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第九話『 The Magician / U 』 上
「法雨 さーん、これで全部っすかー?」
「えぇ、ありがとう。それで最後よ」
法雨はやや大き目のダンボールを抱え、そう声をかけてきた京 に礼を言い、言葉を返した。
そして、京が抱えるその荷物が家の中に入れられたところで、法雨の引っ越しはひと段落となった。
― ロドンのキセキ-翠玉のケエス-芽吹篇❖第九話『The Magician/U』 ―
「悪かったわね。本当に雑用に使ったりして」
「あはは、全然っすよ。もっと荷物多いかと思ってたんで、むしろ働き足りないくらいっす」
法雨 は、そう言って笑う京 に対し微笑み返して言った。
「ふふ、流石ね。――今度、アタシの奢りでお礼させてもらうわ」
すると、そんな言葉を受けた京は大きく首を振った。
「えぇっ! い、いいっすよ。それじゃ恩返しの意味ないっす!」
「ふふ、大袈裟ね。いいのよ。そうしたらまた別の恩返しをしてもらうから」
そう言うと京は苦笑するようにして、分かりました、と言った。
普段は騒がしくして子供のような京だが、やはりこういった事にはどうしても遠慮がちだ。
ただ、法雨はそんな彼らの気持ちも見越して、最近ではその気持ちを無下にせずに礼をする事も手馴れてきた。
「じゃあ先に、俺からの礼を受け取ってくれるかな」
「え? えぇ!?」
そう言って家から出てきた雷 は、玄関口で法雨と話していた京に対し、丁寧にまとめられた洒落た封筒の束を手渡した。
そして、その中の一つをを恐る恐る開けた京はまた驚きの声を上げた。
すると、それに釣られるようにして周りの仲間たちも封筒の中身を覗き込む。
「こ、これって」
そうして驚いたままの京がそう言うと、雷は穏やかに微笑んで言った。
「こうして引っ越しを手伝ってくれたんだ。お礼くらいさせて貰わないと気が済まくてね。それに期限はないから、好きな時に店に行ってみてくれ。それ一枚あれば、店内の好きな酒と交換してもらえるから」
「あ……ありがとうございます……。も、もしかしてこれ、全員分あるんすか……」
「あぁ」
そうして雷がそう返事を返すと、京は改めて深々と頭を下げて礼を言った。
そして、それに続き仲間たちも同じようにした。
恐らく、彼らの会話から察するにそれは酒店で使える商品券か何かなのだろう。
だが、その見覚えのある封筒は、そこそこにお高めの酒も取り揃えている有名な酒店専用のものだ。
という事はその商品券も、その酒店で使えるものということで、彼らには気軽に手には入らないものだったのかもしれない。
「本当にありがとうございます。――あの、後はもうお手伝いする事とかはないっすか?」
「あぁ、――大丈夫かな?」
雷はそうして京に返事をしつつ、次いで法雨に問うように言った。
するとそんな問いかけを受け、法雨は笑顔を返す。
「えぇ、もう大丈夫」
「――だそうだ。今日は本当にありがとう」
「いえ! お役に立てて良かったっす。それじゃ、俺らはこれで。――また何かあったら呼んでください! すぐに駆けつけますんで!」
そうして一台トラックと二台ほどの大きなワゴン車に乗り込んでゆく中、京はそう言って笑顔を見せた。
「えぇ、ありがとう。気を付けて帰ってちょうだい」
「はい! ありがとうございます! それじゃ!」
そして法雨がそう声をかけて手を振ると、京はまた嬉しそうにしながら一礼し、仲間たちの車に乗り込みその場を後にした。
そうしてその日、法雨は無事、雷の自宅への引っ越しを終えたのだった。
法雨は雷と迎えたあの朝を経て、それから雷との一年ほどの交際の後、同棲する事となったのだった。
そして、同棲する場所について話し合った結果、法雨のバーからもさほど遠い場所でもないということから、法雨は現在雷が暮らしている一軒家へと引っ越すことになったのだった。
「想像してたより少な目だったけど、無理に捨てさせてしまったりしたかな」
「え? いえ、大丈夫よ。元からあまり物は溜め込まない主義でね。洋服も、ちょくちょく売りに出したりあげたりしてたから、無理に捨てたものはないの」
「そうか。それなら良かった」
そうして無事に引っ越しを終えた法雨は、法雨の自室として渡された一室で、雷とそんなやりとりを交わす。
あれから一年の月日を経て、彼らもまたお互いに敬語を脱し、親しげな口調で言葉を交わすようになっていた。
「さて、荷解きね」
そしてその部屋を見渡し、法雨がそこで腰に手を当てそう言うと、雷が言った。
「そうだね。――ところで、それは俺が協力しても大丈夫なモノかな?」
すると、そんな問いかけを受けた法雨は少し悪戯めいた表情で言葉を返した。
「アラ、やぁね。一体それはどういう意味かしら?」
「ははは。いや、一応一緒に住むとはいえ、最低限のプライバシーはね」
「ふふ、そうね。――でも安心して。雷さんに見られちゃまずい物なんて一つもないから」
「そうか」
法雨がそう言って微笑むと、雷もまた微笑み返し、愛おしげに法雨の髪を撫でた。
そして、法雨はその大きな手で撫でられる感覚に心地よさを感じ、もう少しで時間という概念を忘れそうになりはっとするようにして言った。
「――いけない。このままじゃ荷解きする前に身体が解けちゃうわ」
そうして法雨は髪を撫でていた雷の手をそっと両手で包み胸の前で抱くようにした。
「はは、それは大変だ。そうなる前に荷解きを始めようか」
「えぇ」
そんな法雨の言葉に楽しそうに笑った雷はそう言い、法雨に包まれていない方の手で法雨の肩にそっと手を添えた。
それから数時間後、ある程度の荷解きを終えた法雨はふとある物を見つけ声をあげた。
「あら懐かしい。そう言えばこれも持ってきてたわね」
「ん? なんだい?」
部屋の外にダンボールをまとめてくれていたらしい雷は、法雨の声に応じるようにして部屋に戻ってきては穏やかに尋ねた。
「学生時代の卒業アルバム。――まとめて詰め込んだから気付いてなかったけど、これも持ってきてたみたい」
「おや、そうだったのか。――でも、法雨さんは学生時代も美人だったんだろうね」
「ふふ、相変わらずお上手ね」
「いつも通り、本心だよ」
「そういうところも、ね」
そう言った法雨は嬉しそうにしながら柔らかなカーペットに腰を下ろし、そのアルバムを開いた。
そして、雷もその隣に寄り添うようにして腰を下ろした。
「これは高校生の時?」
「えぇ」
そう言って開いたページには、法雨が友人たちと修学旅行を楽しんでいる際の写真が載っていた。
「………………」
そして、そんな高校生時代の法雨を見るなり、雷はやや沈黙した。
そんな雷に気付き、法雨は首を傾げる。
「どうしたの?」
「……いや、想像以上に本当に綺麗だから驚いてね」
「ふふ、もう、そんなに褒めても何も出ないわよ」
「もうこれだけのものを出してもらってるからね。十分だよ」
法雨はそう言われ、また照れたように、
「もう……」
と言ってページを捲った。
だが、そんな法雨に微笑むようにしていた雷は、その次のページを見るなりまた黙した。
「あら? 今度はどうしたの?」
「い……いや……うん。――その、これは……?」
「あ、あら! あぁそうね……ええっと、これはその……文化祭の時の写真ね……」
「あぁ……なるほど……」
するとそんな雷が示した写真を見るなり、法雨は少し頬を染めて取り繕う様な様子でそう言った。
その写真には、これまでは男子用の制服を着ていた法雨が、女子用の制服を着ている様子が写っていた。
それは当時、文化祭で男子が女装をして客引きをするという催しをしていた時のものだ。
法雨はその時、同級生の女子たちの熱い要望に応え、制服からコスチュームらしいものまで、何度も衣装替えをしては客引きをしていたのだった。
「これは、ちょっと心配になる短さだね……」
「え、あぁ……あはは……なんか……中途半端に長いと逆に落ち着かなくて……」
そしてその制服姿の法雨は、その真っ白な太腿がほぼすべて見えるほどの丈までスカートを短くしていた。
そして雷は、写真の中の事とはいえ、そこに色気を感じるよりも本気で心配になっているようだった。
そんな雷の様子を見るなり、法雨はそこに雷らしさを感じていた。
そしてそんな中、次に二人は法雨の中学生時代のアルバムを見ることにした。
「ううん……」
「ふふ。じゃあ雷さん。今度は中学時代のアタシを見たご感想はいかがかしら?」
「ははは。うん、この頃は、美人さんだけど可愛らしさも強いね」
「もう……ほんと照れるわね」
「しょうがないよ。嘘はつけないから」
そう言ってまた何度目かのそんなやりとりをして、二人はまたそのアルバムを捲っていった。
「法雨さんは、いつ頃からそうして振舞うようになったんだい?」
そんな中、雷はふと思ったのかそう尋ねた。
「ええっとそうね……確か小学生くらいだったと思うわ」
「そうだったのか……」
「ええ。――アタシ、母のようになりたくて」
「お母さん?」
「そう。アタシが言うのもなんだけど、母は凄く綺麗なヒトでね……子供ながらにそれが自慢だったの。それで……そんな母に憧れて、まずは母の真似をし始めたの。それが、こうして振舞うようになったきっかけ」
「そうか……でも、納得だな」
「え?」
「いや……法雨さんがそれだけ綺麗なんだ。だから、子供ながらに憧れるほど美しい女性だっていうのは、実際に見なくても分かる気がするよ」
「ふふ」
法雨は実際に会って居なくとも、家族を含め、自分や母を褒められる事がとても嬉しかった。
そして法雨は当時の事を思い出し、静かにほほ笑むようにして言った。
「……それとね、アタシ……小さい頃からオオカミの王子様に憧れてたの」
「オオカミの、王子様……?」
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