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誠 3
俺と快人は一緒に住んでいるけど、変わったのはただそれだけだ。
学校でもサークルでも話さない。
ただ匿っているだけなのに、嫉妬されたりやっかまれたりするのはごめんだから、このままでいいけど。
それに、一緒に食事したのは同居を開始したあの日だけで、次の日もその次の日も快人は外泊した。
たまに帰ってきても、俺が就寝した後だったり、逆に俺がバイトで遅くなって、帰ったら快人がもう寝ているということばかりで、すれ違っていた。
だから、物の配置が微妙に変わっていたり、ミネラルウォーターが減っていたりするのを見てようやく同居人がいると実感するくらい、快人の存在感は薄かった。
そんな生活が1ヶ月続いた今日、珍しく土曜日にバイトのない日で、友人宅から戻ったら快人がいて、携帯片手に怒鳴っていた。
「まじ気持ちわりーんだよ!このバカ!アホ!はぁ!?俺、そんな風に喘がねーし。そんなプレイしたことねーし!あ!?誰がお前なんか!バーカ!」
「おい、快人?」
「あ…。もう切るからな!二度とかけてくんなよ!」
荒々しく画面をタップして電話を切った快人は、まだイライラが収まらない様子だった。
毎日学校で見かけているのに、遠目で見る快人は近付きがたい美しさがあって、なんだかすごく久しぶりに快人に会った様な気がした。
「さっきの電話、どうしたんだ?」
「変態だよ。最近変声機みたいの使って、妄想エロ小説みたいの朗読してくんの。まじキモチワルイ」
快人は身震いのジェスチャーをして心底嫌そうに話しているが…。
「お前なぁ。変態と会話しちゃ駄目だろ」
「だって、俺前テレビで見たことある。着拒とかしたら、逆にエスカレートするって」
「着拒しろとは言わないけど、会話したらそれはそれで相手が喜ぶだけだろ。無視してりゃいいんだよ」
「だって、俺アンとかイヤンとか言わないぜ?それに、ロウ垂らされて喜んだりもしねぇし!」
快人は必死だ。こいつ、天然か?
「不本意なのはわかるけど、応じない方がいいぞ。変態が調子に乗って実力行使してくるかもしれない」
快人が今度は本当に身震いした。俺も、自分で言って、ゾワっとした。
このSM趣味らしい変質者に快人を好きにさたくない。
「相手、心当たりないの?」
「うーん。ないこともねえけど、特定はできない」
「ないこともないって?」
「クラスの奴じゃないかと思って」
「クラスの?」
聞けば、以前から自分の知っている人物だと薄々思っていたらしいが、最近相手が喋る様になって、「○○の授業居眠りしてたね」とか、「レポート間に合ってよかったね」とか、よっぽど間近にいないと分からない筈の事を言い出したので、クラスの取り巻きの誰かだと思っているらしい。
「あいつらの中にねぇ…」
あの派手なチャラい連中がそんなことするものだろうか。
あいつらは、サークルの連中と違って、見た目のいい快人と一緒にいることが自分のステイタスだと思っているだけの様に見えるけど。
「変態の話はもういーや。俺、久々に誠の手料理食いたいな!」
「なんかあったっけー?」
確かに久々に快人とゆっくり過ごせるのに変態の話で時間を使いたくはない。
冷蔵庫を開けると、中はすっからかんだった。
「何もねぇや。家で食べるなら材料買いに行かなきゃだぞ」
「じゃあ買い出し行こうぜー。俺腹ペコペコ」
二人でコンビニまで歩く。
今更ながらすごく不思議だ。
あの快人とこうして並んでコンビニまで行って、自炊の材料を買ってまた俺のアパートに帰るなんて。
快人のリクエストで、また麻婆豆腐を
作ることになった。
快人は今日は付け合わせのトマトを切っている。
「意外と包丁使えるんだ」
「おう。家、父子家庭だからな」
繊細そうな見た目は、お嬢様な母親に大事に大事に育てられましたって感じだけど、こうして話をしていると、父子家庭というのが不思議としっくりくる。
きっと細かい事を気にしない豪胆な性格や、甘ったれた所のない生命力の強さみたいなものを感じるからだ。
それなのに、放っておけないというか、庇護欲をそそられるのは、天真爛漫で子供っぽい所があるからだろう。
「できたぜー!誠も早く作れよ」
綺麗に櫛形に切ったトマトを皿にこんもり盛って、テーブルに運んで行った快人は、もう仕事は終わったという風にテレビの前に陣取った。
手早く麻婆豆腐を炒めて、俺も快人の斜め横に座る。
テレビの向かいは家主の俺がいつも座る場所だけど、快人が美味しそうに俺の作った物を食べて、テレビで笑っている姿を見てたら、なんかすごく満たされた気持ちになって、
「なぁ、快人。お前もう少し家に帰ってきたら?」
言葉が自然と口をついて出ていた。
「ん?あーそうだな。俺も誠の作った飯食いたいし。お前がバイトない日は、早く帰るかな」
ニッコリと笑う快人に心臓がはねた。
憧れがいつの間にか本物の恋になっていた様だ。
俺は、快人に惚れてるんだ。
でも、快人にはたくさんのセフレがいて、現に今もセフレだろう相手と電話をしている。
「明日?明日は無理ですって。……明後日ならいいですよ。………わかってます。……それは無理。……無理だって。………それじゃあ明後日ってことで、もういい?え?……ふふふ…わかったよ。ありがと。……」
相手が電話を長引かせようとしているみたいで、快人も次第に困った様な顔になっている。
「こいつは俺のだから」って電話を取り上げてその相手に言ってやりたい。
が、言える訳もなく。快人は俺のじゃないし、快人の交際を邪魔する権利もない。
ようやく電話を切った快人は疲れた顔をして携帯を放り投げようとしたけど、また着信が入って、面倒くさそうにそれに出た。
さっきと同じようなやり取りをして、そいつとは明明後日会う約束をしていた。
今度こそ携帯を放り出した快人は、何を考えているのかわからないが、一点を見つめて何か考え事をしているみたいに見えた。
「俺明後日バイト休みだったのに…」
恨みがましく言ってやると、ぱっと快人の顔に表情が戻った。
「まじか。先に聞いておけばよかったー。来週は?」
「来週はもう来月になるから、まだシフト出てねえんだ。出たら教える」
「お、サンキュ。あ、忘れない内に。…はい、今月分」
快人が財布から万札を何枚か抜き出して差し出した。
「いーよ、こんなに。快人殆ど家にいないし」
「これから居るようになるかもだからさ」
快人が帰ってくる日が増えることを祈ってしぶしぶ受け取ると、6枚もあった。半分返そうとしたけど、風呂に逃げられて、結局返せなかった。来月受け取らないことにすればいっか、なんて考えて、来月も快人が居候してるかなんてわからないじゃないかと思い直したら、なんかずんと沈んだ。
俺の部屋は狭いワンルームだから、快人の寝る場所は、ローテーブルを台所に移動して確保していた。
快人が一人で寝てるときは、テーブルを動かすのが面倒だからか台所に布団を敷いて寝ていたから、初めての時は気づかすに踏みそうになった。
快人が風呂に入っている間に俺のベッドの横に布団を敷いておいてやると、チープなアコーディオンカーテンに仕切られた洗面所から出てきた快人が嬉しそうに布団に横になった。
「久々にゆっくり寝れるー。誠の家、なんか落ち着くんだよなー」
「それって、俺の事男だと思ってないってこと?」
思わず本音が飛び出していた。
快人はきょとんとした後ににんまり笑った。
「何言ってんだよ。誠はすげーいい男だと思うぜ?」
「…ごめんごめん、変なこと言ってさ…」
「誠、俺のこと抱きたい?」
快人の言葉に俺は変な体勢で固まった。
「な、何言ってんだよ、俺はそんなんじゃ…」
「でも1回…2回やったし。別に減るもんじゃねえから、誠がしたいなら俺は構わないけど?」
快人は事も無げにそんな事を言って妖艶に微笑んだ。
これ断れる奴いんの?
でも、俺は快人が好きだから…。
「快人さ、そういうのよくないよ。快人は何で色んな奴と寝るんだよ?」
「何でって、それ誠に関係ねぇし」
快人はきっと粉をかけて断られた事なんてないんだろう。むすっとした顔でそっぽを向いた。その子供っぽい姿は、さっきの妖艶な笑顔とギャップがありすぎてドキドキする。
「快人はさ、そうやってる方が快人らしくていいな」
「は?何?膨れっ面がいいって?お前変な奴!」
ぷくく…と笑う快人は表情も感情も子供みたいに豊かだ。それが少し離れて見ると冷たい美貌だけが目立って印象ががらっと変わるんだから不思議だ。
「快人は、そうやってガキみたいにしてるのが似合うって言ってんの。だからさ、もうあーいうのやめたら?」
「なんだよ誠ー。俺に本気かー?」
「そう。俺は快人が好きなの。本気で。だから、もうするなよ」
勢いで告白までしたら、快人は鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔して固まった。
「そんなに驚く?楢橋さんにも守山さんにも言われてるんじゃないの?」
「言われてる。言われてるけど、誠とは1回…じゃなかった、2回しかヤってないのに」
真面目な場面なのに変な所律儀な快人に和まされて、俺は饒舌になった。
「言っとくけど俺、快人とヤったから好きになった訳じゃねえから。あの時の快人だってそりゃあ魅力的だったけど、普段のガキっぽい快人の方を俺は好きになったから」
「…んだよ、もっと早く誠と出会ってれば……」
快人はなぜか意気消沈していて、ガーンという効果音が似合う格好で蹲った。
「なぁ快人、返事は?俺、快人に告白したんだけど」
「ちょっと俺考え事してっから、後にして」
「俺の告白差し置いて考える事?」
「そ。すげー大事なこと」
普通告白した奴ないがしろにして自分の世界に入るか?
でもまぁ快人ってそんな奴だ。結構酷い扱いされてるのに、全然腹が立たないのは、それだけ快人が好きだから?
そんな風に自分の中でノロける俺も、大概マイペースだ。
「なぁ快人ー?考え事終わった?」
「まだ全然終わらねぇよこんちくしょー」
「なー、じゃあさ、とりあえず明日の約束キャンセルしとこうぜ」
「はぁあー?何で?」
「だって、考えがまとまって、快人も俺のこと好きってなるかもだろ。俺に返事するまでは他の男と寝るなよ」
「…明日は兄貴と会うんだよ」
ようやく顔を上げた快人が口を尖らせて言った。
その顔がかわいくてついからかいたくなってしまう。
「アニキって、どういうアニキ?」
「は?…あー!おっまえ、変なこと考えてんだろ!最低だなー。普通の兄貴だよ、兄ちゃん!」
「ごめんて。冗談。快人兄ちゃんいるんだ?」
白い目でこっちを見ていた快人の顔がまたぱっと変わった。
「おう。俺と違って優秀なんだぜ」
頭がよくて、スポーツも万能で格好いいんだ…快人は誇らしげに兄の事を話していて、兄の事が大好きなんだろうなと思わされた。
「へぇ。兄さんいくつなんだ?」
「今年で22」
「快人に似てる?」
「いーや、性格も違うし、全然似てねえよ」
「なーんだ」
「なんだって何だよ!お前、兄ちゃんに会ったら惚れるぞ?俺なんかに惚れてるお前なんかイチコロだっての」
「俺は男には快人にしか興味ないって」
快人の自覚がありそうでない所に呆れるけど、そういう所が可愛いんだよなぁ。
快人はその後も結局自分の世界から出てきてくれなくて、告白の返事を聞くこともなく、それぞれの場所で眠りについた。
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