした様子で、じゃれるようにして言った。 「そうね。じゃあ、お花の冠とかかしら?」  するとそんな答えに穏やかに笑った雷は言った。 「はは、それも可愛らしくていいけれど……残念。冠よりは少し小さめだ」 「え……?」  そうして、相変わらず不思議そうにしている法雨により近くで寄り添うようにした雷は、法雨の目の前に美しい装飾の小さな箱を出した。 「メリークリスマス、法雨さん。この先もずっと、俺と一緒に居てほしい。――だから、良かったらこれも、受け取ってくれないか」 「……これって」  そう言った雷から小さな箱を受け取った法雨は、雷の腕の中でその箱を見つめる。 「開けてみて」  法雨は心臓が高鳴るのを感じた。  これほどの高鳴りは、随分久々の感覚だ。  緊張で少し手が震える。  だが、そんなものには負けてはいられない、と法雨は意を決して、丁寧にその装飾をほどいてゆく。  すると、その箱の中には高級感のあるブルーのジュエリーケースが入っていた。  そして、法雨は未だ更に震えそうになる手で、そのケースをゆっくりと開けた。 「………………」  そのケースの中には、美しくきらめくブルーの宝石が飾られたリングが静かに佇んでいた。そこで飾られた宝石は、法雨の誕生石でもあるタンザナイトだ。  角度を変えれば青や紫の色を交えて輝く。 「これ……アタシが受け取ってもいいの……」  法雨はその輝きを瞳に映し、震える声で言った。 「もちろん。これは君の為だけにあるものだよ」  すると、そんな法雨の肩を優しく抱き寄せるようにした雷はそう答えた。 「嬉しい……ありがとう雷さん。ほんと……こんな幸せ続きでこの先大丈夫かしら」  法雨は緩み始めた涙腺を窘めるようにしながらそう言った。 「大丈夫さ。この先の君も、君の幸せも、俺が守るから」  法雨はそんな雷の言葉に嬉しそうに笑む。 「ふふ、心強いわね……それなら安心。……本当にありがとう雷さん。凄く幸せ……」 「喜んでもらえてよかった。そう言って貰えると俺も嬉しい」  雷はそう言って、法雨にひとつ口付ける。  そして、法雨は言った。 「これでお返しになるかわからないけれど……この先のアタシのすべてをアナタに捧げるわ、雷さん」  すると雷は微笑んだ。 「それは最高のお返しだな……ありがとう。一生幸せにするよ。――愛してる」  そして、そんな雷の言葉に一筋の雫を伝わせた法雨は言葉を返す。 「アタシも……心から愛してるわ雷さん。ありがとう……本当にありがとう……」 「こちらこそ……受け取ってくれてありがとう」  そう言って笑い合った二人は、それからまた少しの間、ゆっくりと口付け合った。 「ふふ、もう……また目が醒めちゃったわ……」 「おや、それは悪い事をしたね」  そんなやりとりをして、二人はまたそこでくすくすと笑い合う。 「ねぇ……」 「ん?」  そして、そう言った法雨が雷に身を寄せるようにして続ける。 「アタシのクリスマスはね、眠るまで終わらないの」 「うん……」 「だから……もう少しこうしてお話ししていて……。この幸せの瞬間を、もっと強く記憶に刻み込んでおきたいの」  すると、そんな法雨の言葉に、雷は酷く優しい声色で応じた。 「そうだな……それじゃあ、今から俺たちのこの先の事を話そうか」  そして、そんな雷の言葉に幸せを感じながら、法雨は言った。 「素敵ね。えぇ、是非――」  

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