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20-9 トオル

 それに(すずめ)神妙(しんみょう)な顔をして、こくりと(だま)って(うなず)いただけやった。 「そんならお客様やないね。うちと提携(ていけい)してるわけやから、仕事で来てはるんや。あのロビーの(けん)でね、ちょっとお伝えしておきたいことがあるんですけど、あなたが責任者?」  てきぱきとお仕事モードになっていく藤堂(とうどう)さんに、湊川(みなとがわ)はまた、うっすら青ざめた顔のまま、こくりと(うなず)いた。 「ちょっとね……あれはまずいです。特にケーブル(るい)ね。(みにく)い」  きっぱり(みにく)宣言(せんげん)やった。  やっぱりな。やっぱり(いや)やったんやな、藤堂(とうどう)さん。 「(みにく)い?」  そんなこと、面と向かって言われたことないわって、湊川(みなとがわ)呆然(ぼうぜん)みたいに言い返していた。  これな。俺もこのオッサンに言われたことある。  めちゃめちゃ()れてる俺を見て、藤堂(とうどう)さんは言った。お前は(みにく)いと。  いつもは俺のこと、美しいと言うてた男やで。むっちゃ傷ついて、さらになお一層(いっそう)()れたわ。  どうせ俺は(みにく)いよ! 性格が悪いですよ!  でも誰のせいで()れてたと思うとんねん。お前やろ、このホテルオタク!  キレろ、湊川(みなとがわ)。俺は代理(だいり)戦争を求めて、それを(うなが)す目で見つめた。  長い睫毛(まつげ)のある切れ長の目を、()し目にさせて、(あわ)てたように湊川(みなとがわ)(まばた)きをした。 「どこがあかんのでしょうか?」  うっ。なんか素直やで。それともキレる5秒前かな? 「ケーブル()き出しやないですか。お客様が(つまず)いたりしたら、大事(おおごと)ですよ。それに見た目にブサイクでしょう」  堂々(どうどう)とした支配人の顔で、藤堂(とうどう)さんはまた断言(だんげん)した。 「ブサイク……」  それも言われたことないよな。(すずめ)はちょっと悲しそうやった。  あれ。どないしたんや、DJ湊川(みなとがわ)。元気ないやん。それとも、キレる2秒前? 「どうせえ言うんや」 「どうせえ言うんやて、それを話そうと思ったんですけどね。ここやと何やし。朝飯まだでしょう。あんまり時間ないんで、食事しながら話ませんか」 「でも、俺、朝はいつも食べへんのやけど……」  むっちゃ無防備(むぼうび)な顔をして、湊川(みなとがわ)はビビっていた。  お前、なんでビビってんの? それとも、キレる0.01秒前?  ……違うよな。お前、藤堂(とうどう)さんに、()まれてるやろ。  というか、トキメいてるやろ。  藤堂(とうどう)さんな、ビジネスマンやしな、話すときに人の目をじっと見る。じいっと見るねん。それがな、ちょっとトキメくねん。俺もいっつもトキメいた。  眼力(がんりき)強いねん、このオッサン。本人分かってへんみたいやけどな。てめえの(はな)つカリスマに(うと)いんや。モテるだけモテといて、結果、鬼みたいな生殺(なまごろ)しなのよ。 「あかんよ、朝飯(あさめし)食わな。力、出ないやないか。今日は食べなさい」  にこにこ言うてる藤堂(とうどう)さんは、いかにもおとんみたいな優しい命令口調やった。 「どこがええかな。会議室(かいぎしつ)……は、大崎(おおさき)先生に使われてるんやった。ほな、支配人室?」  そこでええかという意味なんやろうけど、藤堂(とうどう)さんは湊川(みなとがわ)()いていた。  それにも(すずめ)は、うんうんと曖昧(あいまい)(うなず)いていた。なに言われても(うなず)くようになっている人形みたいやった。 「あかんて、藤堂(とうどう)さん。支配人室は。神父にばれたらブッ殺されるで……」  俺は親切心から忠告してやった。  そしたら藤堂(とうどう)さん、何でやっていう、分かってない顔で俺を()り向いた。 「あそこは応接室(おうせつしつ)やで?」 「そうやけど、あんたの家の玄関(げんかん)みたいなもんやんか」 「玄関(げんかん)で、悪さなんか、普通せえへんやろ」  いやあん、もう、何言うてんの。エロオヤジのくせに!  誘導(ゆうどう)尋問(じんもん)か、みたいな、そのとぼけた質問も、藤堂(とうどう)さんはマジで言うてる。(にぶ)いねん。天然(てんねん)やねん、藤堂(とうどう)さんは。  画商(がしょう)西森(にしもり)も言うていた。あの人、自覚(じかく)がないねんなあ、って。  実は悪魔(サタン)素養(そよう)たっぷりで、その気のあるよなホテルの若い男の子とかにも、そりゃあもうモテモテやったのに、藤堂(とうどう)支配人に気に入られたい一心(いっしん)頑張(がんば)ったそういう(やつ)を、君は仕事熱心やなあ、気に入ったわって言うだけで、一緒(いっしょ)(めし)も食わしてやるし、酒も飲ましてやるが、最後はむっちゃ(さわ)やかに、ほなさいならって帰るらしい。  西森(にしもり)さんはそれに腹が割れそうなほど笑えるらしいわ。  ほんで可哀想(かわいそう)やから、藤堂(とうどう)さんの食い残しを食うといてやるらしい。おもろいやろ。  ま、俺は全然笑えへんかったけどな。だって、自分も同じ手で()されてんのに、笑えるわけあるか。  めちゃめちゃストレートに強請(ねだ)るしかない。抱いてくれ藤堂(とうどう)さん、抱かれたいねんて、(たの)むしかない。  でもそれを、このオッサン()るんやで。俺はそんなことせえへんて。背徳(はいとく)やからって。  なんであかんの、背徳(はいとく)が。その、こんなことしたらあかん(てき)なのがええんやないか。  まさか、まだ分かってへんのか。外道(げどう)になっても天然なんか。  (よう)ちゃん絶対泣いてるわ。 「そうかなあ。ええでえ、玄関(げんかん)プレイ。(よう)ちゃんと、まだやってみたことないの。せっかくソファとかデスクとかあるのに。せえへんの、社長椅子(いす)のお(ひざ)に抱っことか……」  余計(よけい)なことを、俺は教えた。  藤堂(とうどう)さんは、むむっという、(にが)い顔をした。  あっ。しまったね。

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