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20-8 トオル
「雨やから、ガーデンテラスの朝飯 はないですよね」
アキちゃんはまるで、大人しいイイ子みたいな、穏 やかな話しぶりで、藤堂 さんに訊 いていた。
藤堂 さんにも、アキちゃんは好 ましいらしかった。
そらそうやろ、このオッサン、上品 で頭のいい、お育ちええ子が好きなんやから。
悪かったですね、どうせ俺は下品 でアホでガラ悪いですよ!
「庭ではないです」
雨の降ってる中庭を見て、藤堂 さんは答えた。
「代わりに、少ないですけど室内に席がありますし、二階のリストランテでもイタリアンな朝飯が食えます。遥 も二階に居 るはずやから、一緒に朝飯食ってやってください。一人で食いたないって、朝からめちゃめちゃ怒ってましてね。ほな、外のいつもの店行こうかって言うたら、さらに猛烈 に怒ってもうて、もう、あかん」
もうダメ宣言 をして、藤堂 さんはめちゃめちゃ朗 らかやった。
お仕事モードやからか、それとも、焼き餅 焼いて怒ってる神父が、よっぽど面白かったんか。
「朝飯抜きです」
むっちゃ爽 やかに、藤堂さんはアキちゃんに教えた。
神楽 遥 がいかに怖いかという話らしかった。
でも、それは、藤堂 さん的にはノロケ話みたいなもんなんやろう。怖いのが好きなんやもん。
俺もキレると、このオッサンに、いろんな事をした。
藤堂 さんが心血 を注 いだ、非 の打ち所のない内装 のインペリアル・スイートに、火つけてやったこともある。一度ではなく何回も。
それも効 かんようになったら、実は、その部屋のテラスから、飛び降りたことがある。投身 自殺 やな。
そういやあの部屋も、奇 しくも十一階やった。俺が犬に襲 われて、叩 き落とされた京都駅のビルと同じ高さや。
でも、ホテルの部屋から落ちた時、俺はさほど堪 えてへんかった。
駅ビルの時に死にかけたのは、その前にワンワンにさんざん痛めつけられたからやったし、それに俺は傷ついていた。アキちゃんが浮気 したって事に。それで死にそうなってたんや。
インペリアル・スイートから落ちた俺を見て、死にそうやったのは、むしろ藤堂 さんのほうやった。
そらまあ、堪 えたやろうなあ。俺は実際死んでたし、死体やのに生きていた。不死系 やからな。
それを見て、藤堂 さんは、ますます俺が怖くなった。
俺はちょっと、困らせてやろうと思っただけやったんや。ホテルの窓から人落ちて、午前中にはもう、結婚式したやつらの写真撮りますていう庭の石畳 が、血の海なってるやなんて、藤堂 さんは支配人として焦 るやろうと、そう思っただけやねん。
俺はあん時、震 えている藤堂 さんを初めて見た。
怒りもせんかったし、心配して泣きもせえへんかったけど、もう死にそうやという顔やった。
実際、ショックで死んだかもしれへん。だって、癌 で、いつ死んでもおかしない体調やったもんな。
俺の血飲んだら、不死 になれるでと、俺は教えてやった。
ただし、俺と同じく悪魔 で蛇 の眷属 の、外道 やけどな。
人間界とはおさらばや。それでも死ぬよりマシなんと違うかなと、俺は誘 った。
ずっと一緒に、俺と生きていってくれよって。永遠に。
でもその時は、このオッサンは拒 んだんやで。
嫌 やったんやろ。俺は化けモンなんやと、藤堂 さんは思った。
そんなモンになるくらいなら、大人しく死んだほうがマシやって、覚悟 決めたんやないか。
だって可愛 い娘もおるんやし、それがあの頃はまだ大学生なんやし、娘にとっては、化けモンなったおとんがおるよりも、おとんが死んでていないほうが、まだしもマトモやと、藤堂 さんは思ったんやろ。
それが結局、こんなんなってもうて。
血、飲んどきゃよかってん、あの時。絶対、誰にもバレへんかった。
確かに、えらい若返ってきてて、とても五十代には見えへんけども、でも、誰もあんたが人間やないとは気がつかへんやろ。
こっちのコースに来たかて、どうせ娘にはふられたんや。いつまでも年取らへん男なんか変やもん。娘の旦那 やその家族に合わせる顔がない点では、似たようなもんやで。
俺とふらっと消えたかて、おんなじやったやんか。おとん死んでる奴が普通なように、おとんが失踪 した奴かて、大して珍 しくない。
でも、もし、そうしてたら、この人はこのホテルにはいてへんかった。どこに居 たやらわからへん。
結局マトモな行き場なんて、なかったんかもしれへん。俺と行っても幸せには、なられへんかった。今みたいには。
それが正直、ちょっと切ない。
俺もちょっと恥ずかしながら、あの当時には、抱いてくれへんのやったら飛び降りて死んでやるからなって、それほど思い詰 めたのに。
病気やったで、お互 いに。病んでたわ、俺も。
きっと、去年のクリスマスらへんが、もう限界 いっぱいで、俺は清水 の舞台から飛び降りるようなつもりで、アキちゃんについていったんやけど、そのほうが良かったな。
まあ、十一階からもういっぺん落ちてみるよりは。
結局落ちたけど、もう一回。京都駅から。
「湊川 さんですよね、KISS FM の」
藤堂 さんはまた、若干 ふにゃふにゃなっている湊川 のほうに向き直って、手にはそいつから奪 った煙草 を持ったまま、愛想 よく訊 いた。
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