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1-5 アキヒコ
お前やっぱり、おとんがええんやな。せやけど息子に仕 えろって命令されて、仕方なしに俺の面倒 見てくれてるんや。
ほんまは、おとんのところに帰りたいんや。ほんまもんのアキちゃんのところへ。
俺は偽者 や。一分の一スケールのレプリカやけど、性能 の点では激 しく劣 る。
おとんは二十一でもう国を守って戦ってたけど、俺はそれどころか、激 しくご近所迷惑の、ぼんくらのボンボンやから。悪い蛇 に騙 されて外道 には墜 ちるし、剣の腕 もいまいちやし、最速記録更新やし、卒業制作の絵のテーマも全然決まらへん。
もうあかんわ。俺はダメな男やねん。頑張 ってるけど空回 り。なんもええとこないんやって、だんだん激 しく凹 みつつ、俺は足を引きずるようなノリで、バスルームに向かおうとした。
それを聞きつつ水煙 は、なにやら焦 っていて、ちょっと待てジュニアと、あわてて俺を呼び止めた。
そないに落ち込むことあらへん。お前もなかなかイケてるで。これまで全然修行 して来なかったんやから、今きゅうに天才みたいに、力を発揮 できなくても普通やし、それはお前のせいやないやんか、って、ソファから叫 んでた。動けないから、叫 ぶしかないしな。
あのな、お前も好きやで、ジュニア。アキちゃんの次にやけどな、お前もなかなかいいと思うで、ほんまにそうやでって、どう聞いても励 ます口調で言われ、そんな慰 め要 らんねんて俺はスネた。
そしたら水煙 が、予想もしてへんかった事を俺に言うた。
慰 めやないで、ほんまやで。一緒に風呂 入ろうか、って。
なんで剣が風呂 入るんやろ。そんな話、聞いたこともない。
正しいサーベルのお手入れ方法なんて、俺は知らんけど、時々風呂 入 れろって、そんなことはないはず。
こいつ鉄なんやから、錆 びたりするんやないのか。それとももう実体はないんやから、関係ないのか。特にお手入れ不要やって、本人は言うてたけど。
風呂 入りたいんかって訊 くと、入りたいって水煙 が言うんで、そうやったんかと驚 いて、俺は水煙 を風呂 に入れてやることにした。
いっつも放置で可哀想 やなって思ってたしな。変やけど、誰が見ている訳で無し。亨 はあっさり二度寝 してて、何の文句 もないやろし。
そう思って、出町柳 のマンションの、広々とした黒いバスタブに湯を張って、入れてやったよ、水煙 を風呂 に。
猫 かてたまには洗ってやるんやから、日頃 世話 になってる水煙 様を、風呂 入れてやるぐらいさせてもらうしって、その程度 の感覚やった。
自分がシャワー浴 びるついでやしな。横で頭洗いながら、湯加減 どうやって訊 くと、水煙 は答えた。
「気持ちええわ」
って。
まるで肉声 みたいやなって思いつつ、俺はなにげなくバスタブのほうを見て、シャンプーで滑 ってこけそうになった。
肉声 やったんや。
うす青い肌 した美貌 の何かが、足伸 ばして入れる洋風のバスタブに、ああ極楽 みたいな顔して、のびのび浸 かってた。
いつか夢ん中みたいなところで見たことがある、水煙 様の正体 やった。肌も髪も、なにもかも真っ青のグラデーションで、ところどころの差し色が鮮 やかな黄色。海の生き物っぽい。
「ジュニア。いい体してるな。お前も一緒に風呂 浸 かるか」
ふはあ、ってため息ついて、水煙 はうっとり俺を見てた。
ぎゃああっ、て、叫 びたい気分やったけど、俺はすでに固まってた。髪の毛泡 だらけのまま、風呂場 の壁 に張り付いてた。
「これはな、俺の秘密やねん。蛇 には内緒 にしときや。アキちゃんかて、知ってんのかどうか、よう分からへんわ。水に浸 けたら人型 になれるって、俺が気がついたんは、アキちゃんが死ぬ時やってん。船が沈 んでな、海に投 げ出されたんや。その時気づいたのが最初やってん」
黒目がちというには、あまりにも地球外生物っぽい、瞳 のない黒目で、水煙はじいっと俺を見てた。いや、たぶん、俺やのうて、俺の裸 を。
「もっと早く気がついてたらなあ……アキちゃんと一発やったのに」
にこにこして、バスタブの青い宇宙人はそう言い、ゆったりと足を組み替 えた。爪先 に、水かきついてた。
どう見ても、人間やないけど、やれんのか。その。いろいろと。
「切 ないから、代 わりに、ジュニアとやろか?」
目を細めて笑う顔は妖艶 やったけど、目に瞬膜 があった。瞬 きすると、それがほの白く透 けて見えてた。
キワモノすぎると、俺は思った。それでも何か、例 えようもない何かはあるんやけど、でも、それはちょっと、地球から遠すぎる。
「嫌 か?」
そうやろなあ、っていう笑う口調 で、水煙 は訊 いてきた。
ごくりと俺の喉 は鳴ってた。追いつめられててん。俺はなんて、答えるべきやったんやろ。
でも、あまりに上級編すぎて、言葉が出なかった。
「アキちゃんも、嫌 やったろうか。結局そうやったんかなあ」
シャワーを不思議 そうに見あげて、水煙 はぼんやりと俺に訊 いた。珍 しいんか、シャワーが。見たことないんかな。
そういえば実家の風呂 にはシャワーなんかないしな。それに水煙 は、実家の風呂 も見たことないんやないか。
もしかして、ただいま、お風呂 初体験かって、俺はいかにも気持ちよさそうに湯に浸 かってる水煙 を見た。目のやり場に困 りながら。
どう見ても、水煙は女ではなかったけど、男にも見えへんかった。こいつには性別がないんじゃないかと、そんなような気もした。
「気持ちええもんか、ジュニア。アレはそんなに。毎日毎晩やりたいくらいにか」
俺はますます、返答に窮 した。水煙 は穢 れないような、つるりとした目で、物欲しそうに俺を流し見た。
どこを、見てるんや、お前は。
「俺もやってみたい。アキちゃんと。この際 、ジュニアでもええわ。いっぺんやってみたかってん。無理やろか、もっと人間に近づかへんかったら」
じいっと、観察してる目で、俺は見られた。どこを、見てるんや、水煙 。見るな、そんな、ただいまスキャン中みたいな、精査 する目で。
それにお前、バージンか。勘弁 してくれ。そんないきなり、ロストバージンのお相手にご指名してくるのは。それに、この際 お前でええわっていうのは、俺も傷つく。
「立たれへんねん、ジュニア。こっちに来てくれ。重力 重いねん」
おいでおいでと、濡 れた薄青い手で差 し招 いて、水煙 は俺を呼んだ。
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