262 / 928
20-7 トオル
俺はマジでその話をすすめようかなあと思った。でも、一瞬遅 かった。
「もうええねん。ほっといてくれ。信太 は鳥にイカレたらしい。別にかまへん、俺は別に、寛太 と違 て、虎 に養 ってもらわんでも一人で生きていける。夏やろうが冬やろうが、人がメディアに飽きることはない。遊び相手なんか、新しいのをまた作るしな。作らんでも、売るほどいるんや。どうでもええわ、虎 なんか、もう飽 きた」
湊川 は虚勢 めいた悲しい美声 で、べらべらそう話し、どう聞いても自分に言い聞かせているようで、哀 れやったんで、俺はやめといてほしかった。
それは可哀想 で、アキちゃんのツボのど真ん中に来る。
どう見てもアキちゃんは、トキメいてるような目やった。
トキメくなよ、俺のツレ。俺を見とけ。雀 なんか忘 れろ。お前は雀 より蛇 が好き!
醜態 さらしてもうたわと、そういう悔恨 の目で、湊川 はどことも知れない床 の陶片 を睨 み、小さく呼吸を整 える息をついてから、手に燃え残っていた煙草 を吸った。
深く吸い込んで、ふはあと吐 いた白い煙は、むらむらと妖 しい文様 のようになって立ち上 り、なかなか消えへんかった。
朧 や。まさにこれ。この、モヤモヤっとして、形がないもの、見ようとすると消えるもの、妖 しく霞 んだようなもの。正体 の定 まらへんもの。
それがこいつの正体 で、アテにはならん。せやけど確かにその力は存在している。善か悪か、それは謎 やけど。
「そんなん言うなら先生が、幸せにしてくれたらええのに。俺も、幸せになりたくない訳 やないんや。信太 も寛太 も、幸せそう。先生んとこの蛇 も、あの水煙 様まで、デレっとしやがって、幸せそうやなあと思うと、そりゃあちょっとは羨 ましいよ。でも、あかんのでしょう、俺は。何があかんの?」
悔 しそうに言うて、目も合わせへん湊川 に、アキちゃんはドギマギしていた。相手が傷 ついたようやったんで、急に反省 してきたらしい。
「いや、あかんことない。お前は見た目もええし、立ち居 振 る舞 いも品 があるしさ、声も美声 や。性格なんや、問題なのは。邪悪 そうやねん。愛が全然足りてない。可愛 げがないねん」
アキちゃん、フォローしてるつもりなんか。どんどん批判 していた。
邪悪 そうやと言われて、確かに湊川 は、邪悪 そうな目をした。ぎろっと冷たく横目 に見つめて、眉間 に皺 を寄 せていた。
恨 んでる、アキちゃんを。そら、しゃあない予感 。
「可愛 さなんか、俺にはないよ」
正確無比 な自己申告 やった。
可愛 さはない。さっきはあったけど、今はない。超怖い。
メディアに目つけられたら、どんな目に遭 わされるか、アキちゃん、狂犬病 騒 ぎで痛い目見て、ようく知ってるはずやのに。懲 りてへんのか。
前のは結果、好意的な報道 に転 んだから良かったけども、次のはどうなるかわからんで。このラジオの、お前が憎くなってきたっていう顔つき見てたら、俺はそう思う。
「お客様」
突然、外野 から声かけられて、湊川 はびっくりしていた。
俺もびっくりした。藤堂 さんやった。いつの間に来たんや。
気配 せえへんかったで、あんた。まるで外道 やで。
そういやそうか。すでに外道 なってたわ。
営業用のにこにこ顔で、今日もビシッとスーツで決めた藤堂 さんは、歩いてきたまま、つかつかと、壁 にもたれている湊川 のすぐ目の前まで、歩調 を緩 めなかった。
湊川 は明らかに、何やねんとビビっていた。固い表情で藤堂 さんを見上げ、手を握 られて、短くなった煙草 をむしり取られるのを、呆然 と追いつめられて見ていた。
「廊下 は、禁煙 ですので、ご理解ください」
にっこりフェロモン全開 で微笑 んで、藤堂 さんは、わかってるやろなあ、俺のホテルで俺のルールを破 ったら、叩 き出すぞと、その満面 の笑 みで語っていた。
低姿勢 やのに、めっちゃ高圧的 。これに逆 らおうと思ったら、キレて暴 れるしかないんやって。そうしたところで、100%知らん顔しよるけどな、このオッサン。ビビらへんねん、その程度 では。
「……すみません」
藤堂 支配人マジックに呑 まれたんか、湊川 はスーツのおっさんと見つめ合い、案外 素直 に謝 っていた。
藤堂 さんはそれに、うんうんと、優しいおとんみたいに頷 いてやっていた。
俺はそれに、ちょっと胸キュンやった。アキちゃんまで何でか胸キュンやったらしい。
しかも意外なことに、ラジオまで胸キュンやったらしいで。
藤堂 さんがこっちに向 き直 り、奴 に背を見せると、湊川 は壁際 で、心なしか、ぐにゃっとなっていた。
そして、そんなアホなみたいな、冷や汗かいてるような目で、藤堂 さんの横顔を盗 み見ていた。
「朝食はもう、召 し上がられましたか、新婚さんたちは」
藤堂 さん、いらんこと言わんでええねん。面白そうみたいに言われて、俺とアキちゃんは無駄 にオタオタした。
なんでオタオタせなあかんねん。俺はわかるが、なんでアキちゃんまでそうやねん。
照 れてんと勝 ち誇 れ。お前の大事な蛇 は奪 ってやったぞガッハッハ的な勝利感とかないんか、アホ!
ともだちにシェアしよう!