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20-7 トオル

 俺はマジでその話をすすめようかなあと思った。でも、一瞬(おそ)かった。 「もうええねん。ほっといてくれ。信太(しんた)は鳥にイカレたらしい。別にかまへん、俺は別に、寛太(かんた)(ちご)て、(とら)(やしな)ってもらわんでも一人で生きていける。夏やろうが冬やろうが、人がメディアに飽きることはない。遊び相手なんか、新しいのをまた作るしな。作らんでも、売るほどいるんや。どうでもええわ、(とら)なんか、もう()きた」  湊川(みなとがわ)虚勢(きょせい)めいた悲しい美声(びせい)で、べらべらそう話し、どう聞いても自分に言い聞かせているようで、(あわ)れやったんで、俺はやめといてほしかった。  それは可哀想(かわいそう)で、アキちゃんのツボのど真ん中に来る。  どう見てもアキちゃんは、トキメいてるような目やった。  トキメくなよ、俺のツレ。俺を見とけ。(すずめ)なんか(わす)れろ。お前は(すずめ)より(へび)が好き!  醜態(しゅうたい)さらしてもうたわと、そういう悔恨(かいこん)の目で、湊川(みなとがわ)はどことも知れない(ゆか)陶片(テラコッタ)(にら)み、小さく呼吸を(ととの)える息をついてから、手に燃え残っていた煙草(たばこ)を吸った。  深く吸い込んで、ふはあと()いた白い煙は、むらむらと(あや)しい文様(もんよう)のようになって立ち(のぼ)り、なかなか消えへんかった。  (おぼろ)や。まさにこれ。この、モヤモヤっとして、形がないもの、見ようとすると消えるもの、(あや)しく(かす)んだようなもの。正体(しょうたい)(さだ)まらへんもの。  それがこいつの正体(しょうたい)で、アテにはならん。せやけど確かにその力は存在している。善か悪か、それは(なぞ)やけど。 「そんなん言うなら先生が、幸せにしてくれたらええのに。俺も、幸せになりたくない(わけ)やないんや。信太(しんた)寛太(かんた)も、幸せそう。先生んとこの(へび)も、あの水煙(すいえん)様まで、デレっとしやがって、幸せそうやなあと思うと、そりゃあちょっとは(うらや)ましいよ。でも、あかんのでしょう、俺は。何があかんの?」  (くや)しそうに言うて、目も合わせへん湊川(みなとがわ)に、アキちゃんはドギマギしていた。相手が(きず)ついたようやったんで、急に反省(はんせい)してきたらしい。 「いや、あかんことない。お前は見た目もええし、立ち()()()いも(ひん)があるしさ、声も美声(びせい)や。性格なんや、問題なのは。邪悪(じゃあく)そうやねん。愛が全然足りてない。可愛(かわい)げがないねん」  アキちゃん、フォローしてるつもりなんか。どんどん批判(ひはん)していた。  邪悪(じゃあく)そうやと言われて、確かに湊川(みなとがわ)は、邪悪(じゃあく)そうな目をした。ぎろっと冷たく横目(よこめ)に見つめて、眉間(みけん)(しわ)()せていた。  (うら)んでる、アキちゃんを。そら、しゃあない予感(よかん)。 「可愛(かわい)さなんか、俺にはないよ」  正確無比(せいかくむひ)自己申告(じこしんこく)やった。  可愛(かわい)さはない。さっきはあったけど、今はない。超怖い。  メディアに目つけられたら、どんな目に()わされるか、アキちゃん、狂犬病(きょうけんびょう)(さわ)ぎで痛い目見て、ようく知ってるはずやのに。()りてへんのか。  前のは結果、好意的な報道(ほうどう)(ころ)んだから良かったけども、次のはどうなるかわからんで。このラジオの、お前が憎くなってきたっていう顔つき見てたら、俺はそう思う。 「お客様」  突然、外野(がいや)から声かけられて、湊川(みなとがわ)はびっくりしていた。  俺もびっくりした。藤堂(とうどう)さんやった。いつの間に来たんや。  気配(けはい)せえへんかったで、あんた。まるで外道(げどう)やで。  そういやそうか。すでに外道(げどう)なってたわ。  営業用のにこにこ顔で、今日もビシッとスーツで決めた藤堂(とうどう)さんは、歩いてきたまま、つかつかと、(かべ)にもたれている湊川(みなとがわ)のすぐ目の前まで、歩調(ほちょう)(ゆる)めなかった。  湊川(みなとがわ)は明らかに、何やねんとビビっていた。固い表情で藤堂(とうどう)さんを見上げ、手を(にぎ)られて、短くなった煙草(たばこ)をむしり取られるのを、呆然(ぼうぜん)と追いつめられて見ていた。 「廊下(ろうか)は、禁煙(きんえん)ですので、ご理解ください」  にっこりフェロモン全開(ぜんかい)微笑(ほほえ)んで、藤堂(とうどう)さんは、わかってるやろなあ、俺のホテルで俺のルールを(やぶ)ったら、(たた)き出すぞと、その満面(まんめん)()みで語っていた。  低姿勢(ていしせい)やのに、めっちゃ高圧的(こうあつてき)。これに(さか)らおうと思ったら、キレて(あば)れるしかないんやって。そうしたところで、100%知らん顔しよるけどな、このオッサン。ビビらへんねん、その程度(ていど)では。 「……すみません」  藤堂(とうどう)支配人マジックに()まれたんか、湊川(みなとがわ)はスーツのおっさんと見つめ合い、案外(あんがい)素直(すなお)(あやま)っていた。  藤堂(とうどう)さんはそれに、うんうんと、優しいおとんみたいに(うなず)いてやっていた。  俺はそれに、ちょっと胸キュンやった。アキちゃんまで何でか胸キュンやったらしい。  しかも意外なことに、ラジオまで胸キュンやったらしいで。  藤堂(とうどう)さんがこっちに()(なお)り、(やつ)に背を見せると、湊川(みなとがわ)壁際(かべぎわ)で、心なしか、ぐにゃっとなっていた。  そして、そんなアホなみたいな、冷や汗かいてるような目で、藤堂(とうどう)さんの横顔を(ぬす)み見ていた。 「朝食はもう、()し上がられましたか、新婚さんたちは」  藤堂(とうどう)さん、いらんこと言わんでええねん。面白そうみたいに言われて、俺とアキちゃんは無駄(むだ)にオタオタした。  なんでオタオタせなあかんねん。俺はわかるが、なんでアキちゃんまでそうやねん。  ()れてんと()(ほこ)れ。お前の大事な(へび)(うば)ってやったぞガッハッハ的な勝利感とかないんか、アホ!

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