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1-2 アキヒコ

「ずるいわ、アキちゃん、それは……反則(はんそく)」  ルールがあったんや。俺は(とおる)を責めつつ、その新事実に(おどろ)いてた。  そんなん知らんかったわ、いつのまにできてたんや、そのルール。 「まだ、入れて三分ぐらいやで。五分は()ってない。まだ、早いわ……」  時間(はか)ってたんかと、俺は(とおる)がまだ持ったままやった目覚まし時計を見た。  もともと俺は(とおる)を、触れなば落ちんのところまで追い上げてから、中に入った。  そうしないとな、ヤバいねん。こいつとやるのは、ほんまにめちゃくちゃ気持ちいい。  正直言うたら、入れた瞬間、俺はいつもイキそうになる。  それを(こら)えて、五分十分、十五分と(はげ)むわけやから、相手がまだまだ余裕(よゆう)ですみたいな状態から始めると、こっちが先に()ちてまうやん。  俺はそれは嫌やねん。(とおる)を先にいかせたい。  こいつが感極(かんきわ)まって小さく(さけ)ぶのを聞きながら、俺はいきたいねん。  それが至福(しふく)。ものすごく、達成感がある。  今朝もそうなるように、頑張(がんば)ろうって思って、俺は頑張(がんば)ってた。  たぶんそうなる。もう()れたし、(とおる)とやるのは何回目やろ。  そんなのもう、数えてない。数え切れないくらいやった。  去年のクリスマス・イブに出会って、その夜から始まり、半年が過ぎて、たぶん一目惚(ひとめぼ)れやったこいつのことが、俺は今、ますます好き。  もうお前なしでは人生ありえへん。そう思うけど、それを普段は(だま)ってる。  何も言わないでいる、その情熱を、抱いた体にぶつけてる。たぶん、そんな感じ。  アキちゃん(はげ)しいって、(とおる)はいつも悲鳴みたいに言う。でも、(よろこ)んでるんやで、たぶん。  ああもうやめてって言われるけど、やめたら怒られるから。なんでやめんねん、て。 「あかん……アキちゃん、そんな気持ちええとこばっか、()かんといて」 「そう言われてもな……」  やめたら怒るんやろ。せやから、やめへんけど。  でも、もう、最後の坂道(さかみち)やった。甘く(あえ)ぎながら上り()める。  確かに今朝は、ちょっと早すぎた。前座(ぜんざ)が長すぎた。ちょっとお(たが)い、いろいろふざけすぎた。  お(たが)いの弱点を、知りすぎてる。ほどほど手加減(てかげん)せなあかんねん。一瞬でしたみたいなのが嫌なんやったら。  それか、ものすごく我慢(がまん)強くなるか。お前が好きやって、(くず)れ落ちそうになるのを(こら)えて、(こら)えがたい快楽に必死で()える。そんな我慢(がまん)強さで。 「無理。もう無理やから。俺はギブアップ」  わかりやすい降参(こうさん)宣言(せんげん)で、亨は(うる)んだ目で俺を見た。  その目はどことなく、金色がかって(かがや)いて見えた。 「いかせて、アキちゃん……俺、もう、我慢(がまん)できへんわ」  涙目(なみだめ)(たの)まれ、俺はうなずいた。  それには(はげ)しく賛成やった。  人間、我慢(がまん)できることと、できへんことがある。それは人でなしでも同じや。  ましてお前も俺も、人並み以上に敏感(びんかん)なんやから、我慢(がまん)せえて言うても、それには限界(げんかい)がある。  肉体の相性(あいしょう)も、あまりに良すぎた。普通なら考えられへんレベルの気持ちよさや。  だからこれを、早いと言うな。早くない。今朝が特別早いだけ。  急いでるねん、俺は。用事があるんやって、最初から言うてるやろ。  それにはもう、若干(じゃっかん)遅れ気味やし。もうイかなあかん。もうイキそう。我慢(がまん)するの無理。  (とおる)、好きやって、(こら)えきれずに俺は教えた。  なんで我慢(がまん)してんのか、自分でも良く分からへんけど、俺はいつも、我慢(がまん)してる。こいつに愛を(ささや)くのを。  たぶん()ずかしいんや。我慢(がまん)せえへんかったら、四六時中(しろくじちゅう)そんなこと言うてるんやないかって怖い。  そんなの変やろ。俺のキャラやないわ。そんなの俺らしくない。  だけど近頃(ちかごろ)、それを我慢(がまん)できないときもある。  一度、口を()くと、その言葉は(こら)えきれず(せき)を切ったようやった。  お前が好きやって、何度も教えてやると、亨は震え、それに同意した。  アキちゃん好きやって、ほとんど泣きながら答えてた。  すぐにそれは、言葉を()えて、亨は俺に抱かれながら絶頂(ぜっちょう)(きわ)めた。  その悲鳴のような声が、耳に心地(ここち)いい。  震えてる体を責めて、俺も(とおる)の中で(きわ)まった。そしてキスをした。  ()ずかしいような愛を(ささや)こうとする、自分の口を(ふさ)ぐために。  その強烈(きょうれつ)愉悦(ゆえつ)の時間は、ずいぶん長かったような気がする。  たぶん一瞬なんやろうけど、無限に引き()ばされたような一瞬で、ときどき気が遠くなる。  頭が真っ白になって、その白熱(はくねつ)がゆっくり過ぎると、その後に、深く安らいだような虚脱(きょだつ)がやってくる。  その時はじめてまた(とおる)の顔を見ると、(とおる)大抵(たいてい)まだ、うっとりしてる。  熱い余韻(よいん)(ひた)ってる時の、こいつの顔が俺は好き。  お前は俺のもんやって、いつもそんな執着(しゅうちゃく)を感じる。  前にはそれに、痛みがあった。それが事実とは違う、自分の願望なんやって思えて、なんとなくつらかった。  でももう、最近では胸が痛まないこともある。ただ何となく幸せで、それが願望でなく、当たり前の事実だと思えるような時もある。  実際のところは、わからへん。俺の妄想(もうそう)かも。  でもええねん。(なや)んでもわからへん。(なや)み始めたら地獄(じごく)やし。深く考えなければ天国。それなら、深く考えないほうが(きち)やろ。 「ああ……めっちゃ早かった。めちゃめちゃ()かったけど。最速(さいそく)記録(きろく)更新(こうしん)とちゃうか」 「(はか)らんでええねん」  恍惚(こうこつ)からさめた(とおる)第一声(だいいっせい)がそれで、俺は顔をしかめた。  お前はほんまにムードもなんもない奴や。一瞬でぶち壊し。  亨は目覚まし時計のデジタル表示を見て、最速(さいそく)かな、それとも前のアレのほうが、とか、ぶつぶつと一人会議してた。そんなの口に出さずにやってくれへんか。 「前戯(ぜんぎ)をタイムに含めるかどうかやな、アキちゃん。それが割と重要になってくる、ここまで来ると」 「俺に相談するな」  激しく()える。 「()くぞ」 「ああ、待って、そんな。もうちょっと余韻(よいん)を楽しませて」  それはこっちの台詞(せりふ)やろみたいな事を、(とおる)(せつ)なそうに(たの)んできたけど、俺は無視した。  時間ないて言うてるやん。それにもう、()ずかしいわ。このままお前の、えげつない話を聞いているのは。  (つな)がってるのを(ほど)くと、(とおる)は、心底(しんそこ)がっかりですみたいなため息を()らした。

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