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20-5 トオル
そんじょそこらのヘタレに言われるんやったら平気でも、アキちゃんはなんと言うても、巫覡 の名門 ・秋津家 の血を継 いだ、サラブレッドなんやからな。
アキちゃんに本気の本気で言われたら、きっと服でも脱 いだで、湊川 怜司 。
だけど正体 を言えって命令されて、大人しく本性 顕 してもうたら、アキちゃんの式 にされてまうんやないか。
こいつはまだ主 が決まってないねん。蔦子 さんが面倒 みてやってんのかもしれへんけど、そこで仕 えるという決心はしてへんかったらしい。半野良 みたいなもんや。
それがいかにもご主人様みたいな態度 してくるアキちゃんの、言うことをきけっていう我 が儘 に当てられてもうたら、やばいよ。やばい。チーム秋津 に新メンバー増員 なってまう。
どういうつもりで言うてんの、って、伺 うような青い顔で、湊川 はアキちゃんを睨 んで訊 いた。
「気になる、って……そんなん、言わんでも分かるのが一流の覡 なんやろ? 先生のおとんは、そんなこと訊 かへんかったで……」
未 だに抵抗している湊川 の話に、アキちゃんは若干 、ムカッときていた。
おとんの話したらあかんのになあ。さすがは部外者 、ルールを弁 えてへん。
「ほんなら、おとんはお前の正体 を言い当てたんか?」
明らかに怒ってるみたいな怖い声で、アキちゃんはガツンと言うてた。
怖いでえ。偉 そうな時のアキちゃんは。目が怖い。俺までとばっちりでビビって来てもうたわ。
「そら、そうや。でなきゃ、式 にはならんやろ?」
気まずそうに言う湊川 を、アキちゃんはじろりと睨 んだ。
「ああ、そうか。おとんは一流やからな。俺はぼんくらやから、言うてくれへんかったら、わからへん。教えてくれ」
頼 む口調で、アキちゃんは言うてたけども、それは実質 、命令やった。おとんが知ってた物事 を、自分は知らんていうのが、アキちゃんには相当 ムカついたらしい。
いつも言われてたもんな。アキちゃんは、お前はなんも知らんのやな、って、おかんにも、おとんにも、水煙 にも、蔦子 さんにも、大崎 茂 にも。
でも、誰もアキちゃんに教えてくれへんかったんやから、知りようがない。知っとくべきやて言うんやったら、それを学ぶ機会を寄越 せと、アキちゃんは内心、悔 しかったんやろ。
けどさ。八つ当たりやで。こいつ関係ないから。ただの通りすがりの外道 なんやから。
なんでそんなやつを、力業 で暴 こうなんて、通りすがりの強姦魔 みたいなことすんの。
ええ、絶対教えたくないって、しばらくそんな苦悶 の顔を、湊川 怜司 は浮かべていたが、結局折 れた。
勘弁 してくれという深いため息をつき、壁 にぐんにゃり凭 れたまま、しゃあないなあと話した。
「何、って言われても、俺にも今イチわかってへん。先生のおとんは、俺のことを朧 と呼んでいた。元は京の都 の、雀 やろうと」
「鳥? お前も鳥なんか?」
アキちゃんは、納得 いかへんという顔で、じっと湊川 を見ていた。
こいつも鳥さん?
信太 はよっぽど、鳥類 マニアなんか。
しかし湊川 は苦笑して、首を横に振 っていた。
「違うよ。先生、なんも知らんのやな。京雀 て言うたら、人の噂 のことや。都 の人らが勝手に話す、ほんまか嘘 か、アテにならんような、噂 のことやねん。はじめは誰が言うたんか、わからんような話が一人歩きして、読 み本 なったり、メディアに乗るうち、ほんまのことみたいに力を持ち始める。俺はたぶん、そういう力の凝 ったもんやと、暁彦様は言うてた。あのころはまだ、テレビはなかったしな……お前はラジオの精 やろうと」
そこまで聞いて、アキちゃんはきゅうに、うぐっと呻 いた。
「それでお前、ラジオなんか。せっかく顔綺麗 やのに、なんでテレビやのうてラジオなんかって、ずっと気になってたんや」
そんなことずっと気にしてたアキちゃんが俺は情 けない。
湊川 は、アキちゃん見上げて、ぽかんとしていた。その虚脱 した美貌 を見ながら、アキちゃんはいかにも惜 しそうに続けた。
「インターネットの時代やねんで……それがラジオて。ラジオでもええけど。もう、火星 にかてメール送れるんやで? いつまでも、おとんが戦前にした話なんか、未練 がましく引っ張るな」
どう聞いても命令口調やった。
湊川 はさすがに、ガーンみたいな衝撃 の真顔 を一瞬見せた。
アキちゃん。何の権利があって、こいつに命令すんの。お前の式 やないんやで。見た目も実際も年上なんやで。大昔から京都におった奴 なんやで。
それがお前のおとんにフラれて、鬼しかおらんと言われていた洛外 の、昔々の都人 にとっては、涙 が出そうな流刑 の地やった、神戸くんだりの浜 まで流されて来てんのやないか。可哀想 やと思わへんのか。
「よう言うわ……ほっといてくれ。なんの甲斐性 もあれへん、ぼんくらの坊 のくせして。俺はラジオが好きなのや。何でお前に指図 されんならんのや」
よっぽど動揺 してんのやろか。湊川 怜司 はどことなく京都訛 りやった。
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