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第十話『 The Lovers / U 』 上

       法雨(みのり)(あずま)と出会い、それぞれの想いを通わせ、そして、初めてのクリスマスを過ごしてから二年後。  その年のクリスマスも、真っ白な雪が降り注ぐ、ホワイトクリスマスとなっていた。  そして、穏やかながらも降り注ぐその冬の結晶たちを邪魔せぬよう、その日の晩はほとんどの人々が屋内で過ごす事を選んだようだった。  その為、法雨の経営するバー(Candy Rain)もまた、その晩は大きな賑わいをみせていた。     ― ロドンのキセキ-翠玉のケエス-芽吹篇❖第十話『The Lovers/U』 ―      吐く息は白い靄に転じ、歩けば一歩一歩が独特の音に転じるその日。  仕事を終えた(あずま)はゆったりと歩きながら、法雨(みのり)の店へと向かっていた。  そして、心地よい馴染みのあるベルと共に店内に入ると、凛とした佇まいのバーテンダーと明るく元気なバーテンダーが共に出迎えてくれた。 「いらっしゃいませ――あ、メリークリスマスです。雷さん」 「あっ、雷さん! メリークリスマスです~!」 「メリークリスマス、桔流(きりゅう)君、(ひめ)君」  その日、そうして雷を迎えてくれたのは、数年前からすっかり顔なじみとなったバーテンダーたちだった。  そんな二人のうち先に挨拶をしたのは、端正な顔立ちで凛とした雰囲気をもつユキヒョウ族の桔流だ。  そして、後に挨拶をしたのは小柄で可愛らしいといった印象の強いネコ族の姫だ。  雷はそんな彼らに挨拶を返しながら、桔流の白と灰色の毛並みと、姫の真っ白な毛並みを改めて見ては、この季節に二人の毛並みは美しく映えるなと改めて思ったのだった。 「どうぞ、こちらのお席でよろしかったですか?」 「えぇ、ありがとう」 「はい」  そうして、桔流の案内によりいつも通り入口側のカウンター席へと案内された雷は、コートを脱ぎ、ゆったりと椅子へ腰かけた。  その席は、ここ数年間で雷の特等席ともなっている場所だった。 「御注文はお決まりですか?」  そして、雷が席に着いたところで、温かな手拭きと果実を香らせるミネラルウォーターを丁寧に提供した桔流が雷に尋ねた。 「あぁ、じゃあ――」  雷はそんな桔流に対し、最近気に入っているウィスキーの名を告げた。  秋頃まではクラフトビールを一つ目の注文として馴染ませていた雷だが、冬の時季は体を温める為にウィスキーを一つ目とする事が多くなってきていた。 「かしこまりました。――あ、法雨さんもすぐいらっしゃるので」 「あぁ、はは。ありがとう。慌てずにどうぞ、と伝えておいて」 「ふふ、分かりました」  そうして、愛嬌のある笑顔でそう言った桔流はその後、雷の元へ美しく琥珀色に染まったグラスと前菜を提供した。  雷はそれらをゆったりと味わいながら、スマートフォンでスケジュールの確認をし始める。  すると、不意に一通のメッセージが届いた。 「………………」  そして雷は、そんなメッセージの送り主の名を見るなり小さく笑み、メッセージを確認し、次いで返事を打ち込んでゆく。  そうして雷がメッセージのやりとりを終えたところへ、不意に耳慣れた声が聞こえ、雷はふとそちらに視線をやる。 「あらハンターさん、いらっしゃい。メリークリスマス。今宵もどうぞゆっくりしていってくださいね」  すると、先ほど来店したらしいクロヒョウ族の客に、法雨が声をかけていた。  そして、そんな法雨に声を掛けられ何やら動揺しているらしい彼の様子を見るに、法雨に何やらからかわれたのだろうと思い、雷は苦笑した。  だが、あまり盗み見するのも無礼と判じ、雷はすっと視線を外し、少なくなったウィスキーへと視線を移す。  そんな雷が次は何を頼むかと考え始めたところへ、 「メリークリスマス、雷さん」  と声がかかった。  そして、その挨拶を受け取った雷は顔を上げて微笑み、 「メリークリスマス、法雨さん」  と言った。  すると、法雨もまた嬉しそうにして微笑んだ。 「今年も大盛況だね」  そして、一度首を傾げて店内を示すようにした雷に、満足げな法雨が言葉を返す。 「ふふ、そうでしょう? 今年も限定メニューたっぷりでおもてなしだもの。沢山いらしてもらわなきゃ」 「そうだね。これも、凄く美味かったよ」  そんな法雨にそんな言葉を返し、雷は先ほど空になった前菜用の小皿を示した。 「アラ嬉しい。気に入ってくれたのね?」 「あぁ、凄くね。メニューにないのが惜しいくらいだ」 「ふふ、お気に入りが増えたかしら」 「うん、また増えたよ」  そして雷がそう言うと、法雨はまた満足げにして言った。 「予想通りね」 「ん?」  そんな法雨の言葉に、雷は不思議そうな顔を返す。 「実はそれ、雷さんが気に入ってくれたらと思ってレシピを練ったものなの。――大成功ね。明日の晩にも食べて貰おうと思って、家でも沢山作ってあるのよ。だから、沢山召し上がって」  そこで小首を傾げてにこりと笑った法雨に、雷もまた嬉しそうにして言った。 「そうだったのか……嬉しいな。楽しみにしてるよ。ありがとう」 「ふふ、どういたしまして」  雷の礼を受け、法雨はまた微笑んで返礼した。 「――あ、ねぇ聞いて雷さん。実はね……とうとうあの桔流君にもお相手ができたのよ?」  それから二つ目の注文を済ませ、法雨からシャンパンカクテルを受け取った雷は、そんな法雨の言葉に少し驚きつつ、 「そうだったのか。――おめでとうを言い損ねてしまったな」  と言った。 「ふふ、じゃあ後で言ってあげて。すっごく照れくさそうにするから可愛いわよ」 「クールな彼がそんな反応をするのか……それは楽しみだ」  確か桔流は、過去の事情から法雨のように恋愛事を一切避けてこの数年を過ごしてきたと聞いていた。  だがそんな桔流にも、心許せるたった一人のヒトができたというのは、雷としても嬉しい事だった。  他人であれ親しいヒトであれ、やはり吉報を受け取ると自分もまた嬉しくなるものだ。 「あぁ、もしかしてお相手は彼かな?」  そして、そんな事を思った雷がなんとなく勘付き、先ほど法雨にからかわれていたクロヒョウ族の客を視線で示すと、法雨は悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。 「えぇ、そう。流石ね? 刑事さん? ――あ、名探偵さんの方が良かったかしら?」  すると、そんな法雨の言葉に柔らかに苦笑した雷は言った。 「はは、どちらも俺には重たいな」  何という事はない。ふと見やった際に、自分と同じようにして恋人であろう桔流の正面に座る彼と、そしてそんな彼と話す桔流が、酷く幸せそうな顔をしていた。  彼らをそう判断した理由はただそれだけだ。  だが、それだけでも十分に分かる関係性というのは確かにある。  例えば、お互いを強く信頼し、想い合っているような関係ならば尚更。 「そうだ法雨さん。少し後で(みさと)君たちもこっちに来るそうだよ」 「まぁ、そうなのね」  雷の助手を務める京は、この二年の間を経ても尚、未だオオカミ族の彼らと変わらずに過ごしているのだった。恐らく、法雨や雷との出会いはあのようなものではあったが、彼らもまた、強い絆で結ばれた仲間なのだろう。  長い月日を経ても共に居られるという事は、何よりもかけがえのない事なのだ。 「――でも、席が空いてなかったらテラス席だわね」  そしてそんな彼らはというと、残念ながら未だに恋愛事とは縁遠い毎日を送っているらしい。  その為彼らは、この恋人たちがより盛り上がるこの日には毎年、それぞれの悔しみの念を込めた飲み会をしているのだそうだ。  だが法雨曰く、そんな彼らが法雨の店にやってきた際、席が空いていなければこんもりとスノーコーティングされたあのテラス席に座る事になるらしい。 「それは大変だ」  そして、それにそんな感想を漏らした雷の言葉に次ぎ、雷と法雨は楽しそうに笑い合った。  そうしてその後、無事に店内の“しっかり用意されていた”ソファ席に座る事ができた京たちは、全員で奮発して買ったというクリスマスプレゼントを法雨に渡していた。  そんな彼らの雷や法雨への相変わらずの懐きようもまた、この二年を経ても変わっていない。  また、そんな彼らの到着をきっかけに、法雨さんの独り占めはよくないな、とカウンターから彼らの席へと移動した雷は、その晩が更けるまで、家族のように温かく見守り続けているオオカミ族の彼らと共に、その後の時間を過ごしたのであった。       「お疲れ様」  そうして酷く賑やかなクリスマスが過ぎ去った翌朝。  まだ明け方前の薄暗さを保つその空の下。  店仕舞いを終えた法雨(みのり)は、店の裏口を施錠しようとしていた。  すると、そこへ背後から優しげな声がかかった。  そして、法雨はそれに驚いたようにして振り返り言った。 「ヤダ、先に帰ってて良かったのに。まさかずっと外で待ってたの?」  そんな法雨の言葉に少し幼げな笑みを浮かべた(あずま)は言葉を返す。 「まぁね。でも、散歩がてら酔いを醒ましてただけだよ」  すると法雨は少し拗ねたようにして言った。 「もう。雪の中をお散歩なんて、キツネじゃないんだから。風邪ひいちゃうわよ」 「大丈夫。俺は丈夫に出来てるからね。――でも、そういう君こそちゃんとマフラーをしてから出ておいでよ。首を冷やすのはよくないよ」  雷は法雨の言葉にそう答え、法雨の腕にかけられていたマフラーをすっと手に取り、法雨の首元へとかけてやる。 「ふふ、ありがと」  すると法雨はそれに嬉しそうに礼を言って続けた。 「さ、それじゃあ二人でキツネになって帰りましょ。もうくたくただわ……」 「お疲れ様、店長サン。――うん、帰ってゆっくり休もう」  そうして、ゆったりと歩き出した法雨に寄り添うようにして雷もまた歩きだし、すっかり降り積もった雪たちと音を紡ぎながら、二人は温かな家へと戻っていった。      

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