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誠 2
「最近、出るんだよ」
俺の困り顔には目もくれず快人が続けたので、俺も呆れながらもとりあえず会話に応じる事にした。
「出るって、何が?」
「変態」
「はぁ?」
あくまでマイペースな快人の話を間抜け面で聞いていたら、そんなあっけらかんと語るような内容じゃなかった。
いつもマンションを出入りするときに視線を感じる。
ここまではいい。気のせいという事もあるし、快人ならたぶんどこにいても視線を集めるだろうから。
だが、消印なしの封筒に入った盗撮写真が投函されたり、非通知ではぁはぁ電話が毎日かかってくるというのは、聞き捨てならない。
とどめに最近は犯すだの殺すだのと書かれた脅迫文まで写真に同封されているらしい。
「それ、ヤバイんじゃん」
「そ。ヤバイの。だからさ、誠が匿ってくれよ」
「なんで俺?」
素朴に疑問だ。なんで俺?
「快人なら、喜んで匿ってくれる奴たくさんいるんじゃねぇの?護衛までしてくれたりして」
「そうだけど。でも、あいつらに頼んだら毎日お礼に寝なきゃいけないだろ?」
「え?寝るの嫌なの?」
聞くべき所はそこじゃないだろと自分に突っ込みながらも気になった。昨夜の様子からはとても嫌々男と寝ているとは思えなかった。
「……別に。ともかく、あいつらの一人に頼んだら、そいつの女みたいになんだろ。俺まだ一人に絞る気ないし。誠強そうだし、寝る必要もなさそうだから、俺は誠がいーの!」
なんだそれ?駄々っ子かお前は?と数々の文句は浮かんだが、かわいく誠がいいなんて言われたら、なんか断れなかった。それに、脅迫とかが本当なら放っておけない。俺は昔から苛められっこを放っておけない質だ。
そんな訳で唐突に俺と快人は一緒に住むことになった。
荷物を取りに行くという快人について行って、段ボールに無造作に突っ込まれた脅迫文や盗撮写真を確認した。かなりの数だ。昨夜取り込んでた時も、快人の携帯がしつこく震動していたので、疑ってはいなかったが、本当に変なやつに狙われてるんだと実感した。
弱い奴や虐げられてる奴は守らないと。むくむくと俺の中の正義感が頭をもたげる。
必要最低限の荷物を持った快人を守るように、俺のアパートへと帰った。
結局俺が護衛までしてるし…。
「快人、昨日俺に出会わなかったらどうするつもりだったんだ?」
「誠って鈍いんだな。偶然出会ったと思ってんの?」
「違うのか?」
二人で夕飯の麻婆豆腐を作りながらの会話だ。麻婆豆腐の素で作るこれは簡単だしうまいし、俺の得意料理だ。
「な訳ないじゃん。用もないのに一人であんなとこうろつかねぇよ。誠待ってたの」
「は?なんで?」
思わず豆腐を切る手が止まった。これ絹ごしだから、手元狂うとぐしゃ、だ。動揺しながら切らない方がいい。
「誠が気になってたから。俺、誠の事結構知ってるんだぜ」
シンクでレタスを洗いながら軽快にそう言う快人をまじまじと見てしまう。
こいつが俺を…?
「例えば、バイト先は黒木屋だろ?あと、出身校は第一高校。彼女は高校時代はいたけど今はなし」
どうだ?と自信あり気に微笑まれても困る。いや、全部正解だけどさ。なんで知ってるのかとか、なんで俺を待ってたのかとか、そっちが知りたい。
気になってたってどういう意味なんだよ。
「あ、別に誠が好きって訳じゃないから、安心してな」
「そうかよ…」
やっぱ期待して損した。
こいつはそういうタイプじゃないよな。
「でもさ、ほんとに彼女いねえの?」
「いねえよ。高校卒業の時に別れた。彼女地方に行っちゃったから」
「でも、そのネックレス、意味あり気にいつもつけてるよな?」
快人の目線の先は、俺のイニシャルのモチーフがついたネックレスだ。
「前の彼女からの貰いもん。つけないと怒られるから癖になっちゃって…」
そして、付き合ってる間ずっとこれをつけてたからか、いつしかこれがないと格好が決まらない様な気がして、今では深い意味はないけれどいつも身に付けている。
「ふーん。いつからつけてんの?」
「2年ぐらい前からかな」
「ふーん……」
快人は目を細めて俺のネックレスを見つめた。
「……どした?」
「別にー。おい誠、手止まってるぜ?早く作れよー」
「お、おう」
ヤキモチでも妬いてくれたのかと少し期待したのに、また随分あっさりとしやがって…。
麻婆豆腐は崩れず綺麗に作れた。
快人の作った…というかちぎったレタスにドレッシングをかけて、一緒にテーブルに並べた。
快人は俺の斜め横に座って、うめぇなとパクパク食べていて、いくら「素」で作ったとは言え手料理を褒められるのは嬉しくて気分がいい。
「快人、お前って案外普通なんだな」
「どういう意味?」
モグモグしながら快人がこっちを見た。唇がラー油でテカテカしてる。
「いや。なんか、普通の男子大学生だな」
「なんだと思ってたんだよ?」
「もっとなんかこう、深窓の令嬢みたいな感じかと思ってた」
そんな男いねえよと笑う快人は、びっくりするくらい綺麗なのは変わらないけど、それ以外はどこにでもいる普通の大学生に見えた。
昨夜の妖艶な快人とは別人みたいだ。
入学して1ヶ月足らずで男を何人も喰っている様な奴には到底見えない。
「なぁ快人。あの噂って、」
RRRRR…
「あ、ごめん俺の」
快人が床に無造作に置かれた携帯を手にして、ディスプレイを見たまま一瞬固まった。
「もしかして、あの電話?」
「いや、違う。楢橋さん」
快人はそう言って携帯を耳に当てた。
「もしもし…はい………いや、今日は無理です。……違いますよ、守山さんのとこじゃなくて。え?……ふふ…違うって。ただの友達の家……本当ですって。………じゃあ、明日なら。……はい。……それじゃ」
通話を終了させた快人が苦笑してこっちを見た。
「楢橋さん、最近しつこくて。今も俺のマンション前からかけてきたんだぜ?ストーカーかって」
「でも、明日会うんだ?」
「まぁな」
「嫌なら会わなきゃいいじゃん」
「1週間お預けしてるから、そろそろヤバイだろ」
ヤバイってなんだよ。
あいつは1週間溜めてたら暴発でもするのか?あのチャラい楢橋ならあり得なくもないが、チャラいだけあってモテるあいつは、わざわざ快人が相手しなくたって選り取り見取りの筈だ。
「誠もう食わないの?俺貰おっかなー」
言うなり俺の麻婆豆腐をかっさらって行った快人は子供みたいに無邪気に笑っていて、とても話を蒸し返せなかった。
「行くなよ」の一言が言えなかった。
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