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1-1 アキヒコ
ピピピッ、と耳慣 れた目覚まし時計の耳障 りな音が鳴っていた。
二回目のアラームやった。
一回目が鳴った後、二度目の警告を鳴らすように、俺がセットしなおしたんや。
今日は用事があるから、タイムリミットがある。夏休みやからって、のんびりしてられへんねんて、寝起きの熱のままからみついてきた亨 の耳に、約束してくれって囁 いた。
目覚まし鳴ったら、もう終わり。あっさり止 めて、俺を出かけさせてくれ。
「ああ、アキちゃん、目覚まし鳴ってるわ……もう、いかなあかん」
俺に突かれながら、ベッドのヘッドボードに背を押しつけてた亨 は、泣きそうな声でそう言い、ナイトテーブルにあった鏡 のような目覚まし時計に手を伸 ばした。
光る赤い文字で、デジタル時計が、朝の七時を告げていた。
いつも六時に起きて、ベッドでだらだらしてる。俺は寝起きはいいほうやけど、亨 はいまいち。眠い眠いで、しかもエロい。なんでか朝には、そういう気分になるらしい。
朝起きて、腹減 ってるのとおんなじで、なんか、そっちのほうも飢 えるらしい。
アキちゃん、朝立ち直そうかって、余計なお世話なことを口実 に、ねっとり甘く絡 みついてきて、俺に自分を抱かせようとする。
用事あるからって、拒 むこともあるし、何となく気恥 ずかしくて、アホなことしとらんと、さっさと起きろ、朝が勿体 ないやろって、逃げることもある。
でも、それをどうしても、拒 めないこともある。
たぶん、基本的には俺もしたいんやと思う。
亨 はいつも、裸 で寝てる。俺もそうやけど。
昨夜 の愛欲 の続き。一回やって、時には二回とか、とにかく抱き合って心地よく疲れ、そのまま何となく寝て、朝はその続き。
どことなく甘い汗 の匂 うような、亨の白い体を抱いて目覚めると、時々堪 らんような気がすることがある。
お前が好きや。抱きたいって思う。そういう時に巧 みな指で誘 われると、どうやって拒 むのか、思いつかないこともある。
今朝がちょうど、そんな朝で、亨 が熱い息で耳元に、アキちゃん、抱いてって誘 うもんやから、それはもう、しゃあないわと思った。
何がしゃあないんやろ。ほんまに言い訳や。
一時間もあったのに、うっかり激しくいちゃつきすぎて、入れたのは、ついさっき。それで目覚まし鳴って、そんなアホなという情けない顔を、亨 はしてた。入れたばっかでお預 けかと。
「アキちゃん、嫌 や、やめんといて……」
やめる気配 は微塵 もない俺に、膝 をとられて押し開かれながら、亨は目覚ましを止めて呻 いてた。
「憎ったらしい目覚まし時計や。いつかぶっ壊 してやりたい……」
そんな恨 み言を呻 く亨の耳を、俺は舐 めた。頼 み込みながら。
「壊 さんといてくれ。おかんから貰 った入学祝いやねん。ここに住むとき、買 うてくれたんや。寝坊したらあかんえ、って言うて」
耳も弱いし、そっと舐 めてやると、亨は喘 ぐ。
それで、優しく舐 めながら話してやると、亨は震 えながら悶 えた。
「そ……それは、なおさら、壊 さなあかんわ……」
やめといてくれ。亨がその暗い陰謀 を早々 に忘れるように、俺は激しく責めた。
いちばん盛り上がるところで、申し訳ないんやけど、俺は出かける用事があるねん。
こんなこと、やってる場合やないねん。
風呂 入って飯 食って、めろめろですみたいな表情を押し隠し、とっとと出かけなあかん。道場 へ。
昔、諸般 の事情でやめてもうた剣道を、遅まきながらまた習うことにした。夏休みやし、それを利用いたしまして。
ほんまは卒業制作で、そんな暇 ないんやけど、でもこれも、実家の家業 やねん。
秋津の当主には、剣術の技 がいる。ほんまのこと言うたら、別にいらんのやけど、無様 に剣を振り回すというか、剣に振り回されるのが嫌 なんやったら、得物 に匹敵 する技 を身につけてこいと、おとんから譲 り受けた伝家 の宝刀 、水煙 様が、そのように仰 せなんや。
水煙 は、喋 る剣。声に出して喋 るわけやないけど、心に訴 えかけてくる。時に厳 しく、時に嫌 みたっぷりに。
お前のおとんは、もっと悦 かったわ、って。
太刀筋 のことなんやろうけど、その言い方がやけに意味深 でたまらん。
俺は別に、水煙 を巡 って、おとんと張り合うつもりはない。そ
ういうわけやないけど、お前のほうが下手 やなって、正面きって言われると、なんやと、って思う。お前より、アキちゃんのほうが上手 やったわって、しみじみ言われると、くそう、今は俺がアキちゃんやと、意味不明の闘志 が湧 いてくる。
それで、あっさり言い含 められて、昔おとんも通ったという、古い知人の道場 へ、入門 することになったんや。
俺って水煙 に、操 られてる?
亨 にもちょっと、操 られてるような気がする。
白い亨 の柔肌 から離れがたいような、こんな朝には特に、そんな気がする。
俺はこんな、意志の弱い男やったっけ。人の言うなりに、ああせえ、こうせえ言われて、はいそうします、みたいな。そんな自分の意志のない奴やったっけ。
ほんまにもう、どないなってんねん。亨 とデキてもうてから、何もかも変わった。
いい方へかもしれへんし、悪い方へかもしれへん。自分ではもう、良く分からへん。
亨 はめちゃくちゃ気持ちよさそうに喘 いでた。白い喉 を仰 け反 らせ、上気 した顔で喘 ぐ。
綺麗 な声で、絶 え間 なく歌う。
アキちゃん好きや、気持ちええわ、もっとして、もっとして、って。
そのうちそれが、何を言うてんのか分からんようになって、亨 は震えてくる。それは快楽の震えで、辛抱 堪 らんらしい。
それでも我慢 してる。早々にイってもうて、抱き合う時間があっさり終わってしまわないように。
「あ……っ、いやや、イキそう。も、もう無理そう、我慢 できなさそう」
はよイけって、追い上げるつもりで、俺は亨 の前も愛撫 した。
ついでに足の指も舐 めてやる。そしたら亨 は明らかに顔色が変わった。
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