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誠 1
「こっちビール追加ー!」
朝島快人(かいと)を前に、飲みサークルの部長の楢橋(ならはし)がデレデレと鼻の下を伸ばしている。
朝島は、いつも隣をキープしている楢橋にニッコリと優雅に微笑んでいる。見る気がなくても、自然と朝島を目で追ってしまう。
その妖艶とも言える赤い唇を。漆黒の艶やかな瞳を――。
「っ…やば…」
朝島を見ていたら、目が合ってしまい、慌てて逸らした。けど、その直後に慌てて逸らした方が不自然だったんじゃないかと思ったのだ。
「誠(まこと)、どしたの?」
「あ、いや。別に…」
「ふうん。それにしても、今日もかわいいよなぁ」
隣の席の同級生が部長達の座る席の方…朝島を見て言った。
「俺さっき目合っちゃった。すぐ逸らしたけど」
「いいなぁ。なんか色気あるよな、あいつ。……やっぱヤりまくってるからかな?」
「そういう言い方やめろよな」
「だってあの脳ミソ下半身みたいな楢橋さんがデレデレだぜ?そーとーいいんじゃねぇ?あー、俺にも振り向いてくれねーかなー」
「無理だろ」
朝島は、この男だけの飲みサークルのアイドル的存在だ。
俺と同学年で、今年の4月にこの大学に入学した。
大学には女子もいるのに、朝島は入学当初から誰よりも目立っていた。化粧の濃い、茶髪の女子よりも綺麗で、性別を忘れて見とれてしまう程だ。
男には全く興味のない俺がそう思うんだから、他の奴等もそうみたいで、教室ではすぐに朝島を囲むハーレムが出来た。派手な連中がいつも朝島の側にいて、俺みたいな平凡は話し掛ける事すらできない。
入学してすぐノリで入ったこの飲みサークルに朝島もいて、ようやく話ができるチャンスかと思ったが、半月経った今になっても話せない所か目が合っただけでもあの体たらくだ。
部長、副部長を初めとした4年生達が、朝島の周りにぴったりついているから、俺達1年坊主は遠巻きに見ることしかできない。
朝島はまるで女王さまみたいに臆することなく4年生の中にいて、いつも見る物を虜にする様な笑みを浮かべていた。
*
そんな朝島と、昨日寝た。
昨日というのは、飲み会の次の日で、つまり、昨日まで俺と朝島は口を聞いたこともなかった。
俺のベッドに横たわる朝島は、物凄くセクシーで目の毒だ。
男と寝るのなんて初めてだったのに、朝島は妖艶で、受け入れる事に慣れていて、感じる仕草も声も官能的で物凄く興奮した。何の躊躇も葛藤もなく、夢中で朝島を抱いた。
今まで経験してたセックスがままごとに感じるくらい、情熱的に求め合って、朝島の滑らかな肌の虜になった。
昨夜の事を思い出すだけで身体が火照り出す。
気持ちを切り替える為に、つけっぱなしだったネックレスを外して、テーブルの脇に丸まっていた部屋着を身につけた。
「おはよう誠」
「お、おはよ」
いつの間にか起きていた朝島に声をかけられて、別に悪いことした訳でもないのに少しオドオドしてしまう。
っていうか、誠って…。
「朝島、俺の下の名前知ってたの?」
「知ってるよ。俺の事も、名前で呼んで」
「え…じゃ、じゃあ、快人?」
どぎまぎしながら言うと、朝島が…快人が、ニッコリと笑った。
そして、一糸纏わぬ姿でベッドから下りたから、慌てて視線を逸らした。
「シャワー借りるな」
そう言い残して快人はシャワー室に消えたので、自分の部屋なのに張っていた肩をようやく下ろした。
憧れの相手を抱いて、しかも最高に気持ちよかったのに、なぜかすっきりしない。快人があまりにすっきりあっさりしていて、それが腑に落ちないのかもしれない。
俺、何期待してんだか…。
昨夜、居酒屋のバイト帰りに偶然快人と会った…というか、酔っ払いに絡まれていたので助けてやった。
ずっと空手をしていたので、腕には自信があるし、体つきも貧弱ではないのでこういう手合いは恐くない。
少し凄むと酔っ払いは文句を垂れながらもすぐに離れて行った。
お礼がしたいと言う快人を伴って俺のアパートに帰宅して、それからは快人のペースだった。
部屋に入るなり身体を寄せて迫ってきたので、そういうつもりで助けた訳ではないと言ったが、果たして本当に下心がなかったのか…。
「いつも俺の事見てただろ?」と言われて、すぐに快人を押し倒してしまったから、今更下心がなかったなんて言っても信憑性は全くない。
しかも、1回じゃ飽きたらず2回抱いてしまったのだから。
でも、仕方ないだろ…?
これまで遠巻きに見つめていただけのアイドルみたいな奴が目の前で悶えてたら、誰だってそうなる。と、思う。
シャワーの音が止むとすぐにバスルームから呼ばれた。
「誠ー、タオル借りてもいい?」
「あ、悪い」
バスルームのドアから顔だけ覗かせた快人は漆黒の髪が額に貼り付き雫が滴っていて、すごくそそられた。
だから、あんまり快人を見ないようにしながらバスタオルを投げて寄越した。
快人は、やっぱりそういうつもりなんだろう。
これっきりにしては馴れ馴れしいし、付き合うつもりにしてはあっさりとしすぎている。
だからたぶん、俺ともセフレになるつもりなんだろう。
噂はあった。
サークル内の先輩達の間で快人を「共有」していると。
何人に共有されているのかは知らないが、昨夜の慣れた様子を見る限り、かなり経験がありそうだ。
でも、俺はそんな関係になるつもりはない。
あの快人をみすみす手離すのは据え膳というやつだけど、俺は意外と堅い人間だ。昨夜なし崩しに快人を抱いておいてこれまた信憑性がないが、ただヤれるだけの相手なんて作る気はない。
そんなの、自分にも相手にも失礼だ。
快人がどんなに魅力的でも、そういうのはごめんだ。
「サンキュな」
身体を拭き終えた快人が、頭を拭きながらリビング兼寝室に戻ってきた。
全く、ちょっとは身体隠せよ…。
「誠?なんか怒ってんの?」
快人から目を背けて座っていると、背中に快人が体重を乗せてきた。
振り返らずに目線だけ下から後ろに向けたら、昨夜履いていた快人のジーパンが見えた。服着たんだ。
「別に怒ってないから、離れろよ」
「なんだよ。つれねぇの」
ぶすっとそう言って背中の重みがなくなった。
あんまりスキンシップされると、またなし崩しに抱いてしまう。
俺はお堅いとは言え、まだ若いピチピチの男子大学生なんだから。
「まだ帰らなくていいのか?」
「帰ってほしーんだ」
別にそういう訳じゃ…と振り向くと、快人の上半身はまだ何も身に付けていなくて、昨夜さんざん触った白い肌と薄い色の乳首を間近に見てしまった。
「と、とりあえず服着ろよ」
はーいと面倒臭そうに快人がTシャツを被る。
ようやく目の毒が全部隠されて、ほっと息をついた。
「なー、誠」
「なんだよ?」
「俺、暫くここに住んでいい?」
「は?」
唐突に何を言ってるんだこいつは…。
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