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1-4 アキヒコ
おとんはお前のこと、可愛いて言うてた。今は、おかんとラブラブ世界周遊ツアーで留守やから、無難 やけど、帰ってきたらどうなるか、わかったもんやない。
あいつはもう、死んでもうて神様に昇格 したらしいから、まさか今さら式神 欲しいて言わへんのやろうと思うんやけど、油断は禁物。
だってどこの神様が、重度 のマザコンやと分かっている息子に、おかんのコスプレ写真を毎日のように送りつけてくるんや。しかも、てめえとツーショットのやで。
旅行の思い出を写真付きで語りたいんやったら、俺に送りつけるんでなく、旅行ブログでも作れ。そういう時代や今は。
でも、うっかりそんな事言うて、ほんまに実行されたら怖いから言われへん。ジュニアええこと言うなあって、ほんまにやりそうやん、あいつ。
それに実は、返事も出されへんねん。送り方が分からなくて。
親どもから送られてくる手紙は、普通郵便やのうて、霊能力便 とでもいうのか、旅先の記念に切手は貼 ってあるものの、じたばた羽 ばたきながらポストに飛び込んできてる。
その白い封筒 の封 を開けると、人型 に切った紙切れが出てきて、それが、おかんやらおとんの声でぺらぺら話すんや。ときどき二人同時に話してて、何言うてんのかわからへん。それが写真を見せながらうきうきと話し、ときどきいちゃつきもする。
殺すって思う。脳みそ灼 けそうや。
でも最後に、おかんの猫なで声で、アキちゃんたまにはお返事くださいって寂 しそうに言うのを聞くと、そういえば、どうやって返事出すんやろうって、それを知らない自分に気づく。
俺はつくづく未熟者 。
なんも知らんのやって、そういう時に実感する。
おかんに返事の一通も出してやられへん。まだまだ修行 が足りなすぎ。
でも、そんな修行 、どうやって積 めばええんやって、くよくよしながらバスローブ着て、風呂に入ろうと、だらだら居間 を横切っていくと、ソファに落ちてた水煙 が、どしたんやジュニアと、ちょっと怒ったようなドスの効 いた声で語りかけてきた。
朝から辛気 くさい顔してため息ついて。やりすぎか。
お前らちょっと、うるさいで。気になってしゃあないやんか。猿 ぐつわしてやれ。それか俺をどっか、家の中でいちばん遠いところに片付けろって、水煙は俺にわなわな頼 んだ。
いつものことやねん、こいつが怒ってるのは。
欲求不満やねん。俺が不甲斐 ないばかりに。気の毒なやつや。
そう思って、俺はじっと、ソファの上に転がってる、旧海軍仕様のサーベルを見た。
悪いけど、俺にはお前を満足させてやられへん。だって剣やし。どうやって満足させんのや。
道場 で頑張 れってお前は言うけど、でもお前は普通の人間の目には見えへんらしい。剣の魂 だけやねん。実体がない。人でなし相手に戦う時にしか、水煙 は燃えへんらしい。
でもそんな機会、無いほうがええねん。俺はもうご免 やわ。
それでも一応、道場通いはするけど。それも言い訳みたいなもんやで。秋津 の当主 として、恥 ずかしくない体裁 を整 えろって、それだけの話やねん。
ええ格好 してるだけ。せやけどそれもまだ、修行中 の身やから、とてもやないけど水煙 様にご満足いただけるような仕上 がりではない。
それでずっと、イライライライラしてんねん。水煙 は。
「今日はちゃんと道場いくから。お前も連れていくし」
気まずいなあと思いつつ、俺は水煙 に声をかけた。それに水煙 は、ふん、と答えた。
そして、蛇 は置いていけよ、って念押 しした。
あいつ連れていったら、修行 にならへん。道着 萌 え萌 えとか言うて、べたべた甘えたがって、気が散 るばっかりや。ひとりで行けと、水煙はいかにも青筋 立ってるような口調。
お前はほんまに、アキちゃんそっくりや。朝っぱらから組んずほぐれつか。ようやるわ。お盛 んなことで。
それでもお前のおとんは、それを俺に聞かせたりはせえへんかったで。その程度 の慎 みはあった。使わへんときは、俺を蔵 に片付けてた。
なんでお前はソファに放置やねん。ひどい扱 いされてるわって、水煙 は怒ってる。
片付けるって、どこに。納戸 とか、クロゼットとかにか。
でも、こいつは喋 るし、心もあるらしい。それを物みたいに、箱に入れて、普段使わへんがらくたと一緒に仕舞 い込 んでもうて、ほんまにええんかな。可哀想 やないかって、俺はそう思うんやけど。
他にすることもないんやったら、ソファに座ってテレビでも観 てたら。そう思って、映画のDVDを観せたったこともある。水煙 は、しょうもないとブツブツ言いながら、でも大人しく観 てた。たぶん、面白かったんやで。
SFが好き。俺が好きな「スター・トレック」も、面白い言うて観てた。気が合う。
亨 はあれは、ぜんぜん面白くないらしい。あいつとは、趣味が合わへんねん。価値観もぜんぜん違うし。合ってるのは、体だけなんやで。
「水煙 ……お前は俺のおとんの、何が好きやったんや」
思わず訊 くと、水煙は、ブッて吹 いてた。突然すぎたか。
な、な、何がって、何の話やって、むちゃくちゃ動揺 してたわ。水煙 。
「何がよくて好きなんや。あの、ええ格好 しいで、お調子者 のエロオヤジ……どこがええんか、わからへん。お前を道具みたいに使ってたんやろ。それで、もう要 らんからやるわって、俺にくれてやったんやで。そいつのどこがええんや。教えてくれ」
どんより聞くと、水煙 は明らかに、ドギマギしていた。
ほんまもんの剣になってしもたみたいに、押し黙 っていた。
でもそれは、息詰 まるような沈黙 で、何か答えようとしてるのは、良く分かった。
ただそれを、口に出すのに気合 いがいるらしい。口に出すわけやないけど、口はないから。
でも俺が、黙 って待ってると、水煙 はぼそりと、やむを得ずのノリで答えた。
どこって……、全部やって。全部好き。理屈 やないねんて。
ああ。そうなんや。お前も可愛 いとこあるやん。
俺はそれを聞いて、なぜか落ち込んだ。
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