259 / 928
20-4 トオル
「ほんなら夜しましょうか? どっちの部屋にする? 水煙 様が怖いんやったら、俺の部屋でもいいけど?」
冗談なんやろうけど、俺には湊川 は本気で誘 っているように見えた。それでちょっと俺は、顔面 蒼白 なってもうてた。
アキちゃん、まさか、行っとこうなんて思わへんよね。約束守ってくれるやろ。
式 増やしてもええけど、寝るのは俺とだけにしてって頼 んだの、忘れてへんよね。
「何を言うとんねん、お前は……信太 が好きなんやろ?」
アキちゃんは、なんでかそれが苦 いという顔で、湊川 に教えてやっていた。
「ええ?」
苦笑の顔で白い首を揉 み、湊川 は困 ったように聞き返していた。
それはちょっと、ぼやいてるみたいな声やった。
「信太 ? なんでそうなんの。言 い訳 せんと、嫌 なら嫌 て言えばええやん。信太 は信太 で俺に、お前は本家 の暁彦 様が好きなんやろうって、いつも文句 言いよるし、その暁彦 様は暁彦 様で、水煙 と仲良うできひんやつは出ていけ、やろう。なんでそんな理由やねん。関係ないやろ、俺が誰を好きかと、手前 が俺を好きかは。それは自分の問題やろ。皆、案外、狡 い男ばっかりや。お前には燃えへんて、はっきり言うたらええんや」
はあ、とため息みたいに煙 を吐 いて、湊川 は明らかに、ぼやく口調になっていた。
モテへんのか、気の毒に。なんでモテへんのや、見た目ええのに。
まさかエッチが下手 なんか。それとも誰にもついていけへんような、変な趣味 でもあんのか。なんやろう、それは。むしろ気になる。
「なんであかんのやろう。みんな言うねん、お前は俺に惚 れてへんて。そんなことないんやけどなあ。俺は暁彦 様も好きやったけど、信太 も好きやし、寛太 も好きやで。本間 先生もええし。お前もちょっと可愛 いなあ、白蛇 ちゃん」
初めて注目したみたいに、湊川 は真面目 な顔で、俺をじっと見た。
見るな。話がもっとややこしなるから。俺は眉間 に皺 寄 せて、言外 にそれを訴 えた。
「啓太 は。ほら、あの、海道 さんちの雪男。余 ってるやつ」
余 ってる同士 で仲良うしとけって、俺はそんな優しいキューピッドさんの心で、親戚 のおばちゃんのように縁談 をすすめた。
せやけど湊川 は首を傾 げ、悩 むような顔やった。
「啓 か……。ええねんけどな。俺、冷 え症 やねん。寒いのいややねん。温泉とか好きなんやけど、啓 やと一緒に行かれへんやろ? 温泉エッチしたらあいつ死ぬやろ? それはちょっとなあ……」
確かにそれはちょっとヤバい。相手がいつ死ぬかにもよる。ちゃんと最後までやっていけみたいなところで、いきなり溶 けられても、生殺 しやからな。悲しいというより、苦しくて悶えそう。
いや、そうやのうて。そんな理由はないやろ。重要なのは愛やろ?
「啓 はなあ、外 でやんのが好きやねん。特に冬や、雪の六甲山 で外 なんやで、ほんま寒いというか、人間やったら死ぬで」
「それはキツい……」
俺は思わず相 づちを打っていた。
俺、そんなんさせられたら、ぜったい冬眠 するよ。やりながら眠 ってまうんとちがうか。ただでさえ冬は眠い。春も眠いけど。
「それにあいつ人里 離 れた奥地 が好きやしさ。俺は都会 のほうがええねん。人がいっぱい居 るとこな……。無理やん? 携帯 とかラジオの電波 届かんようなとこ行ったら、俺は死ぬもん」
お前はどういう外道 やねん。俺でも思ったそのことを、アキちゃんはずっと初対面 の時から、疑問 に思っていたらしい。
もう本人に訊 くしかないと、そういうノリで訊 いていた。
「お前の正体 はなんやねん、湊川 」
アキちゃんに、真面目 に訊 かれ、湊川 怜司 は目をぱちくりしていた。
そんなこと、ストレートに訊 くのはデリカシーがない。なんかそういう感覚が、外道 にはあるねん。
仮にも人のふりしてんのやないか。人間みたいな姿でいたいなあと、人間様を慕 わしく思って、わざわざ人型 してんのやないか。
そやのに、お前は実はなんやねんて、まだまだ人くさいアキちゃんに、真正面 から訊 かれると、ちょっと恥 ずかしいはずや。
湊川 はちょっと、顔をしかめた。答えなあかんの、それ、という顔やった。
「関係ないでしょ、先生には。俺の主 やないんやったら、正体 なんか何でもええやん」
「気になる」
きっぱりと、アキちゃんは答えた。ものすご分かりやすい理由やった。
アキちゃんはまるで、それが理由になるみたいに言っていた。
謎々 の答えが分からへん、教えてくれって強請 る、我 が儘 なボンボンみたいや。
それに湊川 は、ちょっと情けなそうに、さらに顔をしかめた。
アキちゃんはな、確かに我 が儘 なボンボンや。
しかも、ただそれだけやない。
本人、時々それを忘れてるけども、覡 やねん。
教えろよ、どうしても知りたいねんて、そういう強い意志で来られると、式神 になるような外道 には辛抱 堪 らん。
ともだちにシェアしよう!