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第九話『 The Magician / U 』 下

    「そう。子供の頃、母も父も沢山絵本を読んでくれてね……それで、アタシはその中でも王子様がお姫様を救い出す為に、勇敢に魔法使いやドラゴンに立ち向かうっていう物語の絵本が凄く好きだった」  雷はそう言って懐かしむように話す法雨の横顔を見つめながら、静かにそれに耳を傾ける。 「それでね、一番のお気に入りが、オオカミの王子様が出てくる絵本だったの。――その王子様はカッコイイだけじゃなくて、強くて優しくて……凄く勇敢だった。だからアタシ、将来はそんな運命のヒトと出会って、そのヒトと幸せになりたいって思うようになって……それで、オオカミ族のヒトを好きになるような事が多かったの」 「そうだったんだね……」  法雨の話にそう相槌をうち、雷はそっと先を促すように法雨の髪を撫でる。 「えぇ……でも、それはあの王子様と同じオオカミだからっていう色眼鏡がかかってたから恋してしまっただけで……実際には全然いいヒトじゃないなんて事が多かったの。だから正直……素敵な恋なんてしたことなかった……」  少しだけ耳を伏せるようにして、その長く柔らかな尾を一度だけ波打たせた法雨に、雷はそれを慰めるようにして髪を撫でてやる。 「それで……それで結局……最後は最低最悪のそのオオカミと出会って……運命の出会いなんてものに、憧れを抱くのをやめたの……」  法雨がそう言ってその話をひとつまとめたところで、雷は緩く幾度か頷くようにして 「そうか……」  と言って言葉を紡いだ。 「法雨さんは、その頃からずっと一生懸命だったんだね」 「……え?」  法雨はそんな雷の言葉に驚いた様子で、雷の顔を見た。  法雨はその時、そんな言葉が返って来るとは思ってもみなかったのだ。  残念だったね。運命なんてもの信じるに足らない物だ。  そんな事に時間を費やしたなんてもったいない。  法雨がこの話をした際、大体返ってきたのはそんな言葉だった。  この話に唯一、諦める必要はないなど、強気な反応を示したのは、これまででは菖蒲くらいだった。  だから今回も、きっと優しい雷の事だから、大変だったね。残念だったねと慰めの言葉が返ってくるだけだと思っていた。  だが、そんな雷から実際に帰ってきた言葉は、その予想の中にないものだった。 「俺が法雨さんと知り合ってからはまだ1年と少しだけど、その間だけでも法雨さんは常に一生懸命で、努力家だと思ってたんだ。――でもそれは、小さい頃からずっとだったんだね」 「………………」 「どんなに報われなくても、良い結果にならなくても、努力家な君のことだ……法雨さんはその憧れの為に、それでもずっと努力をし続けたんじゃないかい?」  法雨はまるで自分の過去を見られたかのようにそう言われ、驚きながらも胸につんとした刺激を感じていた。  雷の言うとおりだったのだ。  法雨は諦めなかった。きっと良い結果が出なかったのは自分の努力不足のせいだ。  自分に魅力が足らないから、運命のヒトと出会えるきっかけが来ないのだ。  法雨はそう思った。  だからこそ、自分を強く持ち、出来る限りの努力をすべてした。  母のようになる為、愛する家族がくれたこの命に恥じぬような人生を送る為、法雨は誰よりも幸せになれるよう、誰もが慕ってくれるヒトになれるよう、ひたすらに努力をし続けた。 「俺は、そんな君の酷く努力家なところがたまに心配にはなるけれど、それと同時に、そこが凄く魅力的だと思ってるよ。――君はその努力した分、本当に魅力的で、綺麗だ。――沢山、頑張ったんだね」  だがその努力は結果として、そのオオカミ族の男に出会う様な結果を招いたのだった。  法雨はそこで絶望するに近い感覚を覚えたのだ。  だからこそ、ずっと抱き続けてきた憧れをも捨てたのだ。 「……だめよ、雷さん……そんな事言ったら……」 「ん?」  だがそんな努力は、もしかしたら無駄ではなかったのかもしれない。  もしかしたら、そのオオカミ族の男と出会って、憧れを捨て、恋を捨てるに至ったのもまた、その先のとある運命に至る為の必要条件だったのかもしれない。 「まだ……もう少し片付けなきゃいけないものがあるのに……」  法雨はそう言って、ゆっくりと顔を伏せた。 「雷さんがそんな事言うから……心が解けちゃったじゃない……」  法雨のその声は小さく震えていた。  雷はそんな法雨に、 「ごめんごめん……つい、また本心が、ね……」  と言って、法雨を優しく抱き寄せるようにした。  法雨がこうして雷と結ばれるという運命に至るには、いくつかの必要条件があったのだろう。  だが、その条件は、法雨には酷く辛いものばかりだった。  だからこそ法雨は運命を恨み続けた。  しかし、法雨はこうして雷の胸に抱かれる度、そんな運命を少しだけ許してやろうと思えるのだった。 「アタシ、結局オオカミ族の王子様には出会えなかった……」 「ん? あぁ、そうだね」  雷はそんな法雨の言葉を受け、自身を王子様というには程遠いからなと思い、笑いながらそう言った。  だが、そんな雷に法雨は続ける。 「でも、それもそのはずだわ……だって、王子様は王子様をやめちゃってたんですもの……」 「……え? どういう事だい?」 「アタシは必死に王子様を探してたのに。雷さんはせっかく王族なのに憲兵すらもやめて、家出までして探偵になってるんですもの……そりゃ見つからないわよ……」  やや不貞腐れたようにそう言った法雨の言葉を聞き、雷はなんとなくその比喩に自分の経歴を重ね、おかしそうに笑った。  法雨は、警察関係者という上位階級を王族と例え、警察を憲兵に例えた。  だが、そこまでは分かったがその果てでその道を外れた事を家出とまとめられたのがおかしかったのだ。 「ははは、うん。ちょっとお城での生活が合わなくてね……」  そして、そんな法雨に合わせてくれたのか、そう言い訳をした雷は、法雨を宥めるようにして髪を撫でる。 「もう……そうならそうで、せめて攫いに来てほしかったわ……」  法雨は相変わらずの涙声でそう言った。  だが、雷はそれに意外そうな口調で言葉を返す。 「おや? おかしいな。だから攫いに行ったじゃないか。――でも、その時に嫌いと言われてしまったから……」  法雨はそんな雷の言葉で、雷と初めて出会ったあの倉庫での事を思い出した。  そして、かっと顔が熱くなるのを感じ、慌てたように言った。 「だ……だって……、あんなだらしない格好の時に来るんですもの!」 「あぁ、恥ずかしかったのかい? でも、あの時の姫君は恥ずかしいというより、毅然としていらっしゃったように見えたけど……」 「……っ! そ、そりゃあ姫ですもの! いつだって毅然としてないといけないでしょう!? みっともない振舞いなんてできないわ!」  そうしてしどろもどろに言葉を返してくる法雨がおかしくて、雷はまた笑った。  そして、すっかり雷の言葉に翻弄された“姫君”は、口を尖らせるようにして溜め息を吐き、“元王子”の彼の胸に頭を預けるようにした。 「はぁ……もう……アタシで遊ばないでよね」 「ふふ、ごめんごめん。そんなつもりはなかったんだけど、可愛い反応をするからついね。でも……そんな無礼を許して、こうして俺の所に来てくれて嬉しいよ」 「……アタシも……あんな突き放すようにしたのに、それでもアタシを好きになってくれて、嬉しかった……。本当に幸せ……。ねぇ雷さん」 「……なんだい?」  雷は、法雨の言葉に応えるようにそう言って優しく微笑んだ。  すると、法雨はそんな雷を見るなり泣きはらした目元をほころばせ、微笑んで言った。 「アタシを攫いに来てくれてありがとう……。これからはアタシ、アナタの為にもっと魅力的なヒトになるから……だからどうか、もう一生離さないで」  そして、そんな法雨の言葉に、雷は愛おしげな笑みを浮かべた。 「もちろん。……君はとうとう、こうして本当に俺の元まで来てくれた。――だからもう、君にそれを願われるまでは、何があっても手放す気はないよ。それに、こんなに魅力的なのに、君はまた更に魅力的なヒトになっていくんだろう……? そんな事になったら、頼まれても手放せないよ」 「ふふ、手放させない為にそうするんだもの。是非そうしてちょうだいな……」 「そうか……それなら、喜んで……」  そんな雷の言葉に、法雨は酷く幸せそうに微笑んだ。  そして雷はそんな法雨にそっと口付け、再び法雨を優しく優しく抱き締めた。  そうしてその日、彼らはまた一つ大きなきっかけを経た。  そして、これまでより更に近くで寄り添い合うようにした彼らはそれからまた、その先の数々の運命に向かい、共に歩み出したのであった。   

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