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1-3 アキヒコ
こいつはほんまに、抱き合ってるのが好き。できるもんならずっと、体を繋 げていたいって思うらしい。本人がそう言うてたから間違いない。
でもそれは無理やから切 ないんやって。
無理やって理解しててくれて助かったわ。常識ないから、頑張 ればやれるんちゃうかなって言い出しそうで怖い。
さすがにそれは言わへんけど、でも、できるだけ我慢 して、ゆっくりやってくれって頼まれてる。その割に最近早いわ、って。それが意地悪 やって、こいつは言うねんけど、わざとやってるわけじゃない。
気持ちええねん。ただそれだけ。我慢 できへんだけ。
それを思って、俺はつい、苦虫 かみつぶした顔やったらしい。
亨 が、なんでやねんという、切なそうな顔で俺を見上げてた。
「どしたん、アキちゃん。不機嫌 な顔して」
「いや、不機嫌 なわけやないけど。まあ確かに、早かったなと思って」
身を起こして、間近 に向き合ってきた亨 と気まずく目を合わせて、俺は白状 した。それに亨 は、ちょっと恥 ずかしいように笑った。
「なんや、反省してんのか。気にすることあらへん。そのうち慣 れてくる」
俺の頬 を両手で包んで、亨は唇 にちゅうちゅう音を立てて、ふざけたみたいな淡 いキスをした。
「気持ちええんやろ、体が変わったからな。ようこそ、果てしなき快楽の世界へ」
なにアホなこと言うとんねんと恥 ずかしくなってきて、俺は亨 から目を逸 らした。それでも頬 を包む手からは、逃げられなかった。それが心地いいような気がして。
亨 は蛇 の化身 で、人の血を吸う人でなし。俺はそれを知ってか知らずか、亨 に血を吸われ、自分もこいつの血を舐 めた。
ほかにもいろいろ舐 めた。昼となく夜となく抱き合って、暇 さえありゃあ、キスしてアキちゃん、キスしてキスして、なんやから、そりゃあ、いろいろ舐 めもする。
それによって、俺がまともな人間の体ではなくなると、亨は最初から気づいてはいたらしい。気をつけてたって、こいつは言うけど、絶対嘘や。気をつけてた事なんかあらへん。
初めから俺を、自分の仲間にするつもりやったんや。はっきり意図 してではないかもしれへんけど、とにかく、俺を止めはしなかった。
俺がだんだん、自分の虜 になるのを、今か今かと楽しみにしながら、きっとこいつは待ってたんやで。
ご期待どおり、今や俺はこいつの虜 で、蛇 の眷属 。
うっかり感極 まると、亨の血を吸いたくなるし、体も人並み外 れてきて、感覚も鋭敏 になり、その気になれば道行く人が話す携帯電話の向こうの声にまで、耳を澄 ますことができる。
目もずいぶん良くなった気がする。遠くの小さな文字までくっきり見えて、超便利。
しかもそのまま、ほとんど年をとらずに、半永久的 に生きているという。どこかから精気 を調達 して、死なないようにする限り。
それは俺には、大した問題ではなかった。もともと調達 してるらしいねん。
俺の血筋 は鬼道 を行 う巫覡 の家系で、おかんは踊 る巫女 や。しかし神社にいるような、無難 な巫女 さんやない。
拝 み屋 やという人もいるし、占い師とか、陰陽師 のようなもんとして見ている人もいるらしい。
せやけど突き詰めれば正体不明。魔術師 みたいなもんなんやないかと、俺は時々思う。
神や鬼と通じ、天地 と交感 して、そこから力を得てる。それこそまさに神通力 か。
そうやって、でっかい精気 タンクから随時 ちゅうちゅう吸ってるわけやから、俺の力は尽 きることはない。ほぼ無尽蔵 にある。無限に湧 き出る泉 みたいなもん。
亨 はその俺から血やら何やら搾 り取る事で、お腹いっぱいになるらしい。こいつは俺といるかぎり、精気 吸いほうだいのパラダイスなんやって。
せやからもう他の男なんて漁 る必要はない。せやから浮気なんかせえへんし、要らん心配せんといてって、亨はにこにこ言うけど、その点はどうか怪 しい。
亨は長年、自分の身を保 つため、精気 を貢 いでくれる男を山ほど下僕 として飼 っていたらしい。とっかえひっかえ、それを食うてた。
でもそれは、こいつの趣味も兼 ねてたに違いないんや。
俺とデキてから、腹減る心配がない、もう他の男は要らんて言うくせに、道歩いてる時とか、チェックしてるで。あいつ美味 そう、あっちもええなあ、みたいにな。
それはもう、どうしようもなく染 み付いた、癖 みたいなもんらしい。わざとやってる訳やないって、亨はしょんぼり言うけど、わざとのほうがマシやで。
最近のお気に入りは、阪神タイガースの赤星 や。そういう選手がおるねん。
俺は野球には全く興味がないから、知らんけど、亨はタイガースのにわかファンになってて、快進撃 ののちリーグ優勝して、今や日本一を目指して激闘 しているタイガースの試合をテレビで見て、日々びりびり痺 れてる。
タイガースを応援 するのは、京阪神 の人間にとっては、基本的な嗜 みやと亨は言うてる。
お前、人間ちゃうやん。外道 でも、京阪神 在住 やったら、虎 ファンなのは基本やというんか。
そうや、って、亨はナイター見ながら、ろくに聞いてない声で答えてた。
阪神タイガースのマスコットキャラの、トラッキーのぬいぐるみ抱いて、ソファに倒れ、びりびり痺 れながら。
赤星 、かっこええんやって。
それは、俺よりか。
どうやって比較してんのや。
絵描きの俺と、しましまのユニフォーム着て盗塁 してる、いっぺんも会ったことない男と、どうやったら比較できるんや。
そう訊 いても、亨は聞いてなかった。赤星 様が盗塁 を成功させたから。痺 れ過 ぎてて、ぐうの音 も出ない。
それで、ナイター終わったし、さあやろかって言われても、誰がやりたいねん。俺はもう寝る、あるいは忙 しい、お前なんか知らんやで。
赤星 様に限らず、亨は何にでもそうやねん。テレビ観ては、あいつがイケてる、こいつが格好いいやし、映画観せたら観せたで、スクリーン上のイケメン探し。
そういう観点 でしか、ものを見られへんのか。果 ては俺のおとんにまで、なんやうっとりしてるし。
おとんだけはやめろ。本気でそれを口にしたら、俺も本気でお前の首を絞 めるかもしれへんから。洒落 にならへんねん。
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