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20-3 トオル

「なに、あれ?」  絶対このDJと関係ある話。そう思って俺は、(いま)だに煙草(たばこ)をふかしている湊川(みなとがわ)()いた。 「KISS FM KOBE(キス・エフエム・コウベ) 北野局(きたのきょく)」  (うす)く笑った怜悧(れいり)美貌(びぼう)で、湊川(みなとがわ)愛想(あいそう)よく教えてくれた。  ああ、そうなんや。ほんまにラジオ局の支部(しぶ)なんや。  ……って、それで納得(なっとく)いくわけないよ。なんでそんなもんが、ここにあるのかという話やないか。 「いや、そうやのうて。なんであんなん、このホテルに作ってんの?」 「ええ? 見たやろ、KISS FM(キス・エフエム)本局(ほんきょく)。神戸港にあったやつ。あそこな、地震来たら(しず)むらしいんや。そしたら放送できんようになるやろ。それやと(こま)るから、ここに臨時局(りんじきょく)開設(かいせつ)してんのや」  地震来たら(すず)むって、湊川(みなとがわ)はさらりと言うたけど、どえらい話や。  明日(あす)明後日(あさって)明明後日(しあさって)やで、その、神戸港が(しず)むという日は。  予知で知ってて、あらかじめ撤収(てっしゅう)できる奴らはええけど、港にかて人はいっぱい()るんやからな。 「ラジオ局なんか移して、何になるねん」  顔をしかめてアキちゃんは、背後にあるロビーの、変わり果てた姿を見やって言った。  たぶんアキちゃんはこのホテルの、完成されてる世界観(せかいかん)みたいなのが、好きやったんやろ。それがいきなりぶっ(こわ)されてて、ムカっと来たんや。美しいモンが好きな子やからな。 「何にって、先生。冷たいなあ。知らんのですか、災害時の情報源(じょうほうげん)や、連絡手段といえば、それはラジオやないか」  なんも知らん坊ややなあみたいな目で、壁にもたれた湊川(みなとがわ)(すく)い上げて見られ、アキちゃんはちょっとぐっと来たみたいやった。  冷たい美貌(びぼう)の上目(づか)いに()えたんではない。言われた事に! 言われた事にやな、アキちゃん!? 「人間どもはなあ、先生。メディアを信仰(しんこう)してんのや。隣のおっさんが、大丈夫や言うても安心せえへんけど、ラジオやテレビのアナウンサーが、大丈夫やて言うてやれば、安心するもんやねん。それが、いつも聞いてる馴染(なじ)みの声やったら、なおさらやんか。パニックならへんように、街を(なだ)めなあかんしな?」  そういう話をする湊川(みなとがわ)の声は、確かに耳心地(みみごこち)のいい美声(びせい)やねん。大人っぽい声や。落ち着いてるし、滅多(めった)なことではビビらへん。いつも冷静沈着(れいせいちんちゃく)やって、そんな感じの(ひび)き方。  それがちょっと、冷たいというか、つれないというか、そんな気配(けはい)もするんやけども、皆が地震で()足立(あしだ)って、怖いなあ、どうしたらええんやろうって逃げまどうような時には、きっとこういう声がええんやろうな。 「霊振会(れいしんかい)の人らも、街のあちこちに()ってもうたら、お(たが)いの連絡がとれないでしょ。専用チャンネル用意しとうし、先生もその時なったら、俺のナビゲーションに身を(まか)すことになりますよ」  にっこりとして、湊川(みなとがわ)は、前に見た時とはまた違う、仕立てのいい白シャツの、ちょっとボタン外すの一個多くないかという、はだけた襟元(えりもと)から、やけにくっきり浮き出た鎖骨(さこつ)のあたりを()んでいた。  外道(げどう)(かた)()るのか。実は()る。外道(げどう)でも(つか)れる。  湊川(みなとがわ)の顔は、いかにも(さわ)やかで綺麗(きれい)微笑(ほほえ)んでいたけども、昨夜は寝てませんという様子(ようす)やった。  色っぽい意味やない。出会った今朝も早朝やったし、今起きてきたところという感じやないし、きっとこのDJは徹夜(てつや)で働いてたんやろ。  ああ、眠いなあと言いたげな顔で、湊川(みなとがわ)怜司(れいじ)は、ふわあと欠伸(あくび)をした。そうするとちょっと、可愛いような(すき)があった。  アキちゃんはたぶん、それにちょっと()えた。くるりと(あせ)ったように目を(そむ)け、中庭のあるガラス戸のほうを見たから間違いない。  この、浮気者(うわきもん)のボンボンめ! チーム秋津(あきつ)にまだまだメンバー増やす気か!  なんとか言うたれ水煙(すいえん)! て、()ないんやったわ! 外道(げどう)(とら)(あず)けてきてもうたとこやった! 「年増(としま)やで、こいつ! アキちゃん。どう見てもアキちゃんより年上みたいに見えるで!」  俺はとっさに、そう忠告(ちゅうこく)していた。アキちゃんはそれに、びっくりした顔をした。 「急に何言うてんのや、(とおる)……今そんなん、何の関係あるねん」 「そうや、関係ないで、白蛇(しろへび)ちゃん。俺はそういうことは気にせえへん。この子のおとんかて、最初に会った時は十八やった。それでも何ら問題なかったで?」  むちゃくちゃ、しれっと言うてるDJに、アキちゃんは(あん)(じょう)、ぎゃあってなってた。 「そんな話、朝からせんといてくれ!」  朝っぱらから大声で(さけ)んでるアキちゃんを、湊川(みなとがわ)は面白そうに見て、あははと笑った。  確かにな、アキちゃんは面白い。からかわれるとマジギレや。湊川(みなとがわ)はそういうアキちゃんが、ちょっと好きみたいやった。  てめえ。信太(しんた)にふられたからって、まさか俺のアキちゃんに、乗り換える気やないやろな。  無理やから、アキちゃんはもう売約済(ばいやくず)みやから。  売約済(ばいやくず)みって顔に書いといたらなあかん。背中にも赤い紙に書いて()っといたらなあかん。  もはや水地(みずち)(とおる)のものやから。見んのはしゃあないけど、(さわ)ったらあかんねんからな。

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