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20-4 トオル

「ほんなら夜しましょうか? どっちの部屋にする? 水煙(すいえん)様が怖いんやったら、俺の部屋でもいいけど?」  冗談なんやろうけど、俺には湊川(みなとがわ)は本気で(さそ)っているように見えた。それでちょっと俺は、顔面(がんめん)蒼白(そうはく)なってもうてた。  アキちゃん、まさか、行っとこうなんて思わへんよね。約束守ってくれるやろ。  (しき)増やしてもええけど、寝るのは俺とだけにしてって(たの)んだの、忘れてへんよね。 「何を言うとんねん、お前は……信太(しんた)が好きなんやろ?」  アキちゃんは、なんでかそれが(にが)いという顔で、湊川(みなとがわ)に教えてやっていた。 「ええ?」  苦笑の顔で白い首を()み、湊川(みなとがわ)(こま)ったように聞き返していた。  それはちょっと、ぼやいてるみたいな声やった。 「信太(しんた)? なんでそうなんの。()(わけ)せんと、(いや)なら(いや)て言えばええやん。信太(しんた)信太(しんた)で俺に、お前は本家(ほんけ)暁彦(あきひこ)様が好きなんやろうって、いつも文句(もんく)言いよるし、その暁彦(あきひこ)様は暁彦(あきひこ)様で、水煙(すいえん)と仲良うできひんやつは出ていけ、やろう。なんでそんな理由やねん。関係ないやろ、俺が誰を好きかと、手前(てめえ)が俺を好きかは。それは自分の問題やろ。皆、案外、(ずる)い男ばっかりや。お前には燃えへんて、はっきり言うたらええんや」  はあ、とため息みたいに(けむり)()いて、湊川(みなとがわ)は明らかに、ぼやく口調になっていた。  モテへんのか、気の毒に。なんでモテへんのや、見た目ええのに。  まさかエッチが下手(へた)なんか。それとも誰にもついていけへんような、変な趣味(しゅみ)でもあんのか。なんやろう、それは。むしろ気になる。 「なんであかんのやろう。みんな言うねん、お前は俺に()れてへんて。そんなことないんやけどなあ。俺は暁彦(あきひこ)様も好きやったけど、信太(しんた)も好きやし、寛太(かんた)も好きやで。本間(ほんま)先生もええし。お前もちょっと可愛(かわい)いなあ、白蛇(しろへび)ちゃん」  初めて注目したみたいに、湊川(みなとがわ)真面目(まじめ)な顔で、俺をじっと見た。  見るな。話がもっとややこしなるから。俺は眉間(みけん)(しわ)()せて、言外(げんがい)にそれを(うった)えた。 「啓太(けいた)は。ほら、あの、海道(かいどう)さんちの雪男。(あま)ってるやつ」  (あま)ってる同士(どうし)で仲良うしとけって、俺はそんな優しいキューピッドさんの心で、親戚(しんせき)のおばちゃんのように縁談(えんだん)をすすめた。  せやけど湊川(みなとがわ)は首を(かし)げ、(なや)むような顔やった。 「(けい)か……。ええねんけどな。俺、()(しょう)やねん。寒いのいややねん。温泉とか好きなんやけど、(けい)やと一緒に行かれへんやろ? 温泉エッチしたらあいつ死ぬやろ? それはちょっとなあ……」  確かにそれはちょっとヤバい。相手がいつ死ぬかにもよる。ちゃんと最後までやっていけみたいなところで、いきなり()けられても、生殺(なまごろ)しやからな。悲しいというより、苦しくて悶えそう。  いや、そうやのうて。そんな理由はないやろ。重要なのは愛やろ? 「(けい)はなあ、(そと)でやんのが好きやねん。特に冬や、雪の六甲山(ろっこうさん)(そと)なんやで、ほんま寒いというか、人間やったら死ぬで」 「それはキツい……」  俺は思わず(あい)づちを打っていた。  俺、そんなんさせられたら、ぜったい冬眠(とうみん)するよ。やりながら(ねむ)ってまうんとちがうか。ただでさえ冬は眠い。春も眠いけど。 「それにあいつ人里(ひとざと)(はな)れた奥地(おくち)が好きやしさ。俺は都会(とかい)のほうがええねん。人がいっぱい()るとこな……。無理やん? 携帯(けいたい)とかラジオの電波(でんぱ)届かんようなとこ行ったら、俺は死ぬもん」  お前はどういう外道(げどう)やねん。俺でも思ったそのことを、アキちゃんはずっと初対面(しょたいめん)の時から、疑問(ぎもん)に思っていたらしい。  もう本人に()くしかないと、そういうノリで()いていた。 「お前の正体(しょうたい)はなんやねん、湊川(みなとがわ)」  アキちゃんに、真面目(まじめ)()かれ、湊川(みなとがわ)怜司(れいじ)は目をぱちくりしていた。  そんなこと、ストレートに()くのはデリカシーがない。なんかそういう感覚が、外道(げどう)にはあるねん。  仮にも人のふりしてんのやないか。人間みたいな姿でいたいなあと、人間様を(した)わしく思って、わざわざ人型(ひとがた)してんのやないか。  そやのに、お前は実はなんやねんて、まだまだ人くさいアキちゃんに、真正面(ましょうめん)から()かれると、ちょっと()ずかしいはずや。  湊川(みなとがわ)はちょっと、顔をしかめた。答えなあかんの、それ、という顔やった。 「関係ないでしょ、先生には。俺の(あるじ)やないんやったら、正体(しょうたい)なんか何でもええやん」 「気になる」  きっぱりと、アキちゃんは答えた。ものすご分かりやすい理由やった。  アキちゃんはまるで、それが理由になるみたいに言っていた。  謎々(なぞなぞ)の答えが分からへん、教えてくれって強請(ねだ)る、()(まま)なボンボンみたいや。  それに湊川(みなとがわ)は、ちょっと情けなそうに、さらに顔をしかめた。  アキちゃんはな、確かに()(まま)なボンボンや。  しかも、ただそれだけやない。  本人、時々それを忘れてるけども、(げき)やねん。  教えろよ、どうしても知りたいねんて、そういう強い意志で来られると、式神(しきがみ)になるような外道(げどう)には辛抱(しんぼう)(たま)らん。

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